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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
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魔の手【2】




 ヒヨコちゃん一号の改良が完了するまでの間、エルフリーデの護衛は騎士の代わりに兵士が務めることになった。

兵士には妖精が憑いていないためだ。

 アレスには騎士が付いていたが、エルフリーデと過ごす間だけは、兵士が騎士に代わって彼を守ることになった。


 物々しい大人達の雰囲気に、何も聞かされてはいなくとも、子供達にも察する物があった。

 エルフリーデとアレスは、どちらからともなく外に出歩くことを控え、お互いの部屋に集まって過ごすようになった。


 子供達が部屋の中で遊ぶようになってからは、大人達も動きやすくなった。

 ライネの調査報告を元に証拠を固め、騎士団が反王室派と目されるフィードラー卿を含めた官吏達を一斉に捕縛したのは、庭園でのことがあってから十日後の事だった。

 エルフリーデと話した後、行方をくらましていたフィードラー卿が王都内の隠れ家で発見されると、それを皮切りにして王城内の多数の官吏が牢に繋がれた。

その多くは亡くなった公妾達の縁者で、王位争いをきっかけに反王室派へ鞍替えしたようだった。


 そうして大捕物がひと段落ついた頃、城内はまた違う慌ただしさを見せていた。

厳しい騎士達と入れ替わりに、楚々とした侍女達がくるくると働いている。

 アレスの誕生祝いの式典が、すぐそこまで近づいていた。


「お兄様のお誕生日が、もうすぐなのですって?」


 エルフリーデがそのことを知ったのは、式典の三日前だった。

侍女たちが話しているのを小耳に挟んだエルフリーデは、授業の為に部屋を訪ねてきたフリートヘルムのローブをわっしと掴んだ。


「ええ、そうですね」


「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!?」


 エルフリーデが怒りのままにローブを引っ張るが、フリートヘルムは取り合わない。

するりとローブを脱ぎ、勢い余って尻餅をつきそうになったエルフリーデの腕を掴んで支えた。


「色々と忙しくしていまして、忘れておりました」


「叔父様なのにですか?」


「"義理"の叔父様ですから。もちろんお祝いの品は用意済みですが」


「ずるいです! 私は誰も教えてくれなくて、何も用意できていないのに……」


 エルフリーデは、フリートヘルムでさえ何か用意があると知って、しょぼんと俯く。

 もしかして何もないのは自分だけなのではないか、それでは妹失格ではないか、と考えてしまって、ちょっと涙が滲んでしまう。


「アレス殿下は、何も言っておられなかったのですか?」


「お兄様はお祝いを催促するような方じゃありませんから」


「確かに、あの方はそうでしょうね」


 フリートヘルムはエルフリーデの頭をポンポンと撫でた。


「諦めるのはまだ早いですよ。今から作れば良いのです。丁度、今日は石についてお話しする予定だったので、材料の用意はあります」


 フリートヘルムはローブと一緒に置いていた革の鞄を開くと、中から試験管に入った石をいくつか選んで机に置く。

それぞれ違った色をしていて、日に透けて、影のようにそれぞれの色が机に映し出された。


「これは精霊石になる前の石です。精霊石の作り方は、エルフリーデ様にはまだ危険なので教えませんが、綺麗な色をしているでしょう?」


 好きなものを選ぶように言われて、エルフリーデは紫色の原石を選ぶ。


「その石には、不安を取り除き、心を穏やかにさせる効果があると言われています。石によって、精霊石になった時の作用の仕方も変わりますから、覚えておくとよろしいでしょう」


「綺麗な部分と、普通の石みたいな部分がありますね」


「原石の方がより力を込めやすいので、精霊石を作る時には原石を使うのですよ。精霊石を作った後に磨く作業は自分で行います。その練習がてら──と言ってはなんですが、綺麗に石を磨いて、それを綺麗な柄の布袋に入れて、お守りとしてプレゼントするとよろしいのでは?」


