王族【2】
「其方はこれより我が娘となった。エルフリーデ、歓迎するよ」
シュタール王は立ち上がり、壇上から降りてくると、エルフリーデの手を取った。
身をかがめ、彼女の視線に合わせると、親しみの籠もった眼差しで少女を見つめる。
ラベンダー色の瞳が、誰かに似ているような気がして、エルフリーデは心の中で首を傾げた。
「豪華なだけの鳥籠のような城だが、其方が不自由しないよう、できるだけのことはしよう」
「ありがとうございます陛下。身に余るお言葉です」
「そのように硬くならずとも、其方は既に私の娘なのだ。私のことは父と呼び、気を楽にして話すが良い」
「はい、お父様」
エルフリーデがドレスの裾を摘んで教科書通りのお辞儀をすると、シュタール王は少し不満そうに眉を寄せる。
「まだ硬いな。もっと気楽にして良いのだぞ?」
「えっ? えぇっ?」
「陛下、あまり姫君を困らせるような事を仰られては困ります」
フリートヘルムが助け舟を出すが、シュタール王は鼻で笑い、じとりと彼を睨んだ。
「フリートヘルム、其方は頭の硬い老人達とは違うと思っていたのだがな? そもそも、其方にも同じ事を何度も言っているというのに。子供の頃から一度も兄上と呼ばれた覚えがない」
「身の程を弁えておりますので」
「全く其方は、猫のようにつれない」
シュタール王はオールバックにした瑠璃色の髪をガシガシと掻いて、困ったように笑った。
「エルフリーデ、無理にとは言わないが、そう畏まらないでもらえると私も嬉しい。せっかく家族になるのだから」
「は、はい」
エルフリーデが頷くと、シュタール王は嬉しそうに目を細めた。
「しかし、見れば見るほど、其方の髪は先代の花の蜜によく似ている。彼女の血縁か? しかし、身内はもう他界していると耳にしたが……」
「妖精の国の女王は殊の外薔薇を好むと伝えられております。似たような髪の色が選ばれる事も多いでしょう。実際、過去の花の蜜の記録によると、華やかな髪色の子供が多く見受けられますので」
ぎくりと、思わず身を竦めるエルフリーデを庇うように、フリートヘルムは言い訳を並べ立てた。
王にはエルフリーデの祖母が先代の花の蜜であった事を報告しない、と、フリートヘルムはエルフリーデと口裏を合わせていた。
彼女の母親の静かな暮らしを守るためには、先王の血を引く娘が生きていることを明かすべきではないという考えだった。
シュタール王はとりあえず納得したようだったが、懐かしむように、じっと薔薇色の髪を見つめる。
「私は幼かったために殆ど覚えてはいないが、先代の花の蜜は、先王の思慕のために非常に辛い立場に置かれたという。其方にはそのような苦労をかけないよう、どんな道を選ぼうとも、其方のゆく道を助けたい」
王の真摯な言葉に、エルフリーデは小さく息を飲む。
ラベンダー色の瞳が真っ直ぐにエルフリーデの瞳を捉え、しかし、それはすぐに逸らされた。
「ただ……私は王の立場を得て何年も経っていない為に、仕事や面倒ごとの処理に追われてばかりで、其方に会う時間は限られている。できたばかりの家族を放っておくなど、親のする事ではないと分かってはいるが……本当に申し訳なく思う」
「お仕事なら仕方ありません。自分のお仕事を放ってフラフラするような、どこかのフリートさんみたいな王様は良くありませんもの」
「おや、言いますね」
エルフリーデとフリートヘルムが戯れ合う姿を見て、シュタール王は肩を震わせながら笑った。
「まさかフリートヘルムが子供の面倒を見る事ができるとは夢にも思わなかったが、其方らを見ている限り、どうやら私の見立ては誤りであったようだな。申し出があった通りに、エルフリーデの教育係にはフリートヘルムを付けることにしよう」
「拝命致します」
フリートヘルムは折り目正しくお辞儀をして、艶のある笑みを浮かべた。
顔に『研究三昧』と書いてあるのが見て取れて、エルフリーデは一瞬寒気がした。
勿論それはシュタール王も分かっているようで、咳払いをして釘を刺す。
「勿論、其方が研究ばかりにかまけていたり、精霊塔主という本業を疎かにしていると、すぐさま教育係の任を解く。ベルノルトから定期的に報告を受け取るように、既に手筈は整えてあるからな?」
