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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
三章 学びの塔は、青く苦い春にある
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目覚めたら六年後【1】

 エルフリーデが目を覚ました時、まず目に入ったのは光のヴェールだった。

 それはまるで天蓋のように、天井のガラス窓から垂れ下がっていた。嵌め込まれた精霊石から光の粒子が流れ出て、寝台を取り囲み、横たわるエルフリーデを日差しから守っている。

 風もないのにヴェールはふわりふわりと揺れて、蛍のような金色の光が、明滅しながら天幕の中を舞う。


「ここは……?」


 エルフリーデが呟くと、慌てふためくように、淡い光達はサッとヴェールの向こう側へ飛び去っていった。

 追いかけるようにエルフリーデは起き上がろうとして──目に入った自分の姿に絶句した。

 ゆったりとしたシルクのドレスの下に、すらりと伸びた脚がある。

試しに両腕を持ち上げてみると、記憶にあるよりもずっと、しなやかに伸びていた。


「これ……私なの?」


 エルフリーデは寝台の上に立ち上がると、体重を受けて沈む真っ白な張地の上で、ぎこちなく回ってみた。

 白髪は膝の辺りまで伸びていて、正に絹糸のようだ。

身長も随分と伸びていて、目線が、寝台の上ということもあったが、ぐんと高くなっている。

 記憶にある自分の姿とのあまりの違いにじわじわと恐ろしさが這い上がってきて、エルフリーデは寝台の上にぺたんと座り込んだ。

 シーツの上に手をついて、痛いほど脈打つ鼓動を落ち着かせようとするが、目に入る指先ですらも見覚えがない。

 ひどく心細くて、エルフリーデは枕を手繰り寄せ、顔を埋めた。


「エルフリーデ様……?」


 ふいに背後から聞き覚えのある声がして、エルフリーデの肩が跳ねる。

枕から顔を上げて、彼女は振り返った。


 靴音が近づいてくるのを待てずに、エルフリーデはヴェールから飛び出した。


「フリートさん!」


 裸足で大理石の床を蹴り、エルフリーデはフリートヘルムの胸に飛び込んだ。


 彼はたたらを踏みながらもどうにかエルフリーデを抱きとめ、目を白黒させながら彼女を見下ろす。

 フリートヘルムは目の前の光景が信じられなかった。

ずっと眠ったままだった少女が目を覚まし、寝台から飛び出してくるなど、流石の彼にも予想できるはずがない。

 これは夢だと言われても信じてしまえるほど、エルフリーデは長い眠りについていたのだから。


 ──しかし、縋り付いてくる温もりは、間違いなく現実だ。


 喜びと安堵に胸が震え、フリートヘルムは少女を抱きしめ返した。


「急に抱きつくなど、姫らしくありませんよ」


 揶揄うような言い草に、エルフリーデは懐かしさが込み上げて彼を見上げる。


 フリートヘルムは何一つ変わっていなかった。

濡羽色の髪も、モノクル越しの髪と同じ色の瞳も、柔和な笑みも覚えている通りで、エルフリーデはホッと息を吐いた。


「フリートさん、私……どうなってしまったんですか?」


「貴女は誘拐騒動の後、六年間眠り続けていました」


「ろ、ろくねん!?」


 驚いて叫ぶと、エルフリーデはフリートヘルムからパッと距離を取る。

頭の先から爪先までまじまじと彼を見つめて、不思議そうに首を傾げた。


「……フリートさんは何も変わってないように見えます。何歳でしたか?」


「当時は二十二でしたから、今年で二十八になりました」


「全然そうは見えません」


「ははは、よく言われます。妖精の血が混じっているからなのか、単に老けないのか……前例がなかなかありませんから、まだなんとも言えませんが」


「でも、どことなく胡散臭さが増しているような……」


「相変わらず、言いますね」


 フリートヘルムは懐かしそうに目を細め、苦笑した。


「あの……フリートさん、お兄様はご無事でいらっしゃるんですか?」


「……そのお話は、少し長くなります。場所を変えましょう。……少々失礼いたしますよ」


 軽く断りを入れてから、フリートヘルムはひょいとエルフリーデを抱き上げる。

 急に美々《びび》しい顔が近づいたものだから、エルフリーデは思わず固まってしまった。


「お、おろ、おろしてくださ……!」


「生憎、エルフリーデ様は大きくおなりあそばされたので、靴がないのです。まさか本日お目覚めになるとは思いもよらず、ご用意できずに申し訳ございません」


「う、うう……」


 顔を真っ赤にして石のようになってしまった少女に笑いを噛み殺しながら、フリートヘルムは大理石の道を歩く。


 その部屋は、ガラスが何枚も張り巡らされたドームのようになっていて、柔らかな日差しがさんさんと降り注いでいた。

エルフリーデが眠っていたのは、ドームの中央の真下、円形の大理石の壇上に置かれた寝台の上だった。

小さな広場のようになっているその壇上を中心として、大理石の道が放射線状にいくつか伸びている。

