邂逅【3】
「やっぱりこうなっていたんですのね」
薔薇色のツインテールを揺らして、少女──メルヴィはアレスを見下ろした。
特徴的なお嬢様口調は少し冷たい色を放つ。
メルヴィは腰に手を当てて、はぁ〜あ、と、大袈裟に溜息を吐いてみせた。
「メルヴィ、お兄様に対してその態度は失礼ですよ」
持ってきた水筒からコップに水を移しながら、エルフリーデはメルヴィを嗜める。
アレスの前にしゃがみ込むと、心配そうに眉を下げて、彼にコップを差し出した。
「はい、お兄様。お水です」
「ありがとう、エルフリーデ」
アレスは浮かない顔のまま水を受け取ると、少しずつ口に含んでゆっくりと飲み干した。
「……其方には、情けない姿を見せたくはなかった」
アレスは肩を落とし、溜息まじりに呟く。
空になったコップを受け取り、水筒と一緒に肩に掛けた鞄に収めると、エルフリーデは首を振った。
「私は、お兄様が辛い時にこそお側に駆けつけたいのです。なので、むしろ──もっと見せてください」
エルフリーデは勢い込んで顔を寄せる。
アレスは目の前にあるペパーミントグリーンの大きな瞳に目を奪われながらも、それでもやっぱり複雑そうな顔をするのだった。
「勘弁してやれ、エルフィ。アレスはな、お前の前ではいつだって素敵で格好良いお兄様でいたいのさ」
アレスの隣にしゃがんだまま、イスラは膝に頬杖をついてニヤニヤと笑う。
彼の脇に肘を入れて、アレスは”黙れ”の意を込めてニコリと冷笑した。
「殿方って、ほんとに面倒くさい生き物ですのね。格好つけるのもいい加減になさいませ」
メルヴィは半目でアラスを睨め付け、呆れたように肩をすぼめる。
アレスは彼女を見上げると、その態度を咎めるでもなく首を傾げた。
「そういえば、よく僕が一人だと分かったな」
「アレス様を見つける前に、史学助教授のベルネット先生とたまたまお会いしてましたの。レクネン教授と王太子殿下が二人で大事なお話をするからって研究室を追い出された、と嘆いていらっしゃったもので」
「そうか……気にかけてくれたのだな、メルヴィ。ありがとう」
真正面から礼を言われて、メルヴィは、うぐっと言葉に詰まった。
ツンとそっぽを向いて忌々しげに口をひん曲げる。
「勘違いしないでほしいですわ! わたくしは、アレス様が一人ぼっちで這い蹲っていたと知って、お姉様が後でお心を痛めないように気を回しただけですの!」
メルヴィは見せつけるようにエルフリーデの腰に抱きつくと、甘えるように頬を摺り寄せた。
「まったく、もう。どこぞの王太子殿下が一人で無理なんてしなければ、もっと感動的な姉妹の再会になっていた筈ですのに。ねぇ? お姉様っ」
メルヴィの言う通り、エルフリーデと彼女の再会は慌ただしいものだった。
イスラとエルフリーデが校内を回っていると、偶然──何やら苛立たしげに爪を噛んでいるメルヴィに、二人は出会した。
彼女はエルフリーデと目が合うと、ぱぁっと顔を輝かせて抱き着こうとして──何かを思い出したように留まり、悔しげに唇を噛んで、再会の喜びよりもアレスの状況を説明することを優先したのだった。
猫のように甘えてくるメルヴィの頭を、エルフリーデはよしよしと撫でる。
メルヴィは顔いっぱいに笑顔を浮かべて、すっかりご満悦な様子だった。
ゴロゴロ喉でも鳴らすんじゃないか? と、イスラが揶揄ってもどこ吹く風で、エルフリーデに抱きついたまま無視した。
「でも、びっくりしました。メルヴィったら、どこかの御令嬢みたいな話し方をしているんですから」
「それはもちろん、お姉様のお側にいるためですもの。このくらいの努力は当然ですわ!」
「その、お姉様っていう呼び方は……嬉しいですけど、そんなに堂々と私を姉と呼んで大丈夫なんですか?」
「聞いていないのか? エルフリーデ」
意外なところから声が上がって、エルフリーデはアレスを見た。
記憶を遡っても何も思い当たることがなくてキョトンとしていると、やれやれ、と彼は苦笑する。
「叔父上から聞いているとばかり思っていたんだが、どうやらお忘れになっていたようだ。……いや、面倒くさがったのかもしれないな」
「何のことですか?」
首を傾げるエルフリーデの服の裾を、メルヴィが引っ張る。
彼女を見ると、メルヴィはニッと口角を上げた。
「わたくし、フリートさんに名前を借りているのですわ。今のわたくしは、メルヴィ・ドレヴァンツと名乗っておりますの」
「そういやお前、養子だったな」
イスラが思い出したように言ったが、エルフリーデの耳には届いてなかった。
エルフリーデはメルヴィの両肩を掴んで、がくがくと揺さぶった。
「どうしてですか!? メルヴィまで、家族と離れ離れになってしまったんですか!?」
