第307話 準決勝・副将戦開始
サヨは深く息を吐いた。
静寂のフィールドに、わずかな魔力の残滓だけが漂っている。
「やれやれ……どうにか、完全停止を引き出せましたね」
死んだ母を蘇らせるには、ただの蘇生では足りなかった。
必要なのは———"完全復活魔法"。
そのためには、セツナが発動する“完全時間停止”の瞬間を利用する必要があった。
何年も待ち続けた。
セツナがそのスキルを使う瞬間を。
そして今、ようやく念願が叶った。
母の棺は既に墓から掘り出し、"完全復活魔法"を行使した。
時間が動き出せば、母は棺から出てくるだろう。
(母に状況を説明しなければなりませんね。また自殺しないように、私が支えないと)
視線を落とすと、血肉に塗れて倒れるセツナ。
深く眠りについている。
(さすがに、このままでは哀れですね)
サヨが指を軽く振ると、血だまりは霧のように消え、セツナの身体は元の清潔な姿へと戻った。
魔力もそろそろ底をつく。
このまま時間が動き出せば、サヨの勝ちが宣告されるだろう。
その前に、やり残したことがあと1つ。
サヨは転移魔法を発動し、フィールドから姿を消した。
転移先は薄暗い牢獄だった。
冷たい石壁に囲まれたその部屋で、男が1人、うなだれて座り込んでいる。
サヨはそっと膝をつき、男を抱きしめた。
「お父様。お母様は、生き返りましたよ。私も頑張っています。必ず、ここから出して差し上げますからね」
男は反応しない。
それでもサヨはしばらくその顔を見つめ、静かに微笑んだ。
そして再び転移し、フィールドへ戻る。
(さて、これで全部ですかね。できればムビさんも捜索したいところですが……さすがに魔力が持ちませんね)
———パチン。
サヨは指を鳴らした。
途端に、サヨの姿が元に戻り、完全停止していた時間が一気に流れ始めた。
大歓声がサヨを包み込む。
「ダウン! ワン……ツー……」
審判のカウントが始まり、実況席が叫ぶ。
「あぁーっと! サヨの攻撃がヒットしたのか!? セツナ、ダウンーーー!!」
ジニーが額に脂汗を浮かべ、立ち上がって叫ぶ。
「立てっ! 立つんだセツナァーーー!!」
『エヴァンジェリン』ファンたちも必死にセツナに大歓声を送るが———無駄だった。
「エイト……ナイン……テン! 試合終了ォーーー!! 勝者、『四星の絆』、サヨッ!!」
会場が割れんばかりの大歓声が巻き起こる。
ジニーは呆然とした表情で、崩れ落ちるように座席に倒れ込んだ。
「なんとなんとなんとーーー!! サヨ、大逆転勝利ーーー!! これにて決着! まさかまさかの、『四星の絆』のストレート勝ちです!!」
「見事という他ありませんな。1回戦から、格上に金星を挙げ続けての決勝進出。これは決勝戦も楽しみですな」
シンラたちも喜びを爆発させていた。
「いよっしゃあ! 勝ちやがった!」
「さすがサヨだね、あんなに厳しい状況から勝つなんて!」
「かなり危うかったけど、ギリギリ勝ててよかったー!」
シンラ、ナズナ、シェリーが騒ぐ中、ミラの頬には汗が伝っていた。
「ギリギリの勝利、か……」
ミラの様子に、シンラが首を傾げる。
「どうしたんだよミラ? あんま喜んでないな?」
「いや……あまりにも、レベルが異次元過ぎてな……」
ミラの返答に、3人が笑う。
「ははっ。さっきは滅茶苦茶おせーとか言ってたくせによ」
「ま、どうせミラには及ばないって言いたいんでしょ?」
燥ぎ続ける3人の横で、ミラは終始静まり返り、サヨに視線を送っていた。
(化物め……)
フィールド内では『四星の絆』が全員駆け込み、サヨに抱き着いていた。
