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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
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零れ話 陽だまりの君

お兄様との何でもない一日を書いた余談SSです。





「お兄様は、妹が来ると聞いて……どんな妹が良いと思いましたか?」


 アレスは答えに困ってしまって──曖昧に笑った。

そんな贅沢な事はちっとも考えた事がなかったからだ。


 エルフリーデはかわいらしいパンジーの絵付けがされたティーカップを傾けて、答えを待ってニコニコ笑っている。


 南の庭園の、蓮の池に迫り出すように作られた東屋の屋根の下で、アレスとエルフリーデは午後のお茶の時間を二人っきりで楽しんでいた。

 蓮の花はまだ花を咲かせる時期では無かったので、丸い葉っぱが池にいくつも浮かんでいるばかりだったが、その葉の隙間を縫うようにして、金や紅白の鯉がゆったりと泳ぐ様は見応えがある。

 エルフリーデは、ここでお茶をする時には決まってお茶菓子にクッキーを所望し、小さくちぎってはこっそりと鯉に与えている。

それが兄妹の、侍女たちには内緒の小さな秘密だった。


 アレスは、一日の中でこの時間が一番好きだ。

 エルフリーデと他愛もない事を話しているだけだというのに、それだけで景色が、庭の花々が、色鮮やかに輝いているように見える。

一緒に飲む紅茶は、今までと銘柄も産地も何も変わっていないのに、仄かに甘い味がして──体がポカポカするような気がした。

身体があったまるからなのか、不思議とよく眠れるようになったような気もする。


 彼女が王城へ召し上げられる以前はどうだったか、思い出そうとして──アレスはうまく思い出せなかった。

灰色に近い、鈍色の景色と──苦い味の色水。

 悪い夢を見る回数も減ったので、どんな夢を見ていたか、それももう覚えていない。


「お兄様?どうしましたか?」


 エルフリーデが首を傾げた。

アレスが質問に答えないので、少し不安そうに眉根を下げている。


「いや、何でもない。どんな妹が欲しかったか?だったな。えぇと、どうだったか……」


 どう答えたものか、とアレスは眉を八の字に下げて困り果てる。


「特に……考えてなかったな」


 何の面白味もない答えになってしまった事を少し後悔してエルフリーデの様子を窺うと、彼女は傾けた首を、反対側にこてりと傾げた。


「優しい子がいいな、とか、可愛い子がいいな、とか、何もなかったんですか?」


 アレスは少し考えて、やはり首を振った。


「無かったな。仲良くできれば良いとは思っていたが」


「あっ!私も、仲良くしたいと思ってました!」


 ふふっとエルフリーデが笑うのを見て、アレスも──釣られて微笑んだ。

彼女の笑い声は砂糖菓子のようだと、アレスは思う。


「じゃあ、今はどうですか?」


「今は、其方そなたがいるじゃないか」


「そうですけど。もし、もう一人増えるとしたら、どんな子がいいですか?」


 もしも、の例え話ですよ、とエルフリーデは言って、彼女の薄い青みがかった緑の瞳が宝石みたいにきらめいた。

 そんなに期待に満ちた目で待たれても、アレスはよく分からなかった。

目の前にいる、エルフリーデがいればそれで良いように思う。

 勿論、王も若い方ではあるから、この先妹が増えないとも限らないが──今の二人きりの幸せが続く事の方が、アレスにとっては大事だった。


「そうだな、もしも……どうしても、妹が増えざるを得ない状況になったら……」


「あんまり欲しくなさそうですね」


「欲しくない、というわけではないぞ」


 アレスはそう言って、少し目を伏せ、手元のカップに満ちている紅茶を見つめた。

自分の顔が映っていて、確かに、少し渋い顔をしている。

それが少し可笑しくて、思わずアレスは小さく笑った。

いつの間に、こんなに狭量になったのだろう。


「其方がいれば、それでいい」


「じゃあ、私が理想の妹という事ですか!?」


 エルフリーデは嬉しそうに、パァっと顔を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 先程花が鮮やかに見えると思ったばかりだったが、今この瞬間は、その辺りに咲いている花よりも、この笑顔の方が、よっぽどキラキラして見える。


 しかし、エルフリーデが理想の妹、というのは素直に頷く事が難しかった。

確かに、彼女のような妹ならばきっと仲良くできるとアレスも思うのだが──エルフリーデは、理想の妹というよりは、もっと別の何かのように思うのだ。


「陽だまり……」


 思わず口に出ていたのか、エルフリーデはキョトンとして目を瞬いた。


「其方は、一緒にいると何もかも鮮やかに見えて、身体が温まるから……陽だまりだ」


「陽だまりみたいな妹、ということですか?……それは、"理想"の妹よりも……なんだか、素敵ですね」


 はにかんだエルフリーデに、アレスはどうしてか──頷く事が難しかった。

何が引っかかっているのか自分自身よくは分からなかったが、アレスは誤魔化すように微笑んだ。


 エルフリーデは、アレスの陽だまりだ。

 以前、彼女を星のようだと思った事があった。夜の闇の中で、小さく輝く、掌に収まる星。

けれど、一緒に過ごす時間が長くなる度に、それは間違いだと気づいた。


 彼女は光だ。けれど、掌に収まるような、か細い光ではない。

柔い、あたたかな──包み込むような光。

その光を受けて、世界は淡い金色に輝く。


 アレスにとって唯一の、安らぎの場所だ。


 この温もりを守るためならば、この幸せを壊さないためならば、きっと何でもすると──アレスはそう、心に誓った。





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