 金属ヤスリや紙ヤスリ、綺麗な柄の布に、飾り紐、裁縫道具を鞄から取り出して、フリートヘルムはせっせと机の上に道具を広げる。


 なんだか妙に準備が良いなと思いながらも、エルフリーデは机の上に並べられた道具達を興味深そうにしげしげと眺めた。


 妖精石をより効率良く作れるように、精霊塔の石磨きの道具は、製造方法に至るまでこだわり抜かれた特別製だ。

硬くて普通の道具ではなかなか磨けない石でも、この特注の道具であれば力が無い人間にも磨くことができると、塔外からも発注がかかるほどだった。

もちろん子供のエルフリーデにも簡単に扱う事ができる。


 エルフリーデがゴリゴリと夢中で石を磨く姿を微笑ましく思って、フリートヘルムは思わず頬を緩めていた。


「エルフリーデ様にお手製のお守りを作ってもらえるとは、アレス殿下は幸せですね」


「では、フリートさんの次のお誕生日にも作ります。材料は……まだ自分で用意できないので、ライネちゃんにお願いしないといけませんけど」


 フリートヘルムは目を丸くする。


「私にも作っていただけるのですか?」


「もちろんです! 私が一番お世話になっている人ですから」


「なんだかくすぐったいですね」


 フリートヘルムにしては珍しく、はにかんだような笑みを浮かべたので、エルフリーデは目をぱちくりさせた。

 手が止まっているのを指摘されると、慌てて手元に集中した。


 西の空が燃えるように赤く染まった頃、艶々と磨かれた玉のような石と、それを入れる飾り袋が完成した。

 満足そうに出来栄えを眺めていると、ノックの音とアレスの入室の許可を求める声がして、エルフリーデは慌ててプレゼントを隠した。


「いらっしゃいませ、お兄様」


「すまない、終わった頃と思って来たのだが……勉強の邪魔をしてしまっただろうか?」


 アレスは部屋のカウチに悠然と腰掛けるフリートヘルムを見て、申し訳なさそうにするが、エルフリーデは首を振った。


「大丈夫です。今日は……その、遅くまで相談に乗ってもらっていたので」


「何か困ったことがあるのか?」


「い、いえ……その、あの……解決したので、気にしないでください」


「其方の困りごとであれば、この僕に、一番に相談してほしかったのだが……次はそうしてくれるな?」


 逃げられないよう手を握り、ズイっと顔を近づけて、アレスはエルフリーデの瞳を真っ直ぐ覗き込む。


「うう……フリートさん! 笑ってないで助けてください!」


 口で手を押さえてプルプルと震えているフリートヘルムに気がつくと、エルフリーデは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。


「いやいや、仲が良いのは良い事ですとも。貴女の慌てっぷりと誤魔化しが下手すぎるところには笑わせてもらいましたが」


「それで、相談事とはどういったものですか? 叔父上」


「何、大したことではありませんとも。ヒヨコちゃん二号がまだできないのか、どんな仕組みなのか、それはもう素材に対するこだわりから一号発明時の苦労まで長々と語っていたのです。殿下もご興味がお有りですか? お聞かせしましょうか?」


 研究バカのフリートヘルムの長々しい語りと聞いて、アレスは勢いよく首を振って遠慮する。

 スラスラと嘘をついて他愛もなく誤魔化すフリートヘルムに、エルフリーデは舌を巻いた。


「それは残念ですね。ちなみに、ヒヨコちゃん二号の完成には、生憎と、まだ時間がかかりそうです。殿下の式典には間に合わないでしょう」


「一号だと、妖精と、つられて騎士が酔っ払ってしまうのですよね? ……それでは、式典の会場内の警備は兵士へ任じなければなりませんね。騎士達は外の警備に回しましょう」


「これは言い訳になりますが、花の蜜の過去の資料からして、一号で問題ない予定だったのです。どうも、エルフリーデ様は過去の花の蜜よりも、木漏れ日の向こう側と強くつながっているようですね」


