第343話 二人のトップインフルエンサー
「何をしておるんじゃ?」
控室の扉の前に、ミラが立っていた。
俺と、ミナリィの背中を見つめている。
「お主、何者なんじゃ? 試合前のムビに何の用じゃ? こちらを向け」
屈んでいたミナリィは背を伸ばし、ゆっくりと振り向いた。
その顔を見た途端、ミラの目が大きく見開かれる。
「は……? ミ、ミナリィ……!?」
ミナリィは満面の笑みを弾けさせた。
「うわぁ~っ! 本物のミラだぁ~~♪」
ミナリィは駆け寄り、戸惑うミラの手を取って握手をする。
「僕、君のチャンネル登録してるよ! 直接会えるなんて夢みたいだ♪ 僕のこと知ってるんだね?」
「そ、そりゃもちろん……。『Mtube』の王じゃし……」
「本当に!? ミラに認知してもらえてるなんて嬉しいなぁ~♪」
まるで旧友にでも会ったかのような距離感で、ミナリィは喋り続ける。
「実は僕、ムビのファンなんだ♪ だから、ムビを応援しようと思ってね」
「……ムビを応援、じゃと?」
ミラが眉をひそめる。
ミラと目が合った俺は、状況を説明する。
「ミナリィが控室に来て、この魔剣をプレゼントしてくれたんだ」
「魔剣じゃと……?」
俺の目の前に突き立つ剣を見て、ミラは息を呑む。
俺はおもむろに魔剣へ手を伸ばす。
「うん。この魔剣があれば、『白銀の獅子』に———」
「その剣に触るな!!」
ミラの怒鳴り声が控室に響いた。
俺はビクリと体を震わせる。
「……ど、どうしたの、ミラ……?」
「その剣には、尋常でない呪いが込められておる!」
ミラが魔剣を凝視しながら声を震わせる。
俺は魔剣に手を伸ばしたまま、背筋が凍り付いた。
「こんなものをプレゼントじゃと……? バカな……お主、ムビをどうするつもりなのじゃ!?」
ミラに睨みつけられ、ミナリィは困ったように眉を下げた。
「えーっ!? そうなの!? かなりの名剣だって聞いてたんだけど……。いや失敬、ミラがそう言うなら本当かも! ごめんね、ムビを支援するつもりだったんだけど、まさか呪いが込められているなんて……」
「……本当に知らなかったのか?」
ミラがミナリィに詰め寄る。
「もちろんだよ! 大ファンの僕が、ムビに悪さをするわけがないだろう??」
「……じゃあ、これはなんじゃ?」
ミラがドアを蹴って開け放つ。
ドアの外には、男が二人、廊下で伸びて倒れていた。
「こやつらは、ムビの控室の前に立っておった。ワシの顔を見るなり襲ってきてな。まるで、中で起きていることを誰にも邪魔させないよう命じられたみたいにな。……もう一度聞く。本当に知らなかったのか……?」
数秒の静寂。
ミナリィは俯き、肩を震わせ始めた。
「あはは、さすがに言い逃れできないかぁ。いやぁ~、まさか君が来るとは誤算だっ———」
言い終わる前に、ミラが殴り掛かっていた。
ブンッ!
ミナリィはバク転しながら、ミラの剛拳を回避する。
「……何っ!?」
人外の化物ですらついて行けないはずのミラの動き。
それに、ミナリィは笑顔で対応してみせた。
「あはは、すごいパンチだなぁ♪ 僕じゃなかったら一発で終わるだろうね♪……さて、どうやら作戦は失敗したみたいだな。これ以上ここにいても意味はないし、退散させてもらうとするよ」
「おい。逃げられると思っておるのか?」
ミラの殺気が控室に満ちる。
しかし、ミナリィは涼しげな表情のままだ。
「もちろんだよ。たかが登録者数2000万程度の有象無象が、億超えの僕に勝てるわけないだろう?」
肩をすくめるミナリィ。
ミラは一瞬だけ目を見開き、やがて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「カカ、ワシを有象無象呼ばわりか。面白い……。どちらが有象無象か、試してやろうか?」
「試させてあげてもいいけど、さすがにムビを巻き込まない自信はないな♪ 今回は、僕が大人しく身を引いてあげよう♪」
言って、ミナリィは転移石を取り出す。
「じゃあね、ムビ。健闘を祈るよ♪」
ミナリィは転移石を割って、姿を消した。
ミラが舌打ちをする。
「ミナリィ……。ただのインフルエンサーではないな。何者なんじゃ……ん?」
ミラが周囲を見渡す。
いつの間にか、魔剣も、廊下で倒れていた男達も消えていた。
「回収していきおったのか!? おのれ、いつの間に……!」
ミラの相手をしながら、この早業。
明らかに、只者ではない。
「ムビ、大丈夫か!? ミナリィに、何かされとらんか!?」
「ん……大丈夫だと思うけど……」
頭がなんだかボーっとする。
ミラは何か異変を察知したのか、俺の頭に手を置く。
「"状態異常完全回復"!」
俺の思考が次第にクリアになっていく。
「あ、あれ……? 俺、ひょっとして変だった……?」
「催眠魔法でもかけられておったのじゃろう。危ないところじゃった」
正気に戻ると同時に、恐怖と不安が蘇ってきた。
「あはは……。こんな状況であんなトラップ仕掛けられたら、絶対引っかかっちゃうや……」
ただでさえ絶望的状況なのに、こんな狙われ方までされるなんて……。
「こりゃもうダメだね。俺ってホント、大事なときに限っていつもこうなんだ。そういう星の下に生まれてるとしか思えないや」
パコン。
ミラに頭をはたかれた。
「まだ催眠が抜けておらんようじゃな」
ミラが肩を掴み、少し屈んでベンチに座る俺に目線を合わせる。
「いいか、ムビ? お主は既に、何度も逆境を跳ね返しておる。思い出せ。デスストーカーも遺跡の化物も、討伐したのはお主じゃ。ワシは知っておる。お主は、やればできる男じゃ」
ミラの眼差しには嘘や偽りが全くなかった。
「だからと言って、今回もうまくいくとは限らん。じゃが、1つだけ約束してくれ。必ず、生きて帰って来い」
真っすぐな瞳。
「仮に敗北しようとも、世間から爪弾きにされようとも、生きてさえ帰ってくれば、ワシが必ずお前を幸せにしてやる。外に出て石を投げられるなら、ワシの家でずっと暮らせばいい。仕事ができなくなったら、ワシがずっと面倒を見てやる。お前の借金も、ワシが全部なんとかしよう。この会場にいる誰よりも、お前を幸せにしてみせる。だから頼む———無茶だけはしないでくれ……」
ミラは心底心配そうに俺を見つめていた。
少しだけ、気持ちが楽になる。
少なくとも、この世界には1人、俺の味方がいる———それだけで、戦う気力が湧いてきた。
「ありがとう、ミラ。でもごめん、ギリギリまで無茶はすると思う。できる限りのことはやりたいんだ」
俺は立ち上がる。
不安そうに見上げるミラの頭を軽くポンポンと叩く。
「でも、もし負けて帰ってきたら、そのときはよろしくね?」
ミラはどうしてか顔を赤らめたが、とびっきりの笑顔を見せた。
「もちろんじゃ! 遠慮なく行ってこい、ムビ! お前の力を見せてやれ!」




