第306話 準決勝・中堅戦8
目を覚ますたび、世界は静止していた。
そして、私の意識はすぐに途切れる。
何度繰り返されたのか、もう数えることすらできない。
ただ、終わりのない落下のような感覚だけが、私の中に残っていた。
「ふふ。やはり取り返しのつく殺しは最高ですね」
何度目の死の後だっただろうか。
サヨの軽やかな声が、耳の奥に落ちてくる。
私は、魂のない抜け殻のような状態で、ただそこに座っていた。
目覚めては殺され、目覚めては殺され———。
少しでも痛くないように。
少しでも早く終わるように。
それだけに、全神経を注いでいた。
「知っていますか? 命を奪う行為には、強い快楽が伴うんですよ。食のための殺しは空腹を満たし、性行為には数億の配偶子の死が伴う。戦場での殺しは全能感に繋がり、兵を操る指揮官の得る快楽はその比ではありません。争いが絶えない理由はこれです」
サヨは私の周囲をゆっくりと歩きながら、淡々と語る。
その声は、講義のように落ち着いていた。
「だから、力を持つ者は快楽に溺れてはなりません。幸福と快楽の違いを見極め、他者の幸福を己の幸福とする。それが上に立つ者の心構えです」
サヨの視線が、私の上に落ちる。
冷たく、しかしどこか憂いのようなものを含んでいた。
「しかし、世の中お前のような愚か者ばかり。たまたま力を持ち、たまたま地位を得て、たまたま成功しただけの子どもが、何の罪悪感も抱かず延々と殺戮を繰り返す。その醜悪さたるや、今のお前の姿の比ではありません」
全身吐瀉物と肉片にまみれた私は、返す言葉を持たなかった。
「そんな愚か者を正すにはどうすれば良いのか? 殺される側の苦しみを経験させるしかありません。少し考えれば分かるはずのことが、いつまでたっても分からないのですから。……どうです? そろそろ、理解が及んできたのではありませんか?」
「は、はい……私が悪かったです……」
本当はサヨの話などほとんど頭に入ってない。
そんなことに頭を回す余裕はない。
ただ、サヨの機嫌を損ねたくない。それだけ。
そんな私を見透かしたかのように、サヨが笑う。
「ふふ。それでいいです。こういうのは理屈ではありませんからね。表面的な理解など、1ミリも役に立ちません。魂に刻まれ、反射的に行動できなければ意味がないのです」
私の正面でピタリと立ち止まり、煌々と輝く魔眼が私を覗く。
「おめでとう。研修生74人分、全て消化し終えました。よく頑張りましたね」
その言葉に、私の心が一瞬だけ浮上する。
「じゃ、じゃあ……!」
「残るは、私の分ですね」
ビクリと体が震える。
「ま、まだあるの……!?」
「ふふ。これが最後です」
サヨが人差し指を立てる。
「まずは1つ目。研修生時代、毎日のように時間を止めて私を見ていた分」
私は思わず目を見開いた。
「き、気づいていたの……?」
「当たり前です。至近距離からジロジロと。ストーカーですかあなたは。正直、気持ち悪かったですよ?」
顔が熱くなる。
あの秘密が、全部バレていたなんて。
「そして2つ目。最後に私を呼び出した日。なんですかあれは?『私がサヨを支えてあげるから、一緒に暮らそう』って。私を追い詰めたのはお前でしょう? どういう拗らせ方をしているんですか、お前は?」
顔がみるみるうちに赤くなる。
「こんなやり方をしなければ、他人と距離を詰められないんですか? で、私がお前の裏工作を指摘したら逆ギレって。お前は支配者なんて大層なものではなく、ただのコミュ障のぼっちだと自覚なさい」
痛みとは別の意味で泣きそうになった。
恥ずかしすぎて殺して欲しい。
「最後に3つ目。お前、私を見るときだけ、目が気持ち悪いです。その目をなんとかなさい」
目……?
私は視線を落とし、血だまりに映る自分の顔を見る。
瞳の奥の自我が解け崩れていた。
まるで私が今まで見下してきた凡人共のように。
「はは……」
自分が滑稽過ぎて、笑えてきた。
そうか。
私、サヨに共感していたんじゃなくて……サヨに支配されていたんだ……。
「以上が私の分。覚悟はいいですか?」
サヨがデコピンの構えを取る。
私は思わず目をつぶった。
また殺される……!
ぺちっ。
普通のデコピン。
おでこが少し、ヒリヒリする。
「……え?」
私は思わず目を見開いた。
目の前には、くすりと笑うサヨ。
何年ぶりだろうか。
サヨが私に、優しい笑みを向けてくれるのは。
「まったく。友達になりたいなら、素直にそう言いなさい。支配者なんて生き方はつまらないですよ? あなたは、人を支配するのではなく、人と友達になりなさい」
差し伸べられる白い手。
その温もりに、胸の奥がほどけていく。
「うぅ……ごめんなさい……」
私はずっと、人に弱みを見せてはいけないと思っていた。
本心を晒してはいけないと思っていた。
それが、公爵家の教えだった。
でも今、初めて知った。
恥も何もかも、すべてをさらけ出した上で受け止めてもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。
私は勇気を振り絞って、唇を震わせた。
「私と……友達になってくれる……?」
サヨはふわりと微笑んだ。
「しょうがないですね。いいでしょう。時間が流れ始めたら、私とあなたは友達です」
涙が溢れた。
生まれて初めてできた友達が、ずっと憧れていたサヨだなんて。
「ありがとうサヨ……。ごめんね……本当に、色々ごめんね……」
「いえいえ、良いんです。本当に、大して怒っていたわけではありませんから。私の前世の行いに比べれば、可愛いものです」
前世で一体何をしたのだろう。
かなり気になったが、触れない方が良い気がした。
「それにしても、時間の完全停止は滅多に使わないようですね。正解です。下手をすると、戻って来れなくなりますから」
背筋がゾッとした。
「え……それってどういう……」
「まぁ、これまで通り頻繁に使わなければ問題ありません。さて、それじゃあ……」
サヨは立ち上がる。
「そろそろ、お前に罰を与えるとしましょうか」
ニッコリと微笑む。
……。
え?
罰って……なに?
「……えっと、サヨ……罰は、今受けたんじゃ……?」
「ああ。今までのは躾。罰は、これからですよ」
血の気が引いた。
「だってそうじゃないですか? 両親や友人たちは、皆大切なものを失いました。お前は死んだとはいえ、全て復活する保証付き。お前が、何を失ったというのですか?『失え』とまでは言いませんが、それなりのリスクは負っていただかないと割に合いません」
私は血だまりに座り込んだまま後ずさる。
頬を伝う涙に、先ほどのような温もりはなかった。
「いや……」
絞り出した声は、停止した世界に消えた。
サヨの指先に魔力が集まる。
「お前はこれから、夢に落ちます。ほんの些細な悪夢です。それから目覚めることで、許しとしましょう。常人なら発狂して、最悪死にますが……お前ぐらい神経が図太ければ、まぁ大丈夫でしょう」
大丈夫なものか。
この化物が見せる悪夢など、ろくでもないに決まっている。
「サヨ……私たち、友達だよね……?」
サヨが満面の笑みを浮かべる。
「言ったでしょう?『時間が流れ始めたら』と。まだ、時間は流れていませんよ?」
私に向けられた人差し指。それが、私の最後の記憶。
世界が暗転し、私は深い眠りへと落ちていった。




