第303話 準決勝・中堅戦5
私は手を叩いて笑った。
「あはははは! 油断したの!? バカね! せっかく勝機を掴んでいたのに!」
鼻血を拭い、ゆっくりと立ち上がる。
サヨに攻撃された箇所がズキズキと痛んだ。
「よくも私をここまでコケにしてくれたわね……。こんな屈辱は、生まれて初めてよ」
静止したサヨを睨みつける。
どうせ聞こえてはいない。それでも言葉にしなければ気が済まなかった。
「あなたがこれからどうなるか、教えてあげる。まずは顔面が変形するまでボコボコにする。次に手足の骨を折って、時間停止を解除する。痛みに泣き叫びながら芋虫みたいに地を這うあなたを、大観衆の前で踏みつけるの……どう? 素敵でしょう?」
当然、サヨからの返答はない。
安堵と勝利の愉悦が胸の奥から溢れ出し、笑みが止まらなかった。
やはり、最後に勝つのは私。
神の力を持った絶対的支配者が、負けるはずがないのだ。
「さぁて♪ それじゃあ、処刑タイムスター……」
殴ろうとした瞬間、私はピタリと動きを止めた。
「えっ……なに、これ……?」
サヨの瞳が、煌々と輝いていた。
あの眼だ。1回戦、ヒエンとの戦いで見せた——。
「もしかして、これが……魔眼……?」
血よりも赤く、宝石よりも透き通り、絶大な魔力を宿した瞳。
今までに見た、この世の何よりも美しかった。
時の止まった世界で、私は時を忘れて見惚れた。
「妬ましいわね……この瞳、くり抜いてやろうかしら」
何かするつもりだったようだが、残念。
数秒ほど、遅かったようね。
私はじっとサヨの瞳を見つめ続け——ふと、サヨと目が合った。
「……えっ!?」
私は反射的に飛び退いた。
瓦礫に足を取られ、つまずきそうになる。
そんな、まさか。
そんなはずは——。
サヨの瞳が、わずかに揺らめいた気がした。
もう一度、よく見る。
確かに静止している。
だが、何かが違う。
時間停止は何度も使ってきた。
静止した人間の瞳に私が映ることはあるが、認識されることはない。
目が合ったように見えても、それは停止した瞬間の意識の残滓にすぎない。
だが、この瞳から感じる意識は——さっきまでの私に向けられたものだろうか。
それとも。
「あなた……私が見えているの……?」
返ってくるはずのない問いへの答え。
代わりに、わずかに……ほんのわずかに、サヨの瞳が揺らいだ気がした。
見間違いかもしれない。
しかし、少なくとも私の目には……断続的に、サヨの意識が刻まれているように見える。
全身に鳥肌が立つ。
思えば、サヨの反応は異常だった。
私の呪文に対する反応速度は、これまでの相手の中でも飛び抜けていた。
あのイヅナですら一瞬の戸惑いを見せるのに、サヨにはそれがなかった。
ギリギリで防御し、ダメージを軽減していた。
まるで、すべて見えているかのように。
「はは……信じられない。私の世界を覗ける者がいるなんて……」
しかし、徐々に私の心に安堵が広がっていく。
どうやら、動くことはできないらしい。
冷静に考えれば、私の絶対的優位は変わらない。
自然と笑みがこぼれる。
「意識がある分、かえって恐怖なんじゃない? 時間が止まったまま殴られるって、どんな気分なんでしょうね? 痛みがずっと続くのかしら。それとも、停止解除するまで恐怖に怯えるのかしら。興味深いわね……」
私は拳を握り、サヨへ近づく。
「時間が動いたら教えてね。もっとも、意識があればだけど」
拳を振り上げ——そして、再び止まる。
……待て。
もし意識があるなら、サヨは私の時間停止を考慮していたはず。
このまま攻撃していいのだろうか?
先ほどのトラップ。
あれは、時間停止したまま私の接近を誘っていた。
私との位置関係。
私が時間を止めるタイミング。
停止後の行動。
全てを完璧に読み切られた上でのトラップだった。
あれだけ私が攻勢だったのだ。
無造作にいくつもトラップを仕掛けていたとは考えにくい。
恐らく、たった1つだけ仕掛けたトラップを、ピンポイントで命中させた……。
そんな頭の切れるサヨが、果たしてこの状況を予想していない……なんてことがあり得るだろうか?
例えば、私のこの後の行動を全て読まれていたとしたら……。
数センチ先に、先ほどのトラップがあるかもしれない。
あるいは、サヨに触れた瞬間に発動するトラップなのかも。
そこまで思い至った瞬間、背筋が凍った。
死神の鎌が首筋に触れたような感覚。
このまま安直に動くのは危険すぎる。
サヨは何を狙っている?
それを読み切るまで、迂闊に手を出すべきではない。
そもそもサヨは、なぜ魔眼を発動させた?
魔眼を使わなければ、私はサヨが時間停止を認識していることに気付かなかった。
"時間停止を認識している"——なんて情報、隠した方がサヨにとっては有利なはずだ。
その情報をわざわざ私に与える理由は?
最も合理的な答えは——トラップがない、という状況。
設置が間に合わず、私に警戒心を抱かせて接近させないための威嚇。
でも、それでは引っかかる。
なぜサヨは、私の時間稼ぎに付き合った?
時間停止に気付いていたなら、私の必死の時間稼ぎにも気付いていたはずだ。
次に時間を止められたら終わりかねない状況……私がサヨなら、死に物狂いで攻める。
なのに、サヨは私のたわ言に付き合った。
まるで、時間停止を待つかのように。
トラップはない。
だが、時間は止めてほしい?
矛盾している。
何度考えても答えが出ない。
あるいは、私を混乱させることが目的?
それとも、全部私の勘違い?
ならば攻撃してみる?
いや、それが狙いかもしれない。
いや、でもそれこそが本当の狙いで——。
思考が堂々巡りし、訳が分からなくなる。
なぜ、絶対的に有利なはずの私が、こんなにも追い詰められているのか。
深く息を吸い、吐く。
落ち着け。冷静に考えろ。
まず、サヨは動けない。
サヨに攻撃手段があるとすれば、恐らくトラップ。
時間停止の弱点——それは、私が物理的影響を受けること。
ほぼ停止した時間とはいえ、ごくわずかに時間が流れている以上、私もダメージを受ける。
爆風に突っ込めば吹き飛ぶし、炎に触れれば焼ける。
サヨのトラップもしかり。
……ある。
サヨの狙いなど関係なく、サヨを倒せる方法が。
これを使うのは久しぶりだが、果たしてうまくいくだろうか……。
いや、状況が状況だ。
迷っている場合ではない。
私は静かに手を掲げ、指を鳴らした。
その音は静寂の世界に響き——そして、更なる静寂を呼んだ。