「サヨ、ナイスゥーーー!!」
「やったぁーー!! 私たち、『エヴァンジェリン』に勝ったんだぁーーー!!」
サヨはいつも通り、穏やかに笑っていた。
「ありがとうございます。ところで私、ちょっと急用がありまして……。先にこのまま、会場を離れても良いでしょうか?」
「えっ!? 急用ってなに!?」
ルリが驚愕していた。
こんな大事な日に入れる用事なんて、一体何だろうという顔。
シノが返事をする。
「いいですよ。チームも3勝して、決勝進出も決まったし」
「うん! 遠慮なくいってらっしゃい!」
ユリが親指を立てた。
サヨは安堵の表情を浮かべる。
「ありがとうございます。それでは申し訳ありませんが、お先に失礼します」
サヨは急ぎ足でフィールドを去って行った。
「なんだろうね、用事って」
「さぁ。でも、サヨがあんなに急ぐくらいだから、よっぽど大事な用事なんだろうね」
一方、倒れたセツナの傍らに立つ少女が一人。
『エヴァンジェリン』の最後の一人、イヅナだった。
「あーあ。セツナまで負けちゃうんだ」
気だるそうな表情で空を見上げる。
その様子を見て、ルリが大笑いする。
「はっはっは! 見たかイヅナ! これが私たちの力だよ! 恐れ入ったか!」
ルリに呼応するように、『四星の絆』ファンが大歓声を上げた。
一方、『エヴァンジェリン』ファンからはブーイングが巻き起こり、会場は大騒ぎになる。
そんな状況でも、イヅナのマイペースは変わらない。
重そうな瞼をしながら小さく拍手を送る。
「すごいすごい。恐れ入ったよ」
セツナはタンカで運ばれていき、審判が選手たちに声をかける。
「それでは、副将戦のご準備を……」
「あー、それいいや。棄権します」
イヅナはひょいと手を上げる。
審判と『四星の絆』は驚いた。
「えっ……棄権、ですか?」
「うん。だってもう勝敗は決したし、やる意味ないでしょう? 私も帰ってゆっくり寝たいし。それじゃあ」
欠伸をし、そのまま帰っていくイヅナ。
「ちょ、ちょっと待った!」
ユリがその背中を呼び止める。
「このまま終わっていいの? ファンの皆も会場に来てくれてるんだよ?」
イヅナが足を止め、振り向く。
「……? それがどうかしたの?」
「最後まで試合しなくていいの? このまま全敗したら、『エヴァンジェリン』ファンが悲しむと思うよ?」
イヅナは首を傾げた。
「う~ん、しょうがないんじゃない? 負けた3人が悪いわけで、私が悪いわけじゃないし」
「だめっ! 試合して!」
ユリがイヅナに指を差す。
「No.1のイヅナを倒さなきゃ意味ないの! あなたに勝ってこそ、本当に『エヴァンジェリン』に勝ったって言えるんだから!」
「う~ん、そんなことないんじゃないかな? 普通に『四星の絆』の勝ちだと思うし」
そのとき、ジニーが叫んだ。
「戦え、イヅナーっ!」
あまりの大声に、周囲の観客たちが驚いた。
「試合には負けたが……お前さえ勝てば、『エヴァンジェリン』が負けたことにはならん! 棄権など許さんぞーっ!」
その声につられて、ファンたちが歓声を上げる。
「そうだそうだ! 戦ってくれイヅナ!」
「やっぱりNo.1は『エヴァンジェリン』なんだって証明してくれ!」
歓声の波は次第に広がっていき、いつの間にかイヅナコールが巻き起こっていた。
ファンの歓声を浴びながら、イヅナは頭をかく。
「う~ん。しょうがないなぁ~。じゃあ、やりますか」
フィールド中央に戻るイヅナ。
ユリが仁王立ちで迎えた。
「そうこなくっちゃ♪ イヅナ、絶対私が勝つからね!」
「う~ん、無駄だと思うけどなぁ。いつも通り、どうせ私が勝つんだろうし」




