第371話 帰宅したら……
ムビは昼前にミラと別れ、飛行魔法で自宅に向かった。
3日間温泉に浸かっていたおかげか疲労は回復していたが、なにせ一睡もしていない。
空を滑るように飛びながら、自然と大きな欠伸がこぼれた。
(ねむ……。早く帰って寝よう)
ムビは自宅前に着地し、家のドアに手をかけた。
「いたぞぉーーーっ! ムビだぁーーーっ!」
背後から叫び声。
何事かと振り向くと、数十人の記者が雪崩のように押し寄せてきた。
「ムビさん! 優勝おめでとうございます!」
「今までどこにいたんですか!?」
「今の気持ちを一言お願いします!」
ムビはうんざりしながら自宅のドアを開けた。
「あっ、ちょっと!」
記者たちの声を無視し、素早く家の中へ避難する。
(はぁ……。どうせ、俺を悪者にしたいんでしょ? もういいからほっといてくれ……)
着替えを済ませ、ベッドに倒れ込む。
ようやく眠れる———そう思った矢先、スマホを充電器に繋ぐと電源が落ちていた。
(あれっ? 充電が切れてる。そういえば、ここ数日スマホ見てなかったなぁ)
SNSはどうせ罵詈雑言で溢れているだろう。
『Mtube』は予約投稿してあるし、今は気にする必要もない。
(真にS級にふさわしいのは『白銀の獅子』、とか書かれてるんだろうな。もういいや……寝る)
ムビは布団に包まり、目を閉じ、深い眠りへ———。
ドンドンドンッ!
———落ちなかった。
ドアをノックされる。
(うるさいなぁ。さっきのマスコミの人たち、まだいるの?)
無視を決め込むムビだったが、ノックがなかなか止まない。
仕方なく、眠気で半分閉じた目のままドアを開けた。
「はい、なんですか? 眠いから、さっさと帰って———」
言葉が途中で止まった。
目の前には、家を取り囲むようにして数千人の人だかり。
(は? なに、これ……)
眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
「きゃー、ムビさーん!」
「ムビー! おめでとうー!」
「サインくれー!」
「ムビさん、国中があなたを待ってましたよ!」
「ムビさん、『白銀の獅子』に何か言いたいことは!?」
ひっ、と情けない悲鳴を上げ、ムビはドアを閉めた。
背中でドアを押さえながら、荒い息を繰り返す。
(な、なんだ……!? 何が起きているんだ一体……!?)
状況を把握するため、スマホの電源を入れる。
ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン! ピロン!
通知が止まらない。
「えっ!? なにこれ、こわっ!?」
ムビはスマホが壊れたと思った。
ひたすら通知の嵐で、エゴサもままならない。
ムビはスマホの操作を諦め、テレビをつける。
「え……?」
思わず声が漏れた。
テレビ画面に、自分の家が映っていた。
「現場から中継です! ただいま、ムビさんが自宅に帰ってきたみたいです!」
ムビは固まった。
(俺……ひょっとして、ついにテロリスト認定された……?)
「ご覧ください、この人だかり! ファンがムビさんを一目見ようと詰めかけています!」
カメラが群集に向けられる。
よく見ると、皆ムビのグッズを手に持っている。
(ちょっと待って……何があった本当に!?)
情報が欲しいムビだが、どのチャンネルに変えても自分の家が映るばかり。
スマホは相変わらず通知の嵐で使い物にならない。
(ええい、こうなったら……)
ムビは自身の魔力回路を使い、直接魔法ネットワークに接続した。
ここ数日の情報を高速でサーチする。
(なるほど、そういうことか……)
1分程時間をかけ、ムビは情報を整理した。
どうやらリゼとマリーの記者会見で、『四星の絆』と『白銀の獅子』の評価が完全に逆転したらしい。
(どうしよう……。石を投げられるのも嫌だけど、これはこれで困るなぁ……)
ムビは窓の外に群がる群集を見ながら冷や汗をかいた。
まだまだ人が増えていく。
「ムビさーん! なんでもいいので一言お願いしまぁーす!」
ノックが止まない。
まるで借金取りのようだ。
(くそっ……とても眠れない! ええい、もうどうにでもなれ!)
ムビは意を決してドアを開けた。
「ムビさん! 今の気持ちを一言お願いします!」
無数のフラッシュ。
ムビの苦笑いが、背後のテレビ画面に映されていた。
「あのー……ははは、今ちょっと眠くて……」
「ファンの皆さんに一言お願いします!」
「『四星の絆』のメンバーにはどんな言葉を?」
「これまで、どんな気持ちで濡れ衣に耐えていたんですか?」
「これからS級として何をしたいですか?」
質問の嵐。
とても捌き切れない。
「わ、分かりました! ちゃんと答えるので、一つずつお願いします……!」
◆ ◆ ◆
それからマスコミの質問攻めが6時間続いた。
日が暮れる頃、ようやく解放されたと思ったら、今度はファンに完全包囲された。
握手やサインを求められ続け、気が付けば深夜。
(ま……まだ終わらないの……!?)
日付が変わったというのに、人の数が全然減らないどころか、むしろ増えていく。
朝日が昇っても、周囲は熱狂に包まれている。
胴上げをされ、ハグされ、写真をせがまれ……。
結局三日三晩、ファンの対応に追われた。
「じゃ、じゃあこれで……」
ようやく解放され、ムビはヨロヨロと家の中に戻る。
ベッドに倒れ込むと、もう指一本動かせない。
(無理……もう死ぬ……)
こうしてムビは、ようやく深い眠りに落ちた。




