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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
三章 学びの塔は、青く苦い春にある
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サウィンの前夜【2】




 拝啓 フリートさん


 すっかり暑さが遠のいて過ごしやすい季節になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか?

ちゃんとお仕事、してますよね?

 私は毎日お勉強を頑張っています。金花寮にもずいぶんと慣れました。

イスラは今日もちゃらんぽらんでしたが、よくお兄様を気遣ってくれますし、根は優しい人みたいです。

お兄様もイスラのことは気に入っていると思います。

そう言ったら、お兄様は複雑な顔をしてましたけど。


 そういえば、フリートさんは”カブの妖精”の噂はご存知ですか?

もし何か知っていたら、少しでもいいので教えて欲しいです。

 あ、でも、お仕事を放り出して調べたりなんてことはしないでくださいね?

サウィンの前夜の準備で、精霊塔は大忙しだと思います。

ベルノルトさん達の負担を増やさないように、必ずお仕事を優先してください。

……ぜったい、ですよ?


 それでは、またお手紙書きます。

お返事を楽しみにしてますね。


 エルフリーデ


追伸

今年の占事も、真面目に頑張ってください。




「……これで、よし」


 エルフリーデは背伸びをして、羽ペンをペン立てに戻す。

太陽は東の空にあり、空はほんのりと薄い黄色が垂らされた様に染まっている。

早起きした日にだけ見られるこの空の色が、エルフリーデは好きだった。

 彼女は肩を回して凝りを解し、机に向き直ると、溶かした蝋を落として手紙に封をする。

王宮から出る時に持たせてもらった花の蜜のための指輪印章を押すと、くっきりと薔薇の花の形が刻まれた。

 この紋章はエルフリーデが王族に迎えられた時に定められた文様で、代々の花の蜜はそれぞれ違う紋章を与えられているのだという。

お祖母様はどんな紋章を使っていたんだろう? とエルフリーデは指輪をじっと見つめる。

右手の中指に嵌めなおされた銀の指輪が、朝日を受けてキラリと光った。


「お手紙をお預かりいたします、エルフリーデ様」


 主人が手紙を書き終えたと見てとったシーラは、文机に座って手紙を掲げ見るエルフリーデに歩み寄る。

手渡された封筒の宛先に目を走らせると、クスリと笑みをこぼした。


「まぁ、またドレヴァンツ閣下宛てでございますか?」


「はい。お仕事頑張ってくださいねってお話と……妖精のことで、少し聞きたいこともありまして」


「妖精の事ならば、確かに閣下以上の事をお答えできる方はそうそういらっしゃらないでしょう。今朝はまだ早い時間ですから郵便回収係が来ておりませんし、今日中にはお届けできるかと」


「それはありがたいです。回収係の方にはご苦労様です、と労いの言葉をかけて差し上げてください」


「かしこまりました」


 シーラはスカートの裾を摘んでお辞儀すると、早速配達の手配をするために部屋を出て行った。

後に残されたエルフリーデは鞄を抱えると、足元の自分の影に視線を落とす。


「猫さん、猫さん」


「何だ? エルフリーデ」


 影から頭をひょこっと覗かせた黒猫は、そのまま飛び上がる様にして影から出るとエルフリーデの足にしっぽを絡め、ビイ玉の様な銀鼠色の瞳を彼女に向けた。


「猫さんは、カブの妖精について何かご存知ですか?」


 ”カブの妖精”と聞くや否や、黒猫は顔を顰めて尻尾をぶわりと逆立て、低い声で唸った。


「私は秋の化身たるヘルブストの眷属からは嫌われている。我が姿を見るなり蜘蛛の子を散らす様に逃げていく輩のことなど知らぬわ」


「秋の化身……ヘルブスト。豊穣と慈愛をつかさどる、妖精王の三番目の娘御ですか?」


 エルフリーデが編入試験のために覚えた内容をそらんじると、黒猫は渋い顔をしたまま頷く。


「そうだ。様々な恵みをもたらし、生きとし生けるもの全てに分け隔てなく冬を越す支度をさせる。彼女は土や作物に関わりのある眷属を多く従えている。その中にカブの頭をした珍妙な者がいた様にも……思う。が、ヘルブストの眷属共はすべからく、私の視界に入ったかと思うと途端に姿を消す無礼者共だ。……二度と聞くな」


