第345話 決勝戦1
ギィ———。
重厚な扉が開き、広間に冷たい空気が流れ込んだ。
「お帰りなさいませ、ボス」
ノームが跪き、恭しく頭を垂れる。
「ただいまー。いやぁ、今回は失敗しちゃったよ♪ まさかミラが来るとはねぇ。完全に誤算だったなぁ」
「そうでしたか……それは残念でした」
ミナリィは軽い足取りで椅子に腰掛け、指先でリモコンを弾く。
空中に巨大なスクリーンが展開し、魔導テレビの映像が鮮明に浮かび上がった。
「おぉー、やってるやってる♪ ちょうど試合が始まるとこみたいだね♪」
画面を見つめるミナリィに、ノームが尋ねる。
「しかし、あの魔剣……。もしもムビが装備していたら、どうなっていたのですか?」
「ん? そうだねぇ。魂の一部が書き換わって、あの場で暴走してたと思う♪ 多分、会場にいた人間は皆殺しだったんじゃないかな?」
ミナリィは菓子をつまみながら、まるで天気の話でもするように答えた。
「なるほど……恐ろしい魔剣ですね」
「でしょー? いやぁ、いい地獄絵図が撮れると思ったんだけどなぁ」
スクリーンの中では観客たちが怒号を飛ばしている。
「あはは、見てよノーム。この罵詈雑言の嵐! ムビが私の誘惑に負けてたら、こいつら全員死んでたのにね♪ 命の恩人にこの仕打ちなんだから、無知な大衆って怖いよねー♪」
ケラケラという無邪気な笑い声が、広間に響き渡った。
◆ ◆ ◆
試合開始の合図と同時に、俺は剣を抜き、周囲にカメラを展開させた。
推定レベル差は約8倍。
まともにやり合えば勝ち目はない。
だからこそ、最初からスーパースローカメラを起動する。
しかし、『白銀の獅子』はその場から動かなかった。
リゼとマリーも、詠唱すらしていない。
まるで試合開始の余韻を味わっているようだった。
……やっぱり余裕かましてきたか。
それもそのはず。
はるか格下の俺1人に対し、4対1。
油断ですらない。これは当然の態度だ。
「さぁて、どうしてやろうか」
ゼルが舐めるような視線を向けてくる。
俺に勝機があるとすれば———サヨさんから教わった、あの魔法。
本当にうまくいくだろうか。
ぶっつけ本番だが、今はこれに賭けるしかない。
「へへへ、行こうぜゼル♪」
「いや、ここは俺ひとりで十分だ」
ゼルはゴリを制し、悠然と歩み寄ってくる。
……くそ、ゼルだけか。
2人同時なら、狙える隙があったのに。
俺はカメラでゼルを捉えつつ、じりじりと後退する。
スローカメラを切った瞬間に動かれれば終わりだ。
1秒たりとも気を抜けない。
「どうしたムビ? さっきまでの威勢はどこに行った?」
ゼルは両手を広げ、挑発する。
「ほら、チャンスだぞ。俺に勝てたら、お前の勝ちにしてやってもいい」
観客席から罵声が飛ぶ。
「ビビってんじゃねーぞムビー!」
「ゼル様ー! そんな奴やっちゃえー♪」
ついに壁際まで追い詰められた。
後方の3人は動かない。
……配置は悪いが、もう行くしかない。
俺はゼルを迂回するように動いた。
「逃がすかよ!」
ゼルが瞬時に目の前へ回り込む。
「ははは、鈍いなwwwまずは腕の一本でもいただこうか♪」
ブンッ!
ゼルの剣が閃く。
俺は紙一重で躱した。
「なに……?」
ゼルの目がわずかに見開かれる。
動きを見切られるとは思っていなかったのだろう。
スーパースローカメラと視野共有した俺の体感時間は、通常の1000倍。
パラメータ差があっても、動きは見える。
「はは! お前のことだ、何かあるとは思ったが、やるじゃないか♪ さぁて、どこまでついて来れるかな!?」
ゼルの連撃が襲いかかる。
———速い。だけど、動きは見える……!
俺は全ての攻撃を見切り、回避する。
ビキッ!
筋肉が悲鳴を上げる。
いっ……!
か、回復魔法を……!
俺はゼルの攻撃を回避しながら、呪文を詠唱する。
キュルキュル、キュルキュル。
「……何だ、この音?」
ゼルが眉をひそめる。
1000倍の体感速度がなせる業。
高速詠唱をも超える、超高速詠唱。
0.1秒以内で完了する詠唱を、連続で使用する音だった。
1秒間に数回、回復魔法を体に使用して、悲鳴を上げた筋肉を回復させる。
これなら1000倍の体感速度を保ちながら、しばらく戦える。
だが魔力消費が激しすぎる。
魔力量に自信がある俺といえど、限界がある。
しかも、ゼルはまだ本気を出していない。
明らかに余裕がある。
本気で動かれたら、体への負担も、回復魔法の使用量もさらに増すだろう。
その前に———サヨさんの魔法を発動させる。
俺は魔力回路を爆発させた。
キュルキュルキュルキュル———!
直後、ゼルの周囲に無数の攻撃魔法が展開される。
「う、おお……!?」
ドドドドドドドドドドド!!
初級魔法、数十連撃。
ダメージは期待できないが、目くらましには十分だ。
ゼルが怯んだ、その一瞬。
俺は後方の3人へ向かって駆け出した。




