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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
21/59

精霊塔へようこそ【1】





「エルフリーデ様、王都が見えて参りましたよ」


 フリートヘルムは、うたた寝していたエルフリーデの肩をそっと揺り動かした。


 エルフリーデはぼんやりした様子で目蓋を擦ると、開ききらない目で窓にペトリと顔をつける。

冷たくて思わず目を開くと、眼下には日の光に照らされて、白く輝く眩い街並みが広がっていた。


 呆気にとられているうちに、馬車はぐんぐん城下へ近づいていく。

 高度が下がると、石灰で塗り固められた石造りの街の様子がよく見えるようになり、行き交う人々や、吊るされている洗濯物、市場の天幕が色鮮やかに街を彩る様がよく見えた。

 

 エルフリーデはぴったりと窓に張り付き、外の世界に夢中になってしまった。

見た事がない形の建物が見えれば、あれはなんですか? と興味津々に指を差す。

気を良くしたフリートヘルムがいちいちエルフリーデが指差した方へ馬車を寄せるものだから、王城への道のりは必然と遠回りになった。


 だんだんと日が西へ傾いていくのを見て、イスモとマルコは顔を見合わせる。

報告していた帰城時間を過ぎるのではないか、と心配になった二人はフリートヘルムに向かって腕時計を確認する仕草をしてみたり、時計を指差してみたりしてはみたが、対する彼は惚けて首をかしげるばかり。


 そうするうちに、イスモは、「あ、閣下はまだ城に帰りたくないんだな」と察して、心の中で精霊塔で主人を待つ官吏達に向かって合掌した。


「王都って、建物が真っ白で綺麗ですね!」


 大人達の攻防に気が付きもせず、エルフリーデは無邪気に笑って、窓の外の景色にかじりつく。

フリートヘルムは官吏二人の刺のある視線を物ともせず、ニコニコと笑ってエルフリーデに頷いてみせた。


「夕刻の街は、より美しいですよ。黄昏色が反射して宝石と見紛うほどです」


「お城から見られますか?」


「勿論ですとも。王城は小さな山を一つ使って建てられたものですから、街を一望できますよ」


「じゃあ、夕焼けの時間に間に合うように早く行かないといけませんね! フリートさんも、他にお仕事があるんじゃないですか? 偉い人なんですよね?」


 純粋な眼差しを向けるエルフリーデに、口が滑ったことを察したフリートヘルムはスッと彼女から目を逸らした。

これぞ好機と、マルコはにっこり微笑みを浮かべて退路を断つべく言葉を連ねる。


「閣下はお忙しい身ですから、他にも様々な案件を抱えておいでのはずです。精霊塔の部下達も閣下のお戻りを心待ちにしていることでしょう。我々の帰城予定時間は……あと、三分ですし」


「えっ! たった三分で着くんですか?」


「三分あれば着くというお考えだったのでしょう? 閣下」


 期待に満ちた眼差しと、有無を言わさない眼差しが同時にフリートヘルムを貫き、ぐぅ! と、彼は言葉を詰まらせた。


「え、ええ、勿論。つ、着きますとも! 可及的速やかに帰城します!!」


 フリートヘルムはやけっぱちで、馬車の動力にヴァイデ村でも使った魔改造した精霊石を翳す。

雪崩の事件で使ったこの手段には懲り懲りしていたのだが、垂直落下させなければ大丈夫だろう、と彼は自分を無理矢理納得させた。


 魔改造した精霊石の力が流れ込むと、馬達は高く嘶いて速度を上げる。

二度目ともなると、馬たちの順応も早かった。


 上下に揺れる馬車の中で、イスモは隣に座る同僚の顔をまじまじと見て小さく呟いた。


「俺、マルコには逆らわないようにするよ」


「賢明だな、イスモ」




 馬車が金色に燃え上がり、流星のごとく精霊塔の手前の広場に不時着──ではなく、着陸したのは、帰城時間ちょうどだった。


 燃え上がる馬達は地面に足が接するや否や後ろ足で急ブレーキをかけ、仰け反りながらも地面を滑り、なんとか勢いを殺して止まった。止まる事ができた。

何枚かのレンガが激突する車輪の巻き添えを食らって砕け散ったが、それらは精霊の力によるものなのか、自然と元の形状へ戻っていく。


 馬達は炎がするすると小さくなっていくにつれて落ち着きを取り戻し、乱暴な扱いをされた事が不満だったようで、低く鼻を鳴らした。


「し、し、しぬか、しぬかと、おも……ッ!」


 馬車の扉が勢いよく音を立てて開き、頭から這い出るように出てきたイスモは、膝が笑って上手く立てないのか、どうにかこうにか馬車から数歩離れると、その場にへたり込んだ。


「……吐く」


 イスモに続いて出てきたマルコは両手を口に当て、胃からこみ上げるものをどうにか飲み込んだ。

 官吏二人が三分前のやり取りを激しく後悔していると、「スピードを上げ過ぎましたね」と、あっけらかんと言い放って、フリートヘルムが馬車から降り、続いてキラキラと頬を上気させたエルフリーデを持ち上げて馬車から降ろした。