 黒猫は瞳孔をすうっと細めてエルフリーデに念押しすると、そのまま影に溶けた。


「怒らせてしまいましたか」


 秋に属する妖精を怖がらせるなんて、どんな妖精なのだろう? とエルフリーデは黒猫の本体である麗しい青年の姿をした妖精を思い浮かべて、首を傾げる。

おどろおどろしい妖精には見えなかったけれど。

 考えても答えが出るはずもなかったので、エルフリーデは小さなため息をつくと、鞄を抱えて部屋を出た。

週末なので授業はお休みだが、朝食を済ませたらすぐに寮を出なければならない。

今日はメルヴィと一緒に、本塔の図書室で調べ物をする約束をしているのだから。


 足取り軽く階段を降りて食堂に向かうと、丁度イスラとアレスが朝食をとっているところだった。

二人が起き出してくるには少し早い時間だが、眠い目を擦りながら黙々と口を動かしている二人を見て、エルフリーデは目をパチクリさせた。


「おはようございます。お二人とも、早いですね? どうかしたんですか?」


「僕はサウィンの行事のために王宮へ呼ばれているんだ。前夜まであと三日だからな。帰りも遅くなるから、夕飯は先に食べていてくれるか?」


 アレスは食後の紅茶に口をつけると、早々に席をたち、エルフリーデと入れ替わる様にして食堂を出る。すれ違いざまに、エルフリーデの頭を軽く撫でた。


「お兄様、あまり無理しないでくださいね」


 アレスの背中に向かってエルフリーデが声をかけると、彼は振り返って少し眉を下げ、ラベンダー色の瞳を細めて柔らかく笑む。


「ああ、分かっている。其方も、今日はメルヴィと図書館で調べ物をするのだろう? 根を詰めすぎないようにな」


 エルフリーデはアレスを見送ってから、食堂の椅子に腰掛け、下女達がテキパキと運んでくる朝食を手早くとっていく。

食後の紅茶を飲み干して一息つくと、食器も片付けられたというのにだらだらと食堂に居座っているイスラと目が合って、エルフリーデは首をかしげた。


「それで、イスラはどうして早起きしたんですか?」


「お前について行こうと思って」


 欠伸を噛み殺しながらそう言うイスラに、エルフリーデは目を丸くする。


「図書館で調べ物をするだけなので、退屈だと思いますよ?」


「分かってる、分かってる。でも、調べ物には人手があった方がありがたいだろ?」


「それは、そうですけど」


 エルフリーデが訝しげに眉を寄せてイスラをじっと見つめると、イスラは後ろ頭を掻いてバターブロンドの髪を乱した。


「それに、どうせゾフルもメルヴィにくっついて来るだろうし。あいつが行くなら、俺も行かないと。従者のくせに自由な奴だが、一応、俺が飼い主してるんだから、ちゃんと見てないとな」


「ゾフルさんはイスラよりよっぽどしっかり者ですし、心配しなくても大丈夫じゃないですか?」


「……そうだな」


 少し言い淀んで、イスラは曖昧に笑う。

快活で竹を割ったような性格の彼が僅かに目を逸らしたので、エルフリーデはどこか引っかかるものを感じながらも、それ以上は何も言えなかった。




 学問塔の共用図書室は、本塔の五階にある。

本塔のエントランスホールの東階段の傍にフクロウの石像があり、その頭を撫でて”図書室へ”と告げて階段を登ると、不思議なことに、五段ほど上っただけで図書室の入り口の前に着くのだ。

学問塔設立時からある仕掛けなのだが、詳しいことは未だに誰も解明できていないらしい。

 そんな不思議な階段を登ってエルフリーデとイスラが図書室に入ると、先に来ていたメルヴィと、イスラの予想通り一緒について来たらしいゾフルが腰掛けていたソファーから立ち上がって手を振った。


「お姉様、イスラ、おはようございます」


「おはようございますエルフリーデ様、それからイスラも。お前が休日にわざわざ図書館なんて、今日は雨でも振るんじゃないか?」


「うるせえ」


 イスラはゾフルの頭に軽く手刀を落としてニヤリと笑った。


「メルヴィとエルフィがいちゃついてるのに嫉妬してお前が馬鹿やらないか、見張りに来たんだよ」


「は、はぁ!? 嫉妬なんてしないし! 意味わかんないんだけど!?」


 ゾフルは一瞬で顔を茹でダコのように真っ赤にしてメルヴィとイスラを交互に見ると、ぷるぷる震えながらイスラを眼鏡越しに睨みつける。


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと調べ物するぞ! ボクはあっちの資料見てくるからな!」


 ゾフルはぶつぶつ文句を言いながら、栗色のおさげ髪を揺らし、スカートを翻して奥の本棚の方へ向かった。

エルフリーデがちらりとメルヴィの顔を窺うと、彼女は気に留めていない様子で、鞄の中から筆記用具を出して机に広げている。

エルフリーデの視線に気づくと、ニコリと笑みを返した。


「メルヴィは……」


「はい、何でしょう?」


「ううん、やっぱりなんでもありません」


 エルフリーデは開いた唇を閉じて、首を振る。

メルヴィの気持ちを知りたい気もしたけれど、イスラの前で聞くわけにもいかないだろうと、思い止まった。


 ただ、ほんの少しメルヴィの耳が赤く染まっている事に気がついて、エルフリーデは思わず口元が緩んでしまい、ニヤついた唇を手で覆って隠すのだった。




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