第370話 神々の遊び
ムビとミラは服を着直し、温泉から二つ離れた山の頂上で向かい合った。
夜風が吹き抜け、二人の髪を揺らす。
「こいつは犯罪じゃのう。ワシとお主の対決なぞ、中継すれば世界中が注目するじゃろうな。『Mtube』なら数千万回再生は固いじゃろうに」
ミラは肩を回し、腕を伸ばし、軽く体をほぐす。
「ミラ、本当にやるの? 今の俺、ほんとに強いよ?」
「かっかっか♪ そりゃ楽しみじゃ。遠慮なくかかってこい」
ミラの周囲に魔力が吹き荒れる。
「じゃ、まずは軽く……」
ムビはミラにパンチを放つ。
パシッ。
が、あっさり受け止められた。
「なんじゃ、その弱々しいパンチは?」
バキィィィィッ!
次の瞬間、ミラの拳がムビの顔面を撃ち抜き、ムビは隣の山へ吹き飛んだ。
———ドゴオォォォッ!!
衝突の衝撃で山が揺れ、無数の鳥がギャアギャアと鳴きながら飛び立つ。
「どうした? まだボーっとしておるのか?」
ふわりと、ミラが目の前に降り立った。
ムビは頬の痛みに目を見開く。
(うそ……ちゃんとダメージを受けてる……。ミラって、こんなに強かったの……!?)
ゆっくりと立ち上がり、ムビは息を整えた。
「はは……すごいね、ミラ。こんなに強かったなんて、知らなかった」
「かっかっか、何を言うておる♪ ワシはまだ、半分も力を出しておらんぞ?」
背筋がゾクリとした。ハッタリではない。
それなのに、心の奥がワクワクしていた。
「……そっか。じゃあこっちも、半分くらい出すよ?」
バチィィィンッ!!
ムビのパンチをミラが受け止める。
その衝撃で地面が割れ、木々が揺れた。
「……いったいのう。人のパンチが痛いなんて、何年ぶりじゃろうか」
余裕で受け止めたミラに、ムビは背筋がゾクゾクした。
まさか、この力を受け止めきれる人間が、この世に存在するなんて。
「はは……すごいや、ミラ! ほんとにすごいよ!」
「バカ抜かせ、それはこっちのセリフ———じゃ!」
ミラの蹴りが突き刺さるようにムビの腹を打ち抜き、山の頂上まで木々をなぎ倒しながら吹き飛ばす。
それでも勢いは止まらず、空中に投げ出された。
(すごい……すごいや、ミラ……!)
当然のごとく一瞬で距離を詰めるミラ。
ムビに追撃を与えようとする。
だが、ムビの周囲に透明化したカメラが浮かんでいた。
(スローカメラ起動!)
世界が1000分の1の速度で動き出す。
ミラの攻撃を見切ったムビは、逆にカウンターの蹴りを叩き込んだ。
ドゴオォォォッ!!
ミラは隣山まで吹っ飛び、小さなクレーターを作った。
瓦礫の中から、むくりと起き上がる。
「かっかっか、なんちゅうカウンターじゃ!……こりゃいよいよ、本気でやって良さそうじゃなぁぁあああ!?」
闇夜を照らす、巨大な魔法陣が展開される。
異変を察知した魔物たちが、一斉に鳴き始めた。
———カッ!
昼になったかと思うほどの閃光。
空から無数の流れ星———いや、ミラの魔法が降り注ぐ。
「うわあああああっ!」
反射神経もクソもない。
山二つ分にも及ぶ攻撃範囲に、ムビはまともに被弾する。
地形を変えるほどの攻撃魔法。
だが、ムビはピンピンしていた。
「やったなミラ!? お返しだああぁぁぁっ!!」
ミラは空を見上げる。
巨大な魔法陣が展開され、太陽と見紛う巨大な火球が降ってきた。
「"終焉の業火"!」
———ゴオァァアアアアアッ!!
山一つを完全に覆うほどの巨大な火柱が立ち上がった。
木々を一瞬で灰に変え、岩をドロドロに溶かしていく。
しかし、その火柱の中からミラが飛び出してきた。
「ははは! なんちゅう呪文じゃ!」
ミラに殴り飛ばされ、ムビはさらに隣山まで吹っ飛ぶ。
「やったな、このーーー!」
二人は空中で殴り合った。
一発ごとに山々が震え、風が嵐のように吹き荒れる。
そんな戦闘が10分ほど続いた頃、ムビは興奮で震えていた。
(すごい……すごい……! これならほんとのほんとに、全力を出して良さそうだ!)
ムビは剣を抜いた。
「行くよ、ミラ! これが俺の全力———」
ピタリ。
ムビは剣を止めた。
ミラが笑顔で、ムビを制止するように手を掲げていたからだ。
「どうじゃ、ムビ? 頭のもやもやは晴れたか?」
「えっ?……あっ」
言われてムビは気付いた。
決勝戦から続いていたふわふわした感覚が、いつの間にか消えていた。
「ワシもたまにあるんじゃ。急激に強くなり過ぎて、力を制御できんときが。頭がふわふわしてボーっとするじゃろ? そんなときは、思いっきり発散すると体に馴染むんじゃ」
ミラの周囲に吹き荒れていた魔力が消える。
戦闘終了の合図だった。
ムビは苦笑しながら剣を鞘に納める。
「ありがとう、ミラ。楽しすぎて、思いっきりやっちゃうところだった」
ミラはにっこり笑う。
「ワシもじゃ♪ 楽しすぎて、お主を殺しても気付かんところじゃった」
ムビは笑う。
「またまたー。ははは」
二人が笑っていると、ちょうど東の空が白みはじめた。
「おっ、そろそろ夜が明けるな。ムビ、日の出を拝みながら一杯どうじゃ?」
「あれっ? お酒持ってきてるの?」
「当たり前じゃ♪ お主がボーっとしてるせいで、3日間飲めなかったのがな」
ムビとミラは、周辺で一番高い山の頂上に腰を下ろす。
戦いで変わり果てた地形が眼下に広がっていた。
それでも朝日の美しさは微塵も失われず、ミラが持ってきた酒は美味しかった。




