第344話 決勝戦開始
定刻となり、俺はフィールドの入り口付近で立ち止まった。
隣にはミラがいる。
「ごめんね、ミラ。ついて来てくれてありがとう」
「なに、控室まで狙われたんじゃからな。廊下で襲われんとも限らん」
フィールドから、地鳴りのような歓声が響いてくる。
ミラがついて来てくれるのは、ここまでだ。
「ムビ。ワシはここで見守っておる。必ず帰って来いよ」
「うん。……行ってくる」
フィールドに足を踏み入れた。
会場は、数万人の嘲笑に包まれる。
「ははは! 本当に一人で出てきやがったぜ!」
「棄権しなくていいのかよ!? バカじゃねぇのかwww」
「何秒持つか見物だぜwww」
何やらアナウンスが流れているが、ブーイングにかき消されて聞こえない。
フィールド中央で立ち止まると、豪雨のような罵声が降り注いだ。
心臓の鼓動だけが、やけに鮮明だった。
早鐘のように鳴り響いている。
数秒後、罵声が歓声に変わった。
反対方向から、『白銀の獅子』が姿を現した。
「待ってました『白銀の獅子』!」
「ゼル様かっこいいー!」
「お前らに全財産賭けたからなー!」
「楽勝だぜ、ぎゃははwww」
ゼル、ゴリ、リゼ、マリー。
4人が横一列に並び、ゼルが不敵な笑みを浮かべる。
「この日を待ちわびたぞ、ムビ。お前を公開処刑する日をな」
『白銀の獅子』と俺が開始線を挟んで向き合う。
会場のボルテージが限界を超えて高まっていく。
「試合の前に、お前に一つ残念なお知らせだ。お前もうすうす気付いているだろうが、王や審判は俺たちの味方だ。この試合、一つ取り決めがあってな……。お前の降参宣言は、受け付けないことになっている」
ゴリがニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「ははは、そういうわけだ♪ まぁこの大歓声だ。『降参宣言が聞こえなかった』、なんて言い訳も十分通じるよな??」
俺はリゼとマリーに目を向けた。
二人とも黙って俯いている。
ゼルは大歓声に浸るように、感慨深げに空を見上げた。
「思えば、お前には散々苦労させられた。パーティでは足を引っ張られ、『四星の絆』入りしてからはしつこく邪魔をされた。勉強になったよ。無能でも、ストーカー化すると厄介だってな」
観衆の総意を代弁するように、ゼルの卑下に満ちた視線が俺に向けられた。
「だが、それも今日までだ。———殺してやるよ、ムビ。極限までいたぶってやるから、苦しみ抜いて死ね。お前が俺たちにできる贖罪は、それだけだ」
ゴリが同調する。
「ぎゃははは! せいぜい泣き叫んで、観衆を沸かせろよ?? なんせお前の、最後の晴れ舞台なんだからなぁ!?www」
俺に向けられる侮蔑の表情。
……この光景、何度も見たなぁ。
会場の熱気に風が吹き抜け、髪が揺れる。
『殺してやる』、か……。
不思議と笑いが込み上げてきた。
ゼルがすぐに冷笑を浴びせる。
「お? あまりの恐怖に頭がおかしくなったか?」
俺はゼルと視線を合わせた。
……確かに怖い。
『四星の絆』———そして、ミラともう二度と会えないことが。
ただ、少しだけ誇らしい。
今の俺は、どうやら目の前の4人を『怖い』とは思っていないようだ。
どうやらこの1年、得たものはあったらしい。
「いや。ちょっと計算しちゃって」
「計算?」
「ここで勝ったら、一体どれくらいバズるんだろうなぁ……って」
ゼルがポカンとした表情を浮かべる。
直後、ゴリが大笑いする。
「わはは! こいつは傑作だ! 本格的に気が触れてやがるwww」
釣られて、ゼルも笑い出した。
「はは!お前、本物のバカだったんだなwwお前と違い、本物の天才である俺が保証してやるよ!……そんな未来は、万に一つも来ない!お前には、凄惨で残酷な未来が訪れるだけだww」
嘲笑を聞き流しながら、俺は指を折って数える。
「レベル差は……8倍。人数の差は、4倍。応援の数は、100万倍、くらいか。……うん。ちょうどいいハンデなんじゃない?」
———ピキッ。
ゼルの殺気が、地面にヒビを入れた。
「あ? お前、今なんつった?」
俺はゼルをまっすぐ見据える。
「ちょうどいいハンデだって言ったんだよ。お前みたいな自称天才には」
最後になるかもしれない。
だから全部言う。
「ゼル。お前の思慮の浅さには、毎回驚かされるよ。どういう脳の作りをしてるんだ、お前は? 完全に素で、自分のこと天才って思ってるよね?……バカじゃないのか? お前の才能はせいぜい中の下。ステータスでゴリ押しするだけの、どこにでもいる有象無象だっての。見る目のないバカに囲まれて有頂天になってんじゃねーよマヌケ」
目を見開くゼルに構わず、次はゴリをまっすぐ見据える。
「ゴリ。お前の酒癖の悪さと女癖の悪さが大嫌いだった。何よりすぐ暴力を振るうとこ、人として最低だと思う。あと、歯、磨け。お前が笑う度、口が臭い」
ゴリが信じられないという顔をする。
俺はリゼを見る。
「リゼ。顔以外全部最悪。人の痛みなんか全然気にしないその性格、外見が台無しになるレベルでブサイクだ。金遣いが荒くて強い方にしかつかないお前が、大嫌いだった」
リゼは無表情のままだったが、目だけが大きく見開かれていた。
「マリー。どっちつかずで中立を装いながら、結局長い物に巻かれる立ち振る舞いが大嫌いだった。聖職者なら、こんなゴミみたいなパーティに居座るなよ、似非神官」
閉口するマリー。
最後に、全員を一瞥する。
「俺に邪魔された?……冗談じゃない! 邪魔されたのは俺の方だよ! お前らとの時間は、本当に本当に最悪だった!! 2年間の俺の人生は、完全に無駄だった!! もう二度と顔も見たくないのに、どこまでしつこく付きまとってくるんだお前達は!? さっさと俺の前から消え失せろっ!!」
一息に、全部吐き出した。
言った。
言ってやったぞ。
ざまぁみろ。
静まり返る4人。
数秒後、ゼルがゆっくりと口を開いた。
「言いたいことはそれだけか? 無能のゴミ野郎?」
見たこともないほど、残酷な笑みを浮かべていた。
「嬉しいよ。これで心置きなく、お前をいたぶれるってもんだ♪ 楽しみだ……人間がどれだけ尊厳を保てるのか、俺に教えてくれ??」
『白銀の獅子』全員が魔装を取り出し、圧倒的な魔力の圧が俺の体を貫く。
……怖くなんかない。
見てて、皆。
できる限りのことはやるから。
会場の熱気は最高潮に高まり、審判が高らかに宣言した。
「準備はいいな!?……それでは決勝戦、開始ィィィィ!!」