その大理石の道に沿うように細い水路があり、水路に挟まれるように花壇が設けられている。

毒々しい色をした花や、トゲのある多肉植物、低木などがいくつも植えられており、その周囲を小さな光が時折飛び交っては、光の粉を振り撒いていた。


「そういえば、ここはどこなんでしょうか?」


「ここは精霊塔の最上階、採集部屋が管理する温室です。土や水の精霊の力を借りて、珍しい植物を栽培する場所ですよ」


「どうしてそんなところに寝かされていたんですか?」


「エルフリーデ様は先程私に抱きついてきましたが、六年も寝たきりだった人間には、そんな動きはできません。筋力が衰えるからです」


「確かに……そもそも、六年も飲まず食わずでどうして生きているんでしょう?」


「貴女の中に、なんらかの妖精の力が注がれて、それが貴女の精神と反発し合って目覚めを疎外していることまでは突き止めたのです。そして、その妖精の力が貴女を生かし、守っていることも。ですから、より精霊や妖精の力を引き出す仕掛けのあるこの温室にお連れして、どうにかエルフリーデ様を守ろうとする妖精の力が貴女になじむように、と。殆ど賭けではありましたが」


「フリートさんのおかげで、目が覚める時間が早まったんですね」


「六年もかかりましたがね」


 六年、と呟いて、エルフリーデは夢の中で出会った、人ならざる美しさを持った男を思い出す。

彼は確か、"多少"時間がかかると言ってはいなかったか。

 妖精にとって、六年は多少の内なのだろうか、とエルフリーデは考えて、妖精の物差しと人の物差しの違いに、気が遠くなりそうだった。


「さて、話は私の執務室でしましょう。いろいろと手配しなければいけませんからね。まずは靴から、でしょうか?」


「お、お願いします」


 ガラスのドームから出ると、精霊塔の最上階なだけあって、城内の遠くまで見渡せた。

 山肌にいくつもそびえる白い塔の外壁と、青い草木、城郭の向こう側には青空が広がり、太陽が中天にある。

 穏やかな昼下がりが妙に眩しくて、エルフリーデは目を細めた。



 すれ違う精霊塔の官吏達は、一様に、驚愕に染まった視線をエルフリーデ達に向けた。フリートヘルムは気にもせず、物問いたげな視線を総じて無視した。

 そのまま執務室へ入ると、エルフリーデを室内のソファーへ丁寧に降ろす。

 カナリアを飛ばしてエルフリーデを世話する侍女たちを手配し終わると、フリートヘルムは彼女の向かいのソファーに腰掛けた。


「さて、どこから話したものか……」


「まずは何より、お兄様のことです! お兄様はご無事なのですか?」


「無事、と言っていいものか……」


 フリートヘルムは目を逸らして、憤りを隠さずに顔を歪めた。


「あの畜生共──失敬。犯人達が殿下に行った仕打ちが……あまりに酷いものだったので、殿下は男に対して、病的に強い恐怖を感じるようになってしまいました」


「そんな……お兄様は、ただ、私を庇って……私がいたから抵抗できなかったんです……! 私が代わりに酷い目に合わないように……」


「分かっています。貴女も、そのように自分を責めてはいけません」


 拳を膝の上で震わせているエルフリーデの顔を覗き込んで、フリートヘルムは悲嘆に染まった瞳を真っ直ぐに見つめた。


「殿下は眠りについた貴女のそばから離れようとせず、世話をするベルタや下女以外が近づこうものなら、それこそ手負いの獣のように暴れて……手のつけられない有様で」


 記憶の中の、優しくて少し抜けたところもあるアレスの姿がふっと脳裏に浮かんで、そんな彼からは想像もつかないような話に、エルフリーデは心が押し潰されるような気がした。


「貴女がいつか帰ってくるということが分かってからは、表面上は随分と落ち着きました。十一歳の秋からは学問塔へも通っています。しかし、大人の男は……今でも、近づくと酷い目眩がしたり、触れると呼吸ができなくなったりするようです」


「そんな……! お兄様は王太子でいらっしゃるんですよ!? この先男の人から逃れようがありません! このままじゃ、お兄様の心は擦り減ってしまいます……!」


「アレス殿下の心の支えは、貴女です。彼はいつか貴女が目覚めることを信じて、それだけを支えに歩み始めることを決めました。きっと、貴女が傍にいれば……いつか、乗り越えてくれるものと信じています。勿論私も、私の出来得る限り、彼を支えたい」


 フリートヘルムは、王家の飼い犬だからと自分を卑下して、アレスと禄に向き合わなかった事を悔いていた。

 誘拐事件から王子と王女が戻った日、エルフリーデを守ってアレスが自分を犠牲にした事、”妹”を護りきれなかったために心が砕けてしまった姿を見て、フリートヘルムは愕然とした。

アレスが家族に対して羨望に似た思いを抱いていたことは分かっていた。

王族と自分は違う生き物だと、フリートヘルムは彼の望みを突き放していたけれど、もっと彼の心の内をおもんばかる事ができていれば、アレスはここまで追い詰められなかったかもしれない。


 ──だからフリートヘルムは叔父として、今度こそアレスに寄り添おうと、心を決めていた。



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