第339話 運命の朝
「おはようございます、ムビさん」
柔らかな声に意識が浮上した。
看護師がカーテンを開け、朝の光が差し込む。どうやら泥のように眠り込んでいたらしい。
「おはようございます。あの……仲間は?」
「はい。今朝、サヨさんがお目覚めになりましたよ」
「……本当ですか!?」
「はい。他の3人は、まだ目覚めておりませんが……」
ベッドから降りて、サヨの元へ駆け寄る。
サヨは両目を黒い布で覆われていたが、確かに意識はあるようだ。
「サヨさん! 大丈夫ですか!?」
ゆっくりと首がこちらを向く。
「おはようございます、ムビさん。よかった……目覚められたのですね。他の皆は?」
「3人は、近くで寝ていますよ。まだ意識は戻っていませんが……」
「そうですか……。生きて帰れただけ、幸運でしたね。今回はミラに助けられました。……しかし、私たち4人は決勝戦に出場するのは無理ですね……」
重苦しい空気が流れる。
「ごめんなさい。俺のせいで、こんな目に遭わされて……」
「いいえ。ムビさんのためなら、例え火の中水の中ですわ。謝ることなんてありませんよ?」
「ううん。俺がリリスに騙されて、足を引っ張ったばかりに……。準決勝だって、皆に迷惑をかけて……」
どれだけ謝罪の言葉を並べても足りない。
しかし、サヨは首を横に振った。
「ムビさん。私、秘密にしていたことがあるんです。聞いていただけますか?」
秘密にしていたこと?
なんだろう……。
「うん、もちろん」
頷くと、サヨは深く息を吸い、語り始めた。
「覚えていますか? 幽影鉱道で、デスストーカーに追い詰められたときのこと。あのとき、本当は私、皆を助けることができたんです」
「えっ……そ、そうだったんですか……?」
あのときはまだ、皆レベル40程度だった。
とてもデスストーカーに対抗できたとは思えないけど……。
「命を引き換えにすれば、デスストーカーの討伐自体は可能でした。しかし、私はためらいました。死ぬのが怖くて。仲間の魂が失われようとしているのに、笑っちゃいますよね」
サヨは苦笑しながら続ける。
「それなのにムビさんは、一人で私たちを守ろうとしました。自分の魂の犠牲も厭わずに。私たちは皆、ムビさんには何度転生しようと返しきれない恩があります。だから、ムビさんのためなら命を賭けるくらい何でもありません。だから本当に、気にしないでください」
サヨが優しく微笑む。
「そんなことないですよ。たまたまスキルの恩恵があっただけで、それがなかったら皆を守れきれなかったと思うし……。それにしても、どうやってデスストーカーを倒そうとしていたんですか?」
「命を引き換えに発動できる魔法があるのです。大抵の相手なら、必ず仕留めることができます」
「ダメですよ、そんな魔法を使っちゃ。サヨさんが死んだら、俺が困ります」
サヨは少し驚いたような顔をして、ふっと笑った。
「そうですね。私がピンチになったら、また守ってくださいね?」
「う、うーん……今のサヨさんがピンチになるなら、俺じゃどうにも……」
腕組みをして悩むと、サヨはいたずらっぽく笑った。
「期待していますよ?……ところで、ムビさんは決勝戦、一人で戦うおつもりですか?」
サヨの声が真剣なトーンになる。
「うん。可能性はゼロだと思うけど……できる限りのことはやってみようと思う」
「そうですか。ならば、私もできる限りの助力を。ムビさん、コピー魔法は使えますか?」
「え? コピー魔法ですか? は、はい……もちろん」
サヨがすっと手を差し出す。
「では、私が今から魔法を授けます。私の魔力回路はボロボロなので、使えるのは1回きりです。1回で、しっかり覚えてくださいね」
「わ、わかりました……」
「では、私の手を取って」
サヨの手を握り、コピー魔法を発動する。
「準備はよろしいですか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「では、いきますよ?」
———バチッ!
繋いだ手を介して、魔力が迸った。
「こ、この魔法は……」
「いいですかムビさん? この魔法は———」
◆ ◆ ◆
時間が迫り、病院を後にした。
仲間も連れずただ一人、重い足取りで会場へ向かう。
「あっ! ムビがいるぞ!」
「ははは、ゼルにやられに行くのか?」
「おめぇみてぇな犯罪者、さっさと負けちまえ!」
道行く人々から罵詈雑言を浴びせられる。
「こいつにはこれくらいしても構わない」というレッテルが、世間に定着しているようだ。
「見ろよ、なんで一人なんだ? ついに大好きな女の子たちからも見捨てられたんじゃねーか?」
「皆おめーのなっさけねぇー負けっぷりを期待してるぞwwwぎゃーっはっはっは!」
ガツッ!
石を投げられ、頭に当たった。
「なっ……!」
投げられた方を見ると、聴衆の一人がニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。
「おぉーっ! クリーンヒットォォ♪」
「へっへっへ、決勝の前に俺が仕留めてやるぜぇーッ♪」
周囲の人々が、我先にと一斉に石を投げ始めた。
「ははは! 見ろよなっさけねぇーwww」
「おい、動画撮れ動画!www」
「SNSに拡散してやろうぜwww」
雨あられのように次々と石が飛んでくる。
レベル100のパラメータだから、体は別に痛くはない。
だけど、心は……痛い。
どうしてこうなってしまったんだろう。
思えば、ことの発端は『白銀の獅子』。
あいつらが、『両面宿儺』と共に情報操作をした結果だ。
『白銀の獅子』と『両面宿儺』が、さらにメディアを煽ったのだろうか。
世間から、こんなに嫌われているなんて。
「ま・け・ろ! ま・け・ろ!!」
いつしか、群集の大喝采が巻き起こっていた。
笑いながら、俺を指差しながら。
……俺が何をしたって言うんだよ……?
悪いことなんて何もしてない……。
悪いのは全部、『白銀の獅子』だっていうのに……。
言葉を噛み殺しながら歩いた。
会場まで投石のアーチと喝采が止むことはなく、逃げるように会場の中へ駆け込んだ。




