第332話 禁忌を抱いて生まれた者
私の1番古い記憶。
生まれたばかりの私を、両親や民が祝福する。
パレードで広間に集まる民を見下ろしながら、私の頭に過った願望。
『血が見たい』
父に抱かれるとき。
母の胸を吸うとき。
家臣に着替えさせられるとき。
私の頭は常にその願望でいっぱいだった。
血が見たくて、1日中延々と泣き続けた。
3歳になった私は、ナイフを持って庭先に出た。
トカゲを捕まえ、腹にナイフを突き立てる。
ジャムのように溢れ出る血を見て歓喜した。
しかし、しばらくするとトカゲは動かなくなった。
私は同時に、これは"いけないこと"なのだと悟った。
私の願望は、命を奪う邪悪な行いなのだと。
その日を境に、私は無駄な殺生を己に禁じた。
父にも美しい血が流れている。
母にも美しい血が流れている。
家臣にも、民にも、悪人や犯罪者にも。
きっと、生きとし生ける全てのものに美しい血が流れていて……。
そう考えるだけで、私はこの世の全てを愛せた。
しかし、体が成長するとともに、内に秘めた願望は強まっていった。
禁じるほどに魅力が増したのか。
私でない何かが、私と共に成長しているのか。
理由は分からないが、いつしか渇望するほど血が欲しくなった。
4歳のとき、ナイフで自分の手首を切ってみた。
溢れる血を見て喜んだが、母はそんな私を見て大いに悲しんだ。
どうやらこれも、"いけないこと"だったらしい。
私は自傷行為も禁じたが、渇望はより深くなっていった。
5歳になり、私は初めて剣を握った。
命を奪う技術。
自らに禁じながらも、恋焦がれていた行為。
初日から日が暮れるまで剣を振り、周囲を驚かせた。
そのとき、手の平に感じた痛み。
血豆が潰れていた。
久しぶりに見た血に、私は歓喜した。
周囲の大人たちは、私の血豆を見て褒め称えた。
どうやらこれは、許される行為らしい。
私はその日から毎日、剣を振り続けた。
起きている時間は、常に剣を握っていた。
血豆が潰れ、柄が滑るほど血が滴り、たまらなく嬉しかった。
痛みすらも私にとっては心地よいものだった。
7歳になると、どれだけ剣を振っても血豆が潰れなくなった。
私は焦った。
血を見る唯一の方法が奪われるのではないかと、心底怖くなった。
しかし、誰よりも鍛錬を積んだせいか、その頃になると剣で大人たちに勝てるようになっていた。
相手が怪我をすると、血が流れた。
怪我をしても、相手は微笑み、それどころか私を褒め称えた。
稽古中に流れる血は邪悪ではないらしい。
その日から、私は昼夜問わず騎士との鍛錬に明け暮れた。
8歳になると、誰も私に敵わなくなっていた。
代わる代わる相手を交代させたが、城中の騎士を集めても足りなくなった。
最悪なことに、私が付けた傷は回復魔法を受け付けなかった。
城の兵を潰されては敵わないと、騎士との訓練を禁じられた。
私はまた、一人で剣を振り続けた。
血豆が潰れないどころか、もう痛みすら感じない。
これから一生禁欲しなければならないのかと、絶望した。
そんなある夜、城に侵入する者が現れた。
見つけたのは私。
剣で切り伏せると、一冊の本を落とした。
尋問したところ、異界転移の魔導書らしい。
城内に設置し、魔物を召喚して王家を転覆するのが侵入者の目的だった。
私は本を取り上げ、侵入者の首を刎ねた。
遺体は衛兵に引き渡したが、魔導書のことは誰にも話さなかった。
こうして私は異界転移の本を手に入れた。
夜中にこっそり本を開くと、私は異界へ転移した。
空を飛んでいるような感覚にワクワクした。
異界には強力な魔物が溢れ返っていた。
異界側の魔法陣には魔物除けの結界石をばらまいて、私は魔物の1体と戦った。
かなり強力だったが、回復アイテムを数十回使ってかろうじて倒した。
そのとき、私のレベルが跳ね上がった。
人間のレベル上限は100。
上限を突破するには、人間性を喪失するしかない。
どうやら私にはレベル上限が無いようだった。
きっと始めから、人間性を喪失していたのだろう。
それ以上に、足元に転がる血溜まりを見て、私は打ち震えた。
水溜まりで遊ぶように、何度も血をすくっては頭上へ放り、頭から血を被った。
これからは血に困らない———その事実が、何よりも嬉しかった。
それからというもの、私は毎晩のように異界へ転移した。
9歳になると、回復アイテムなしで魔物の討伐に成功した。
10歳になると、同時に3体の魔物を倒せるようになった。
11歳では第1フロアの踏破に成功した。
12歳では第10フロアのボスの討伐に成功した。
16歳の現在。
私のレベルと剣の腕は、人間の域を遥かに超えてしまった。
狂おしい程の血への渇望は、上手く抑えられていた。
この本がある限り、私の本能が暴走することはないと思っていた。
———甘かった。
敬愛するムビ様への禁じられた行為。
愛する者の血が、これほど甘美だとは。
泣き叫ぶ声が、絶望に満ちた顔が、どうしようもなく私の頭を狂わせた。
これまで得た満足など、まるで無価値と思えるほどに。
そして気づいてしまった。
私の愛する家族、家臣、そして民。
彼らの血も同じくらい甘美である可能性に思い至った時———箍が外れた。
16年間抑え込んでいた本能は、理性の扉を突き破り、マグマのごとく溢れ返った。




