第337話 英雄たちの静かな眠り
ミラは吹き荒れる気流の中心で立ち尽くしていた。
外套が激しくはためき、床にはミラの魔法で穿たれた巨大な穴が口を開けている。
岩盤を貫通したその穴は底が見えず、暗闇がどこまでも続いていた。
「さぁて、終わったかのう」
ミラがくるりと振り返ると、壁にもたれかかっていたサヨが、荒い息を吐きながらこちらを見ていた。
「相変わらずの化物っぷりですわね」
サヨの呟きに、ミラが恐る恐る尋ねる。
「実はお主が黒幕でした……ってオチはないじゃろな?」
「大丈夫です。私は味方ですよ。私が黒幕なら、既に背後からあなたを攻撃しています。それに、あの女狐が不意打ちしたとき、あなたに警告するはずがないでしょう?」
ミラはその説明に、ようやく肩の力を抜いた。
「しかしお主、なんでそんなにボロボロなんじゃ? 本気を出せばあの程度の相手、瞬殺じゃろ?」
サヨは虚ろな目で微笑む。
「ふふ……。あの姿になれば、こんな脆弱な体ではすぐに死んでしまいます」
「ふーん。お主、何者なんじゃ?『両面宿儺』の手先なのか?」
ミラが眉をひそめてサヨを見つめる。
「人間に転生した元魔物、と言っておきましょう。大丈夫、少なくとも今は人間の味方です」
「ふむ。まぁ、一旦は信用しておくか。ところで聞きたいんじゃが……ワシとお主、本気を出したらどっちが強い?」
興味津々のミラに、サヨはふっと笑った。
「それはもちろん、私です。あなたが本気で強さを求めるなら、話は別ですが」
「そうか、そんな気はしておったが。……ふふ、お主みたいな化物がいるなら、ワシも本気で修行してみるのも悪くないのう」
ミラが屈託なく笑うと、サヨは少しだけ目を細めた。
「ええ。なにせ、本気のあなたは別次元ですからね。前世では、それはそれは強かったですよ」
「……なに? ワシの前世を知っておるのか?」
ミラが目を見開く。
「ええ。まぁ、その話はおいおい。それより、申し訳ありませんが、皆を王都まで運んでいただけませんか? もう何も見えなくて……。そろそろ、意識も……」
「おう、そうじゃな! どれ、回復魔法をかけてやろう!」
ミラはサヨに治癒魔法を施すが、傷は全く癒えない。
ミラは首を傾げる。
「はて? どういうことじゃ?」
「あの女狐のスキルですね。与えたダメージが回復不能になるようです。自然回復に任せるしかありませんね」
「なにっ!? 厄介なスキルじゃな。あいわかった、あとはワシが引き受けよう♪」
「ふふ……ありがとうございます……。異界の外に、転移の魔法陣があります。それを使えば、王城に……」
そう言うと、サヨはパタリと倒れ気を失った。
「まったく、こんなボロボロになるまで……大した奴じゃわい」
ミラが指を振ると、サヨが空中に浮かんだ。
そのままサヨを連れて他のメンバーの元へ向かう。
「皆ひどい傷じゃな。やっぱり、さっきの回復魔法が効いとらん」
ユリ、シノ、ルリを浮かせ、最後にムビ。
「ムビ、無事で良かった……ん?」
ミラはまじまじとムビを見つめる。
外傷がどこにも見当たらなかった。
「なんじゃ? ひょっとして、ムビにだけは回復魔法が効いたのかのう?」
リリスが直接ムビを痛めつけなかったせいなのかと、ミラは推測した。
あの狂人が直接手を出さなかったのは、少し引っかかるが。
「さて、待っておれよ。病院に運んでやるからの」
ミラは5人を浮かせ、転移魔法陣へと向かった。
◆ ◆ ◆
「ん……」
なんだここ、温かい……。
……今まで何してたんだっけ?
……そうだ、確かリリスに酷い目に……。
「……ムビ、大丈夫か!?」
甲高い声が聞こえ、目を開いた。
目の前に、心配そうな顔をしたミラがいた。
「ミ、ミラ……? こ、ここはどこ……?」
「お主はリリスに捕まっておったんじゃ! 皆がお主を助けに行ってのう……」
ミラはこれまでの経緯を丁寧に説明した。
「そ、そんな……皆は、大丈夫なの……?」
「うむ。なんとか一命を取り留めておるが、リリスのスキルで回復魔法が効かなくてな。皆、まだ意識を取り戻しとらん……」
物憂げなミラの視線の先を見ると、『四星の絆』の全員がベッドに並んでいた。
「み、みんな……!」
ベッドから降りようとするが、膝が抜けて倒れそうになる。
「無理するなムビ! お主も病み上がりなんじゃ!」
「だ、大丈夫だから……」
ふらつく足取りで、4人の元へ駆け寄る。
全員包帯で全身を巻かれ、顔色が悪い。
その姿はあまりにも痛々しく、胸が締め付けられた。
「少なくとも1ヶ月は起き上がれんじゃろ。決勝は無理じゃな……」
ミラの手が肩に置かれる。
「そ、そんな……決勝は、いつ……?」
「……明日じゃ。今日はもう、日が暮れる」
窓の外では、夕日が沈みかけていた。
赤い光が病室を染め、やがて闇がゆっくりと押し寄せてくる。
まるで、希望そのものが夜に飲み込まれていくようだった。




