第310話 準決勝・副将戦3
欠伸をするイヅナに構わず、ユリは静かに目を閉じ、肺の奥まで空気を吸い込んだ。
(必要なのは———没入。逆境すら飲み込む、強烈な没入……)
脳裏に蘇るのは、デスストーカーの呪いに沈んだ絶望。
そして、ムビのスキルが灯した温かな光。
(あのときの絶望に比べたら、こんなの逆境にも入らない。ほんの少しでいい。あのときのムビくんの勇気を……)
私の剣は、デスストーカーをも断ち切る。
怖いものなんて、もう何もない。
剣の神は、私の中に宿っている。
イヅナだって———敵ではない。
(私は最強。私は最強……)
深く、深く。
意識の底へ沈んでいく。
(体が……温かい。痛みが、消えていく……)
ユリはゆっくりと目を開いた。
視界が、さっきまでとはまるで違う色を帯びていた。
「目なんかつぶって、どうしたの? もうあきらめた?」
イヅナの能天気な声色。
剣をくるくる回しながら、気の抜けた足取りで近づいてくる。
「ふわぁ……お布団が恋しいや。そろそろ終わらせ———」
———ヒュン。
欠伸の瞬間、ユリの残像が横を通り抜けた。
「……え?」
遅れて、鋭い痛み。
イヅナの右肩から鮮血が舞った。
「いっ……たぁ!」
思わず傷口を押さえるイヅナ。
(何、今の動き……? 急に速くなって……)
振り返る。
目の前のユリから、今までになく強大な闘気が溢れていた。
「どう? 目、覚めた?」
ユリは自信に満ちた笑みを浮かべていた。
先ほどまでの必死さは消え、まるで自分の感覚を楽しんでいるようだった。
「……へぇ。なんか調子良さそう———じゃん!」
イヅナは一気に距離を詰める。
先ほど見たユリの動きを完璧にコピーして———。
ズバッ!
しかし、ユリはたやすくイヅナの動きに合わせ、交差法のカウンターを決める。
今度は左肩を負傷し、イヅナは目を見開く。
(そんな……動きを見切られた!?)
ユリは剣を肩に乗せ、つま先で軽く地面を蹴る。
「もう、"目標"なんて甘いことは言わないよ。私の"踏み台"になって、イヅナ?」
イヅナは自分の耳を疑った。
(踏み台……? 今、私のこと、踏み台って言った……?)
エヴァンジェリンの頂点に立つ私が。
No.1アイドルの私が———踏み台?
イヅナはしばし我を忘れたかのように呆然とした。
「あはは。そんなこと言われたの、何年ぶりだろう?」
———ドンッ!!
フィールド中央で爆発のような衝撃が起きた。
否、イヅナから膨大な闘気が噴き上がったのだ。
観客席が揺れるほどの歓声。
「うおお!? なんて闘気だよ!?」
「イヅナが怒ったぞ!?」
先程までとはまるで違う、完全な戦闘モード。
イヅナは首をポキポキ鳴らす。
「はぁ~、おかげでだいぶ眠気が醒めたよ。それじゃあお言葉に甘えて……胸を借りようかな?」
キュンッ。
空気を裂く音と共に、イヅナが一瞬でユリの間合いに入る。
———キィンッ!
瞬く間に上・中・下段の3閃。
速過ぎて音が1度しか聞こえない。
だがユリは3撃すべてをパリィした。
「は、速過ぎるぅーーー! 目にも止まらぬ攻防が繰り広げられております!」
実況席が絶叫し、テレビの前の数百万人が息を呑む。
「これならどう!?」
イヅナはさらに踏み込み、剣を振るう。
放ったのは、先程コピーした”七星剣”の上位互換。
8連撃———を上回る、全力の9連撃。
ユリも同じ構えを取る。
「残念! 連撃数は、私の方が上だよ!」
勝利を確信するイヅナ。
しかし、ユリは笑みを浮かべる。
「"十星剣"!」
両者の剣が火花を散らす。
キキキィンキィン———ズバァッ!
傷を負ったのは———イヅナだった。
(え……なんで……?)
直後、すぐに気付いた。
ユリの放った技は、10連撃。
イヅナの全力をも上回る連撃数だった。
「……でも、残念! それもすぐに覚えるよ!」
イヅナは息つく間もなくユリに襲い掛かる。
コピーした技を、ユリにぶつける。
「"十星剣"!」
キキキィンキィン———ズバァッ!
またしても傷を負ったのは、イヅナだった。
(嘘……!? 今のユリの技……11連撃……!?)
ユリの成長が止まらない。
コピーが追いつかない。
「あはははは! どうしたの!? 全然弱いよ、イヅナァ!?」
深く没入したユリが狂気の笑みを浮かべる。
斬ることを何よりの喜びとする獣の眼。
生まれて始めて、イヅナは気圧された。
「くそっ!」
イヅナが放ったのは、渾身の12連撃。
しかし———。
「"十六星剣"!」
ユリが放ったのは、16連撃。
———ズバズバズバズバァッ!!
「うわあああああっ!?」
ユリの技が完全に上回り、複数の斬撃を浴びたイヅナは壁まで吹き飛ばされた。
「ダウン! ワン……ツー……」
ダウン宣告に、解説が吠える。
「あぁーっと! イヅナ、まさかまさかのダウンーー!『四星の絆』ユリ、信じがたい剣技です!」
「まさに神業ですな……。王国騎士団の中でも、果たしてユリに匹敵する剣の使い手がいるかどうか……」
ジニーは眼球が飛び出しそうなほど、フィールドを凝視していた。
全身汗びっしょりである。
「う……嘘じゃ……まさか、イヅナまで負けるのか……!?」
シンラは口元を吊り上げる。
「へへ……ようやく一皮剥けやがったな」
ミラも嬉しそうに笑う。
「かっかっか♪ 急激に強くなっていくのう!」
「"剣神"の能力が引き出されてきたんだ。今のあいつに剣で挑むのは、はっきり言ってアホだぜ」
「もう一息じゃ! このまま決めるんじゃ、ユリー!」
ミラはぴょこぴょこ飛び跳ねながら声援を送った。




