第336話 ミラ VS リリス
視界を染める、赤い色。
鼻腔を刺す、鉄の匂い。
私は仲間に回復魔法を施そうとしているミラの背へ、迷いなく剣を突き立てた。
「ミラ、危ないっ!」
背後からサヨの叫びが聞こえた。
もう遅い。
この距離から外しはしない。
狙うは心臓。
きっといっぱい……いっぱい血が噴き出る。
早く胴を裂き、心臓を掴み出さなければ———頭がどうにかなりそうだ。
———ずぶっ。
剣がミラの胴を貫く。
しかし———。
この感触……手応えがない。
剣はミラの服を貫いただけだった。
引き抜こうとしたが、ビクともしない。
恐らく、剣を掴まれている。
「……なんじゃ、お主がクロじゃったか」
背を向けたままの、ミラの声。
次の瞬間、視界が反転した。
———ブンッ!
剣もろとも、投げ飛ばされた。
私は舌打ちをし、空中で身を翻す。
壁に激突するが、足で受け身を取る。
壁がヒビ割れるが、私は難なく着地した。
「残念じゃったな。ワシが不意打ちを許すのは、世界で唯一人、ムビだけじゃ。……さぁて、覚悟はよいかのう?」
ポキリポキリと、ミラが拳を鳴らす。
私は顔を上げ、目の前の小柄な少女に目を向ける。
……ミラ・エヴァンジェリン。
トップインフルエンサーにして、最強の冒険者。
私が唯一警戒していた人間。
だが、不意打ちが失敗したというのに、胸の奥から湧き上がる本能は歓喜していた。
こいつの血が見たい。
こいつの泣き顔が見たい。
最強から噴き出す血はどんな味がするのか———想像しただけで、魂が震える。
「そういえば、お主にはでかい借りがあったのう。ムビにワシを襲わせたのは、お主なんじゃろ?」
ミラがにっこりと笑う。
しかし、ピシリと壁がひび割れる。
「本当にいい度胸じゃ。ワシを1回殺したんじゃ。ワシに殺されても———文句はあるまいな?」
針で刺されるような殺気。
暴力的なまでの魔力が、第2フロアに巻き起こる。
大部屋が壊れてしまいそうだ。
嬉しい、嬉しい。
血が見られる。
はやくコロしたい。
「あなたこそ、あのまま死んでおけば良かったと、後悔しても知りませんよ?」
私はあえて緩慢な速度でミラに斬りかかる。
ミラは私の力を知らない。
サヨのほうを警戒しているくらいだ。
今はユリと同程度……レベル600程度の速力。
間合いに入った瞬間、全力で動く。
私の本当のレベルは1500。
反応することすらできず、ミラの首が飛ぶだろう。
「死ね」
間合いに入った。
私は全力でミラの首を刎ね飛ばそうとして———。
パシッ。
刀身をつままれ、止められる。
「なっ……!?」
目を見開く私と対照的に、笑顔のミラ。
「おっ、すごい! これなら、どんな強者も一撃じゃな♪」
バチィンッ!
額を襲う衝撃。
私は何が起きたのかも分からず、壁まで吹き飛ばされる。
体勢を立て直しミラを見ると、私に向けて中指を突き出していた。
デ……デコピン?
まさか、今のはデコピンなのか……?
額から血が流れる。
禁忌指定級の魔物でも傷つけられない私が、ダメージを受けていた。
「ほぉ、思ったより頑丈じゃのう♪」
遊ぶような口調に、私は歯噛みした。
そんなバカなことがあってたまるか……!
未だかつてどんな天才でも、私に並ぶどころか、足元にも及ばなかった。
こんなに力の差があるわけが……!
「お前、強いのう♪ この前戦った遺跡の化物くらいはあるわい♪」
ミラがグルグルと腕を回す。
「残念じゃのう、その頃のワシとならいい勝負になったかもしれんが……。ワシもこの短期間で、レベルを上げておるのじゃ♪ 今のワシを倒したければ、レベル5000はないと話にならんぞ?」
私は開いた口が塞がらなかった。
レ……レベル5000だと?
……本気で言っているのか?
そんなの、神話の世界の……。
私の様子を見て、ミラが首を傾げた。
「どうしたんじゃ?……あっ! お前もしかして、ワシに勝てるとか思ってた?」
とぼけ顔のミラ。
煽られている?
この、私が……?
血が沸騰し、気付けばミラに斬りかかっていた。
バチィン!
斬撃を、デコピンで弾き返される。
……そんなバカな!
私の剣が、たかがデコピンごときに……!
何度斬りかかっても、ことごとくデコピンで弾かれる。
「おぉ、すごい斬撃じゃ! お前、天才じゃのう♪」
感心しながら、ミラが私の剣を完封していく。
「……おのれぇっ!」
業を煮やした私は、奥の手を出す。
全闘気・全魔力を魔剣に収束させた。
「"天断ノ太刀"!」
———キィィィン!!
剣を振った瞬間、ダンジョンが真っ二つに割れた。
フロアの一部が崩落していく。
「……いったいのぅー。指が切れたわい」
ミラの中指から血が流れていた。
「……ぁハァ♪」
私は切っ先についた血を指ですくい舐めた。
全身に衝撃が走る。
なんて———美味しい。
本能が、こいつを殺せと叫ぶ。
もっともっと血を流せと命じる。
「お前、きっしょいのー。そんなに血が欲しいのか?」
ミラの呆れ顔。
私は歓喜に身を震わせ、剣を構える。
「あなたのは特別……。もっともっと、血を———」
頂戴。
その一言を発することはできなかった。
———ガッ!
ミラの姿が消えたと思った瞬間、首を掴まれていた。
「……がはっ!」
信じられないほどの力。
呼吸ができないどころか、首が折れそうだ。
「じゃあの。生きておったら、また会おう」
その言葉を最後に、私の視界は光に包まれ———意識が、暗い底へと落ちていった。