 エルフリーデは不思議そうに自分の両手を見つめた。

何がどう違うのか、見た目には全く分からなかった。


「妖精の国とつながりが強い程、妖精や精霊への繋がりも自ずと深くなりますから、それを阻害しようとすると、微調整が厄介なのです」


「そういえば、叔父上は半分妖精の血が流れておられますが、何かエルフリーデと通じるものがあるのですか?」


「そうなんですか!? 初めて知りましたけど……そういえばフリートさんには、何でも見透かされているような……」


「安心してください。私には、エルフリーデ様の心の声は聞こえませんよ。貴女のことを大体お見通しなのは、何でも思っていることが顔に出ているからです」


 フリートヘルムに言われて、心当たりのないエルフリーデは、自分の顔を掴んでもにもにと動かす。


「そんなに分かりやすいですか?」


「其方は素直だからな。可愛らしくて良いのではないか?」


「そういう問題ではない気がします」


 拗ねたように唇を尖らせて兄を見上げると、アレスは宥めるようにエルフリーデの頭を撫でた。


 アレス殿下は随分とエルフリーデの事が気に入っているようだ、とフリートヘルムは二人を見比べてクスリと笑う。

 エルフリーデが寂しい思いをしていないようで、ほっとしたような気持ちになったフリートヘルムだったが、どこか眩しいその光景に目を焼かれるような気がして、そっと目を伏せた。


 純粋なものを見ると、王城に根を張る古株達の粘りつくような毒に交わってしまった者には、眩しくて──目が潰れてしまう。


「フリートさん、疲れてますか?」


 ふと気がつくと、エルフリーデが顔を覗き込んでいて、フリートヘルムはずれてしまったモノクルを押さえて直した。


「大丈夫ですよ。考え事をしていただけです」


「城内がここのところずっと忙しないので、心配していたんです。無理しないでくださいね?」


「忙しくしていたのは殆ど騎士団ですから、私はそうでもありませんよ。ご心配には及びませんとも」


 フリートヘルムはエルフリーデの心配そうな顔を人差し指でぷすりと突くと、立ち上がってローブと鞄に手をかけた。


「今日は時間がかかってしまったので、そろそろ帰らなければ。逃げたと見做されて、ベルノルトが捜索を始める頃合いですから」


「私のわがままで時間を取ってしまってすみません」


「構いませんよ。ベルノルトも納得する案件ですから。むしろ息抜きができて、私には好都合でした」


 そういえば、とエルフリーデは今日の作業を思い出す。

思い返してみると──妙に段取りが良く、準備も完璧だったプレゼント作りに、疑念が湧いてきた。


「もしかして、お仕事から逃げるために……?」


「おっと、急がなければ。それでは失礼いたします、アレス殿下。エルフリーデ様も、細かい事は気にしないくださいね」


「どこからどこまで計画していたんですか!? 逃げないでください!!」


 エルフリーデの声は聞こえないふりをして、すたこらさっさとフリートヘルムは逃げていった。

 アレスは何がなんだか分からなくて、疑問符を頭の上に浮かべて、首を傾げた。


「ヒヨコちゃん一号の話、なのだろう?」


「そ、そ、そ、そうですとも!」


 アレスはエルフリーデをじっと見つめて、諦めたように小さく息を吐いた。


「まぁ良い。それより、其方にもそろそろ式典の話が伝わっている頃合いだろう? 私の誕生日祝いなど、そんなに仰々しく祝うものでもないと思うのだが」


「次の王様のお誕生日なのですから、盛大に祝って当たり前です。私も楽しみにしています」


「ありがとう。城下でも、民たちが毎年祭りを開いてくれる。色とりどりのランタンを街中に灯して、その光がとても暖かくて──美しいんだ」


「城下の人たちの思いが、ちゃんとお兄様にも届いているのですね」


「ああ、勿論だ。毎年のことだが、どんな貴族から貰い受けた祝い品よりも美しい」


 アレスはエルフリーデの手を握り、窺うように彼女の瞳を覗き込んだ。


「とても見晴らしが良い部屋が宮殿にあるんだ。一緒に見ないか?」


「はい! とても楽しみですね、お兄様」


「其方が隣にいれば、今までで一番輝いて見えるのだろうな」


 アレスは蕩けるような笑顔を見せて、繋いだ手をぎゅっと握った。


──待ち受けるものも、知らずに。




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