「お、落ち着いてくださいませ、お姉様!大丈夫です。形だけの物ですから!」
かたちだけ、と反芻して、エルフリーデは動きを止める。
メルヴィは頷いて、肩を掴むエルフリーデの手を取って、下ろさせた。
「学問塔に入学が決まった時……フリートさんが直接家に来て、提案してくださいましたの。わたくしの顔を見るなり、フリートさんは目を丸くしてましたわ。お姉様とそっくりだったんですって」
メルヴィはくすりと笑って、エルフリーデの両手を握りしめる。
「今日までお姉様とお会いする事はできませんでしたが、きっとわたくしたちはよく似ていると思ってましたのよ。実際……やっぱり良く似てますわ、わたくしたち。お姉様の髪の色は……変わってしまいましたが」
アレスは俯いて、目を翳らせた。七年前の事件の記憶が首を擡げる。
メルヴィはちらりと彼を見て眉を寄せると──何も言わずに視線を戻す。
「わたくしたちが姉妹であることはすぐに知れてしまうでしょう。わたくしがただの平民のままであれば……生家も容易く調べられ、何か悪いことに利用されるかも知れません」
エルフリーデはハッと目を見開いた。
イスラがいる手前、先王の娘である母の事は口に出せなかったが、メルヴィの言わんとすることは良く分かった。
両親の穏やかな暮らしが脅かされる事だけは、防がなければならない。
「でも、ドレヴァンツを名乗っておけば、そのような不埒な事を考える恐れ知らずはそうそういませんわ。あの精霊塔の天才研究者を相手にしてただですむはずありませんもの」
「メルヴィはフリートさんの研究を知っているんですか?」
それはもちろん、とメルヴィは頷く。
「精霊学は学問塔の必須教科ですもの。それに、”師匠”は精霊学に秀でた方でしたから、あれこれと追加で教わりましたの。読まされる論文の多くにフリートさんの名前があるので、一周回って呆れましたわ。よくもまぁ、興味が尽きませんこと」
”師匠”というのは村長──サロモンの事のようだ。そういえばメルヴィは彼に師事していたのだった、と思い出す。
なるほど、と納得して、エルフリーデは頷いた。
「それに、フリートさんの養子になれば、お姉様とは義理の従姉妹に等しいですもの。歳が上の従姉妹をお姉様とお呼びしても、なんにもおかしくありませんわ! これが名前を借りた一番の理由と言っても過言ではありません! お姉様をお姉様とお呼びする、これ以上の喜びがありますでしょうか!?」
メルヴィは身を乗り出して、頬を蒸気させながらエルフリーデを見つめた。
あんまり長い間離れていたから、こんなに姉が恋しくなってしまったのかな、とエルフリーデは小さく笑って彼女の頭を撫でた。
「私も、メルヴィに姉と呼んでもらえてすっごく嬉しいです」
「おねえさま……っ!」
ひしっ!とメルヴィが力一杯抱きしめて──少し苦しかったけれど、やっぱり嬉しさの方が上回った。
エルフリーデは頬を緩めて、メルヴィを抱きしめ返す。
「お姉様、これからはわたくしがお姉様をお守りいたしますわ! と・く・に! そこのイスラに意地悪されたら、わたくしに言いつけてくださいませ。蹴っ飛ばしてやりますわ」
「お〜、怖」
ちっとも怖がっていなさそうに、イスラは肩をすくめてニヤリと笑う。
エルフリーデはイスラを睨むメルヴィと愉しそうにニヤついているイスラを見比べて、首をかしげた。
「二人とも、どうしてそんなに仲が良いんですか?イスラは気安いとは言え、他国の王子で学年まで違いますよね?」
イスラとメルヴィは顔を見合わせる。
仲良いか? とイスラが尋ねて、メルヴィは嫌そうに首を振る。
しかし、そういった二人のやりとりもエルフリーデには随分と気安く見えた。
「倶楽部の関係だろう。白峰の国からのもう一人の留学生──イスラの従者なんだが、彼とメルヴィは同じ部に所属しているから」
答えたのは二人ではなく、アレスだった。
顔に血色が戻っていて、多少気分が良くなったのか、彼はフラつきながらも立ち上がる。
「折角だから、行ってみてはどうだ?」
「でも、お兄様のお側にいたいです」
メルヴィから離れると、エルフリーデはアレスの背中を支えた。
まだ本調子ではなさそうな彼についていてあげたかった。
「じゃぁ、お前も来いよ、アレス」
イスラも立ち上がって、アレスの隣に立つと、肩に腕を回した。
「幸い部室がある階はここから近い。仮眠できるスペースもあるし、休んでいけば良いさ」
「お前、部の一員でもないのに何を勝手に……」
「大丈夫だって。”あいつ”がなんとかするから」
何を言っているんだ、と言わんばかりに眉を寄せるアレスに、イスラはニカっと歯を見せて笑った。
エルフリーデは二人を見比べて、ぱちぱちと目を瞬いた。
「あの……それで、一体何の部なんですか?」




