第372話 滅びの運命
ムビは、はっと目が覚めた。
カーテン越しに差し込む朝日が、長く眠り続けた身体にじんわりと染み込んでくる。
スマホを手に取り時刻を確認すると、画面には信じがたい数字が並んでいた。
——30時間以上、寝ていたらしい。
(うぅ……まだ頭痛い……)
ぼんやりとした意識のまま、ムビは額を押さえた。
本当はもっと眠っていたかったが、嫌な予感が胸をよぎる。
なにせ、スマホをほぼ一週間触っていなかったのだ。
タスクが山のように積み上がっているのは想像に難くない。
意を決してスマホを開いた瞬間、ムビは深いため息をついた。
「嘘でしょ……」
『四星の絆』チャンネルの登録者数は500万人を突破。
それは飛び上がる程嬉しかったが。
SNSの通知は数百万件。
メールと着信は、それぞれ数十万件。
(仕方ない……終わらせるか)
ムビは久しぶりに“仕事モード”へと切り替えた。
魔力回路を魔法ネットワークに接続し、怒涛の勢いで確認と返信を進めていく。
(表彰式の招待、S級冒険者任命式の案内、番組出演依頼、コラボ依頼、企業案件、ファンメッセージ……SNSの発信もか)
3時間ほどかけ、ようやく全てのタスクを片付けた。
(はぁー。なんとか午前中に終わったな)
テレビをつけると、ワイドショーでは相変わらずムビが話題の中心だった。
数日前のインタビューが世間に好意的に受け止められているらしい。
(『両面宿儺』の世論操作はないのか。さすがに、もう干渉しきれないのかな)
郵便物を確認しようと玄関の扉を開けた瞬間——。
「きゃー! ムビ様ー♪」
ムビの表情から、すっと生気が抜け落ちた。
あれだけ対応したというのに、家の前には再び数千人規模の人だかりができていたのだ。
ムビの姿を見るなり、群衆が一斉に押し寄せてくる。
「ご、ごめんなさい! 今日は、やることがあるので!」
ムビはお辞儀をすると、郵便物を素早く回収し家の中に逃げ込んだ。
(はぁ……。これ、いつまで続くんだろう……)
郵便物を確認する。
(投資の勧誘、商品紹介、宗教への誘い、ファンレター……ん? これは……)
ひときわ重厚な封筒が目に留まった。
王族の紋章が刻まれている。
中身を開くと……。
(これは……。すぐ行かなきゃ)
ムビは身支度し、家のドアを開ける。
「ムビ様ー♪」
群集が一斉に、ムビ目掛けて押し寄せる。
———フッ。
しかし、ムビの姿は一瞬で消えた。
「あれ? ムビ様、どこー!?」
ファンたちは周囲を見回したが、ムビの姿は見つからなかった。
◆ ◆ ◆
走ること1分。
ムビは王城の前に辿り着いていた。
「あっ! これは、ムビ殿!」
門番たちは以前とは打って変わり、最敬礼でムビを迎えた。
「こんにちは。お城に呼ばれているんですけど、入ってもいいですか?」
「勿論ですとも! ささっ、どうぞ!」
門が開かれると、目の前に王の家臣が立っていた。
「ようこそ、ムビ殿。王がお待ちかねです」
家臣に案内され、ムビは城内を歩いて行く。
通りすがる人々が皆、ムビにお辞儀をしていた。
「ささ、こちらです」
扉が開かれ、玉座の間に王が座っていた。
「ふん……この一週間、どこをほっつき歩いていた?」
王はムビの顔を見るなり、開口一番に悪態をついた。
「お前がいないせいで、表彰式も行えておらんのだぞ? S級冒険者の任命式やパーティも行えておらん。会場もめちゃくちゃにしてくれおって……」
どうやら、王は相変わらずムビを嫌っているようだ。
「申し訳ありません。今後の働きで、必ず失態を取り返します」
しかし、不思議と腹も立たない。
王は鼻を鳴らした。
「まぁよい。S級選抜大会優勝、見事であった。表彰式と任命式は、早速明日行う。パーティは『四星の絆』全員が退院してからじゃ」
しばらく王の愚痴が続き、ムビは頭を下げ、玉座の間を後にした。
次にムビは、とある場所へ向かう。
手紙の差出人の元へ。
扉をノックすると、柔らかな声が返ってくる。
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
扉を開けると、リリスが紅茶を飲みながら静かに座っていた。
「ふふ。優勝おめでとうございます、ムビ様」
いつもと変わらぬ穏やかな笑み。
ムビは向かいに腰を下ろした。
「リリス……聖女様から聞いたよ。呪印の解呪方法。リリスも知ってたんだよね?」
リリスは紅茶を一口飲み、カップを置く。
「ええ。聖女様から連絡を受け、すぐにムビ様の解呪に取り掛かりました。怖い思いをさせてしまってごめんなさい」
「そっか……。でも、それならそうと言ってくれれば良かったのに」
リリスは角砂糖を落とし、スプーンでゆっくり回す。
「呪印のダメージ判定には、精神ダメージも含まれていました。私に殺されると本気で思っていただいた方が、解呪が早まると思ったんです」
リリスは少し目を伏せる。
「最初は本当に、ムビ様の解呪のためだったんです。ですが、次第に己の欲に抗えなくなり……気付けば、飲まれていました。『四星の絆』の皆様には、本当に申し訳ないことをしたと反省しています」
「欲、か……。確かに、すごく怖かったなぁ」
ムビの声が微かに震える。
それを察してか、リリスは苦笑した。
「もう二度と、己の欲に飲まれたりしないと誓います。なかなか受け入れ難いと思いますが、『四星の絆』の皆様にもしっかり時間をかけて謝罪いたします」
ムビはごくりと喉を鳴らす。
「その……もう、大丈夫なんだよね……?」
「ええ。目が覚めたときにはもう、収まっていました。殺されても文句は言えませんでしたが、手を抜いてくださったミラ様には感謝しなければなりませんね」
激しい戦闘が行われたとムビは聞いていた。
ミラに倒された後、自力で王城まで戻ってきたのだろう。
「今まで通りの関係とはいかないかもしれませんが、それでも私は嬉しいです。ようやく、私の念願を叶えるための、第一歩を踏み出せるのですから」
「リリスの念願?」
「ええ」
リリスが微笑む。
「私はこの国を、滅びの運命から救いたいのです」