「手際の良い事で」
舌打ちしかねない苦い顔を浮かべるフリートヘルムを睨みつけると、シュタール王は頭痛を抑えるようにこめかみを抑えた。
「全く其方という男は……。エルフリーデも厄介な者に目をつけられたものだ。今代の花の蜜の運命として、諦めてもらえればありがたい」
「大丈夫ですわお父様。私、精霊のことをたくさん勉強して、誰も私のせいで傷つかないようにできれば、なんだって良いのです」
エルフリーデは決意を胸にギュッと拳を握る。
多少研究材料になろうとも、誰かを危険に晒すよりはずっと良かった。
シュタール王はその薄紫の瞳に哀れみの色を浮かべて、エルフリーデからそっと目を逸らした。
「陛下、御歓談中のところ、失礼いたします。王太子殿下が入室の許可をお求めでいらっしゃいます」
扉の向こうから、会話の切れ目を窺っていたのか、兵士の声が上がった。
王が許しを与えると、ゆっくりと扉が開かれる。
王の視線に合わせてエルフリーデも扉の方を振り返り──目を丸くした。
「エルフリーデ、紹介しよう。其方の兄となる、アレス王太子だ」
「アレスだ。其方の兄として、これから何者からも其方を守ろう」
肩まで伸びたラズベリーレッドの髪に、切りそろえられた前髪の下にはラベンダー色の瞳が宝石のように輝いている。
黒い詰襟の服の上に、裏地が臙脂色のマントを羽織り、金の飾緒が肩飾りから留められており、彼が歩くたびに揺れて陽の光に煌めいた。
その少年は、毎晩のようにエルフリーデが語らっていた自称怪人と同じ顔──否、同一人物に違いなかった。
エルフリーデが陸に上がった魚のように口をぱくぱくさせていると、フリートヘルムは堪えきれずに吹き出した。
「え、え? フリートさん知ってたんですか!? なんで教えてくれなかったんですかぁ!?」
「ふっ……フフッ、何のことやら」
フリートヘルムをポカポカと小さな握り拳で叩いているエルフリーデと、口を手で押さえて笑いを必死に抑えようとしているフリートヘルム、気まずそうに目を逸らしているアレスを見比べて、シュタール王は長いため息をついた。
「アレス、花の蜜と面会することができるのは王家に迎えてから、と話をしていただろう?」
「申し訳ありません、父上」
「其方が言いつけを守らなかったことは、初めてだな」
押し黙るアレスとその父王を見比べて、エルフリーデは慌ててその間に立ち、両手を広げてアレスを背に庇った。
「あ、あの、あの、怪人フードマントさんは悪くないんです! 私を心配して様子を見に来てくれてただけなんです! 叱らないであげてください!!」
思い切り叫んで肩で息をし、エルフリーデはハッと我に返って、頭を上げる。
ポカンとした様子のシュタール王が目に飛び込んできて、彼女は顔をサッと青くすると、とんでもなく失礼な事をしてしまったのではないかと、今度は涙が滲んできた。
エルフリーデの百面相を呆気にとられて見ていたシュタール王だったが、こみ上げてきた笑いを抑えられずに吹き出した。
「くっ……ハハッ! 怪人フードマントとは、我が息子はまた珍妙な名を名乗ったようだ」
「わ、笑わないで頂きたい……」
「エルフリーデに免じて、怪人フードマントとやらは妖精の悪戯だったということにする。その代わり、アレスはエルフリーデの面倒をしっかり見るように」
「元より、そのつもりです!」
アレスはエルフリーデの方に手を置き、その隣に並び立つ。
紫がかった赤い柔らかな髪がふわりと揺れ、ラベンダー色のくりくりとした瞳がエルフリーデを見つめて──彼女は、ようやく王の瞳がアレスと同じ色だったことに気づいた。
「王子様だったんですね」
「黙っていて悪かった。しかし、会ってはならない事になっていたので……致し方なく」
「怪人を名乗った、ということですか」
気まずそうに頷くアレスに、エルフリーデはクスリと笑って、彼の手を取った。
「怪人さん、今日からは……お兄様と呼んでもいいですか?」
アレスはパチパチとその大きな瞳を瞬かせて、それから花が咲くような笑顔でしっかりと頷いた。




