第326話 荊より奪われし者
異界の第11フロアに足を踏み入れた『四星の絆』は、すぐに違和感を覚えた。
進めど進めど、魔物の気配が一切ない。
「なんか、このフロア静かだね……」
ユリが小声でつぶやく。静寂は、むしろ不気味さを増幅させていた。
「ダンジョンでこんなことってあるのかな?」
「基本的にはどのフロアにも魔物は生息しているはずです。モンスター災害時は例外ですが」
サヨの言葉に、ユリが首を傾げる。
「モンスター災害って……どういうこと?」
「魔物がなんらかの理由で集団で大移動をするケースです。例えば、強力な外敵の侵略から逃げるためとか」
「強力な外敵って……」
禁忌指定の魔物たちが逃げ出すほどの何か。
それが、このフロアにいる可能性が高い。
「リリス様って、そんなに強いの……?」
そのとき、ユリが前方を指差した。
「あっ! あれなんだろう?」
道の中央に、天井から地面へと伸びる極太の荊が生えていた。
脈打つように、ゆっくりと鼓動している。
「見たこともない植物ですね」
「これ、魔物ですわね」
「えっ、魔物!?」
「気味悪いなぁ……。襲ってこないみたいだし、スルーしようか」
一行は荊の横を通り過ぎようとした。
だが、サヨが突然足を止める。
「サヨ、どうしたの?」
「……ムビさんの魔力の痕跡が、ここで途絶えています」
「えっ!? それって……ここでまた転移しちゃったってこと!?」
「うわぁ、こんなところまで来たのに、また振り出しだなんて……!」
ルリが頭を抱える。
サヨは荊をじっと見つめたまま、静かに言った。
「ユリさん。この荊、根元を切っていただけますか?」
「え? うん、いいけど」
ユリは破邪の剣を抜き放つ。
———ズバッ!
荊を切り落とすと……中から、ズタズタのムビが転がり出た。
「ム……ムビくんっ!!?」
ユリが悲鳴を上げ、ムビに絡みつく荊を全て切り落とし、抱きかかえる。
ムビは全身血まみれで、意識がない。
「ひ、ひどい……どうしてこんな……!?」
「ムビさん、しっかりして!」
「と、とにかく回復魔法を……!」
ルリが魔法を構えた瞬間、サヨが制した。
「回復は後回しです。急いでここを離れましょう」
「えっ、どうして?」
サヨは殺気立ちながら洞窟の奥を睨んでいた。
「おそらくここが、あの女狐の根城です。ここでムビさんに狼藉を働いていたのでしょう。あいつの魔力の痕跡が、ここら一体に濃く残っています」
「……ムビくんをずっと傷つけていたってこと……?」
「そんな……何のために……?」
3人は絶句していた。
「たまたま、女狐はここを離れていたようですね。早くムビさんを連れて戻りましょう。あいつがいつ戻ってくるか分かりません」
「そ、そうですね……ムビさんは救えたし、早く帰りましょう!」
シノがムビを背負い、一行は足早に元来た道を戻り始めた。
「ムビくん、大丈夫……?」
ルリが走りながら回復魔法を施す。
傷は塞がっていくが、ムビが目覚める気配はない。
「こんなになるまで……なんてヒドイ……」
ユリの声には怒りが滲んでいた。
シノは背中で感じるムビの弱い呼吸に、不安を押し殺すように呟く。
「このまま、無事に帰れるといいのですが……」
◆ ◆ ◆
リリスは食事と湯あみを終え、ムビの元へ向かっていた。
(さて……ムビ様は目覚めたでしょうか)
紫のドレスを身にまとい、ゆっくりと歩く。
(可愛かったなぁ……次はどんな風に愛してあげよう……)
泣き叫ぶムビの顔を思い出し、恍惚の笑みを浮かべる。
(あぁ……もう待ちきれない……早くムビ様の元へ……)
そうして帰ってきたリリスの目に飛び込んできたのは———無残に切り落とされた荊だった。
「え……?」
荊に駆け寄る。
ムビの姿はどこにもなかった。
(荊が切られている? バカな……このフロアに荊を傷付けられる魔物なんて……)
荊の切断面は、鋭利な刃で切られた跡があった。
(なるほど、侵入者……。よくも、私のムビ様を……)
◆ ◆ ◆
『四星の絆』は第10フロアのボス部屋に到達していた。
「よしよし、順調だね。このまま一気に———」
———ゴッ!
地の底から、強烈な威圧感が湧き上がった。
異界全体が悲鳴を上げるように揺れる。
「な、なにこの殺気……!?」
「まさか、リリス様……!?」
圧倒的な殺気の塊が、こちらへ向かってくる。
「……女狐が気付いたようですね。急ぎましょう!」
4人は全速力で走り出した。
第9フロアへの階段を駆け上る。
しかし、背後から猛スピードで殺気が迫ってくる。
「何、この速さ……本当に人間!?」
「ダメだ、追いつかれちゃうよ……!」
螺旋階段を上りきろうとしたとき、階段の下にリリスの姿が見えた。
「もうそこまで来てるよっ!」
「とにかく、急いで———」
ドンッ!
リリスが跳躍し、一気に階段の最上段まで跳んできた。
「う、うわぁっ———!!?」
4人の背後に、軽やかに着地する。
「あら。『四星の絆』の皆さんでしたか。こんばんは。そんなに急いでどちらへ?」
王女が、にこやかに微笑んだ。




