魔の手【1】
「成る程、やはりフィードラー卿は黒ですか。王室塔に反王室派がのさばっているとは」
フリートヘルムはライネからの報告を受けると、面倒くさそうに眉をしかめた。
昼間に、エルフリーデが変なおじさんに声をかけられたなどと言うものだから、慌てて話を聞くと、どうにもフィードラー卿という人物が王室に良い感情を抱いていないようで、フリートヘルムは至急ライネにその男の周辺を調査させたのだった。
「フィードラー卿は侍従第三室の室長ですから、先の王位継承争いで亡くなった公妾の誰かに肩入れしてたんでしょうね。もしかしたらお妾さんのお妾さんかも? ヤダわ、これだからお貴族様ったら」
「そういった推論を、人は下衆の勘ぐりと呼ぶのですよ、ライネ。およしなさい」
ライネは軽く肩を竦めて、全く悪びれる様子はない。
「エルフリーデ様がアレス殿下と一緒にいる限り、花の蜜を反王室派へ取り込むことができなくて焦っての行動のようだわ。一週間以内にフィードラー卿が顔を合わせていて魔眼で判明してる反王室派の連中は、報告書にまとめていますから、早めにとっ捕まえるとよろしいんじゃ無いかしら?」
「助かります。あとは騎士の仕事ですから、公安軍事塔へ投げておけばよろしいでしょう」
しかし、とフリートヘルムは考え込む。
一度取締を強めると、周到な人物ほど上手く尻尾を隠してしまう。
ライネの魔眼があったとして、どこまで追い切れるかは分からなかった。
「そういえば閣下、反王室派の事はエルフリーデ様に隠すおつもりかしら?」
「七つの子供に話して聞かせる内容では無いでしょう」
「そりゃそうですけどぉ……」
「彼らが接触しようとするなら彼女だという事は分かってはいるのですよ? 花の蜜は反王室派の旗頭として立てるには最適ですから」
幼い子供が王室に搾取されていると触れ回れば、民衆を味方につけることもでき、精霊の力を強く引き出す事ができれば、城を混乱に陥れることも可能だ。
精霊達にとってどちらが正義かは大差ない。
花の蜜の望むままに強い力を発揮することになるだろう。
そしてその代償を支払わなければならないのは、エルフリーデ自身だ。
「落ち着くまで王子様とお姫様に護衛をつけたらどうかしら?」
「やはり、そうなりますか。窮屈な思いはさせたくなかったのですが、致し方ありませんね」
フリートヘルムは宙に指を差し出し、カナリアへ呼びかける。
青白い炎が音を立てて揺らぐと、その指に青く光るカナリアが留まった。
「ベルノルト、可及的速やかに塔主の部屋へ参じなさい」
カナリアが復唱し、燃え上がってから五分とたたず、執務室の扉が叩かれた。
入室を許可すると、ベルノルトが眉間に刻まれた皺をくっきりとさせて扉を開いた。
「閣下、御用ですか? 私は忙しいので、手身近にお願いいたします」
「其方の思い浮かぶ中で、絶対に反王室派になり得ない騎士を二名ほど選び、こちらへお呼び立てしてください」
ベルノルトは眉を寄せ、ライネとフリートヘルムをそれぞれ見比べると、深いため息をついた。
「閣下、ライネは諜報員ではありません。また業務外のことを調べさせたのですか?」
「あら、今回は無関係とも言い切れないわよ? 花の蜜に反王室派が接触したとなると、精霊塔も放置するわけにいかないでしょ?」
「そうそう、ライネちゃんの言う通りですとも」
胡散臭そうに眼を糸のように細めて二人を見るベルノルトだったが、フリートヘルム達は気にせず続ける。
「エルフリーデ様に接触したフィードラー卿が反王室派と発覚したため、急ぐ必要があるのです」
「王室塔の!? 懐の中に潜り込まれていては……確かに、堅いことを言っている場合ではないようですね。分かりました。信用のおける騎士に取り継ぎましょう」
ベルノルトの実家であるクライン家は、騎士を多く輩出した家系であるために、ベルノルトは公安軍事塔に顔が効く。
ベルノルト自身は運動がからっきしだったために騎士の道は断念したが、彼の兄弟は騎士団に在籍していた。
フリートヘルムの条件に適う騎士もすぐに思い浮かび、ベルノルトはカナリアへ伝言を言付けると、振り返りもせずに塔主の執務室を後にする。
ベルノルトが退出すると、程なくして若草色のカナリアがフリートヘルムの目の前に降り立ち、低く厳格な男の声を上げた。
『ベルノルトです。騎士団長に話はつけました。明日には人員を割いていただけるそうです』
「ご苦労。其方には手間ばかりかけさせて、申し訳なく思っています」
「それ、本人に直接仰ったらいかがかしら?」
返事の為に送ったカナリアが消えると、呆れ返ったように、ため息混じりでライネは進言するが、フリートヘルムは首を振る。
「怒られてばかりですから、今更面と向かっては言いづらいですね」
「まったく……愛想を尽かされないようにすることね。ベルノルト様の机の引き出しの中の辞表を叩きつけられないようにしてくださいな。閣下の面倒見切れる人なんて、ベルノルト様くらいしか、アタシ知りませんわ」
「奇遇ですね、私もですよ」
のらりくらりとした言い様に、ライネは鼻で笑って、部屋の扉に手をかけ、ひらひらと手を振ると仕事部屋へ戻って行った。
◆ ◆ ◆
一人の騎士がエルフリーデ付きとなったのは、翌日の午後のことだった。
ブルーノ・エルマンという壮年の男性で、物腰柔らかな彼は、妃殿下にお支えしたこともあり、高貴な女性の扱いに慣れた人物だった。
彼の経歴にまったく問題はなかったが、エルフリーデの警護にあたっては一つ支障があった。妖精だ。
騎士達は騎士団へ入団する際に、その名を妖精の女王、ティターニアへ捧げ、契約を交わし、命が尽きるその時まで力を貸してくれる妖精を得ると言う。
もちろんブルーノにも共に生きる妖精がいるのだが、その妖精が酔っ払ってしまうのだ。
つられてブルーノまで酔っ払ってしまう始末で、エルフリーデは途方に暮れてフリートヘルムに助けを求めた。
「ど、どうなってるんでしょうか……?」
医者よろしくブルーノと妖精をそれぞれ診断すると、フリートヘルムは緩く首を振った。
「これはいけませんね」
「そ、そんな……助からないのですか?」
「いえ、貴女から離れさえすれば、すぐに元に戻りますよ。おそらくは貴女に渡した精霊とのつながりを阻害するお守り──ヒヨコちゃん一号が、酔っ払うような副作用を妖精に引き起こすのでしょう。至急改良が必要ですね」
フリートヘルムは人を呼んで、グデングデンになってしまっているブルーノとその相棒の妖精を運んでもらうと、エルフリーデが懐から取り出したヒヨコちゃんをまじまじと観察した。
「これを取り上げては貴女の方に支障が出ますから、一先ず、これは持ったままでいてください。新しい物が出来上がり次第、お持ちしますから」
「お願いします」
自分ではどうすることもないエルフリーデは、ぺこりと頭をさげるのだった。




