第331話 血塗れの王女
「ひ、ひぃッ———!」
ルリは声にならない悲鳴を漏らした。
第2フロアへの階段を上った直後。
出口まであと一息というところで、第6王女リリスに追いつかれた。
「邪魔が入ったとはいえ、こんなところまで辿り着くなんて。大したものです、褒めて差し上げます。私でなければ、上手く逃げ切れたかもしれませんね」
満面の笑みを浮かべるリリス。
憎悪。嫉妬。殺意。およそ人が持ちうる、ありとあらゆる負の感情が、その顔に表れていた。
「残念ですが、ムビ様を渡したとて、もう逃がしません。あなたたちの綺麗な顔を、鑑賞したくなりました。首だけにして、ムビ様の近くに置いて差し上げます。そうすれば、寂しくないでしょう?」
肘を直角に曲げながら、おどろおどろしい構えを取るリリス。
もはや人ではない何かだった。
「サヨ……ムビさんをお願い」
シノはムビを地面に降ろし、魔装を取り出した。
「私が時間を稼ぐ。2人は、ムビさんとユリを抱えて逃げて」
「な、何言ってるの、シノ!?」
ルリは目を見開いた。
シノはふっと笑い、仲間の顔を順に見つめた。
「大会、優勝してね。それじゃあ……元気で」
シノはリリスに向かって走り出した。
「シノォォォッ!!」
ルリの絶叫が洞窟に響く。
だがシノの瞳は、もうリリスしか映していなかった。
「はあぁぁぁっ!!」
右手に闘気が集中する。
渾身の"螺旋龍煌砲"。
———ぱしっ。
しかし、リリスは片手で軽く受け止めた。
「ふふ。素敵。仲間のために命を投げ出すなんて。あなたの血の色は、さぞかし美しいんでしょうね」
人ならざる笑みを向けられ、シノは戦慄する。
心臓は死の警鐘を絶え間なく鳴らし続けていた。
それでも———構わない。
「"螺旋龍煌砲"!」
左手で、もう一発。
しかし、決死の一撃が放たれるより早く、リリスの剣が振り下ろされた。
———ザンッ!
肩から腰にかけて、袈裟懸けにされる。
鮮血が舞い、シノの悲鳴が洞窟を震わせた。
「ふふ……やっぱり、綺麗な色してる」
刃についた血を指でなぞり、リリスはうっとりと笑みを浮かべた。
シノは足を震わせながらも、なお倒れない。
「う……ああぁぁぁぁっ!!」
蹴りを放つが、あっさりと躱される。
ドスッ。
リリスの剣が、肩を貫く。
「うあぁぁぁッ!!」
涙を浮かべながら、歯を食いしばって激痛に耐える。
「あぁ……そんな顔されると、いじめたくなっちゃう」
ドゴォッ!
シノの腹部にリリスの拳が打ち込まれた。
「ぐはぁッ!」
シノはそのまま項垂れ、ダランと両手が落ちた。
「あら、力加減を間違えましたか。まぁ、いいです。このまま首を———」
「"聖なる矢"!」
光の矢が顔めがけて飛来し、リリスは紙一重で躱す。
垂れ下がった前髪の隙間から、矢の出どころをじぃっと見つめた。
ルリが、涙を浮かべながら高速詠唱していた。
その顔を見て、リリスの口角が吊り上がる。
「惜しかったですねぇ。あなたの血の色も、綺麗なんでしょう?」
剣を引き抜き、シノが地面に崩れ落ちる。
リリスは笑みを浮かべながらルリに歩み寄った。
「"神聖なる灼熱"! "風神の暴風"! "星葬の光球"!」
ルリは極大呪文を次々に詠唱したが、リリスは軽く薙ぎ払う。
「手癖の悪い子ですね。躾てあげましょう」
リリスの姿が消え、次の瞬間ルリの目の前に現れる。
「ひぃっ———!」
悲鳴を上げると同時に、足払いで転倒させられる。
地面に手をついた瞬間、手の甲を剣が貫いた。
「いやあぁぁぁッ!!」
激痛にルリが叫ぶ。
剣を掴むが、びくともしない。
「あら、やっぱり綺麗な色」
リリスは剣をグリグリと捩じった。
肉が抉れ、骨が砕け、鮮血が溢れる。
「痛いッ! 痛いッ! 痛いぃぃッ!」
泣き叫ぶルリ。
剣を掴む手からも血が滴り落ちる。
リリスは興奮し、ルリの頭を掴んで地面に叩きつけた。
ドゴオォォッ!
岩盤が砕け、ルリの頭部が埋もれた。
そのままピクリとも動かない。
「ああ、ダメ。また力加減を誤ってしまった」
リリスは剣を振り上げ、首に狙いを定める。
「やめなさい」
リリスの動きが止まる。
ゆっくりと声の主、サヨの方へ首を向ける。
サヨは壁にもたれ、息を荒げながら左目を押さえていた。
既に立つこともままならない。
「あらあら。もう限界みたいですね。先に死にたいですか?」
リリスの狂った笑み。
絶体絶命の状況にも関わらず、サヨの声は冷静だった。
「欲に呑まれていますよ。しっかりなさい」
「ふふ、その通りです。今からあなたも———」
「16年間、抑え込んできたのでしょう? こんなところで台無しにしていいのですか?」
リリスの笑みが崩れた。
「あなた……なぜそれを……?」
サヨの右目が静かに見据える。
「本来なら国を滅ぼしかねない器に生まれながら、理性で己を律してきたのでしょう? 本来のあなたなら、こんな意味のない虐殺はしないはずです。目を覚ましなさい、今ならまだ間に合います」
諭すようなサヨの口調。
リリスの表情が徐々に和らいでいく。
「なるほど……魔眼は魂を見透かす、という噂は本当でしたか」