「す、すごかったです!」


「お気に召していただけましたか」


「周りの景色が飛んで行くようでした!」


「飛んでいたのはむしろ私たちなんですけれどもね。……ああ、ちょうど良いところにちょうど良い人がいてくれましたね」


 フリートヘルムが顔を向けた先には、仁王立ちする美丈夫がいた。

塔の重々しい両開きの扉の前で腕組みして馬車を睨みつけている彼に向かって、フリートヘルムはへらりと笑いながら言い放った。


「手数をかけてすみませんが、財務塔の方々のために衛生兵を呼んでくれますか?」


「……言いたいことはそれだけですか? 閣下」


 左右に分けたアッシュブロンドの前髪が風もないのに揺らめいている。

額に青筋が浮かび、殺気すら感じられる絶対零度の空色の瞳がフリートヘルムを見据えた。


「ベルノルト、あんまり怒ってると血管が切れてしまいますよ?」


「誰のせいだと思っておいでか!! このクソ上司ッ!!」


 耳をつんざくような怒声に、エルフリーデはびっくりして飛び上がってしまった。

真っ青になってフリートヘルムの影に隠れ、耳を塞ぐ。

当のフリートヘルムは慣れっこなのか、軽く笑って、鬼のような顔をしているベルノルトをいなす。


「まぁまぁ落ち着いてくださいベルノルト。この通り若干二名の体調不良者は出ておりますが、私も花の蜜も無事に帰城いたしました。時間ぴったりだったでしょう?」


「間に合わせればいいというものではありません! どうせ魔改造した精霊石をお使いになったのでしょう!? 整備のものが調整に苦慮するので絶対にやめていただきたいと、先月申し上げたはずですが!?」


「差し迫った状況がありまして。私も怖い思いはごめんだったのですが、仕方なく、ね?」


「ね? じゃありません! ふざけておいでなら、危険運転で兵士に突き出しても構わないのですよ!?」


「それは弱りましたねぇ」


 くどくどガミガミと延々と続くお説教にフリートヘルムが辟易していると、コートの裾をちょいちょいと引かれて、彼は後ろを振り返る。


「あの、フリートさん」


 言いにくそうに、フリートヘルムとベルノルトを交互に見て、エルフリーデはフリートヘルムに耳を貸すように言う。

 彼がしゃがんで耳を寄せると、こしょこしょと耳打ちした。


「悪いことをしたら、『ごめんなさい』しないといけないんですよ。私が一緒に謝ってあげますから」


 フリートヘルムは目を丸くしてエルフリーデを見つめ、それから言葉を切ったベルノルトに目を戻す。

子供にそこまで言われてしまっては、フリートヘルムと言えど、立つ瀬がない。

 彼はこっそり苦笑して、ぺこりと頭を下げた。


「仕事ほったらかして勝手に出かけて無断で五日も留守にして、ごめんなさい」


「そんなことしちゃってたんですか!?」


 思った以上にダメな大人だった、とエルフリーデは驚きを通り越して呆れてしまった。

記憶がなくても、仕事を五日も無断で放っておいて良い筈がない、とエルフリーデは理解していた。そんなの怒られるに決まっている。

 途方に暮れた表情でエルフリーデはベルノルトを見ると、フリートヘルムの手を握って深々と頭を下げた。


「あ、あの! あの……フリートさんが勝手に何も言わずにいなくなったのは本当にダメな人だなって思いますけど、私のためなんです! ごめんなさい!」


 エルフリーデは自分のせいで雪崩が起きてしまったこと、フリートヘルムがいなければ精霊に代償を取られてしまうところだったということ、花祝いにかこつけて家族との最後の時間を作ってくれたことを、一生懸命説明する。


 ベルノルトは話を聞き終わると、信じがたい物を見る目でフリートヘルムを見つめた。


 先ほどからエルフリーデがフリートヘルムに懐いているような様子に対しても彼は驚いていたが、精霊塔の主人にも思いやりというものがあったと知って、ベルノルトはわずかに安堵する。

……その心遣いが自分に向けられる事は無いけれども。


 ベルノルトがため息をついてどうにか怒りを収めるのと同時に、頭上から冗談めかした声が降ってきた。


「あら、閣下ったら意外と子供には優しいのかしら? その優しさの半分くらいは、アタシたち部下に向けてくれてもいいのではなくって?」


 突然上から聞こえてきた声に驚いて、エルフリーデの肩が跳ねた。

声のした方を見上げると、塔の二階のバルコニーから、がっちりとした体型の男が首元で一つに束ねた葡萄色の髪を垂らして彼女達を見下ろしていた。


 高いところからごめんあそばせ、と彼は片手を口元に当て、ホホホと笑う。

 山吹色の瞳が不思議な煌めきを放って、エルフリーデの頭のてっぺんからつま先まで、値踏みするように往復した。


「フゥン、なるほどね。これじゃアタシが行かなくって正解だったわ」


「そうでしょう? ライネ。私の考えに間違いはありませんとも」


 うんうん、と、自慢げに頷くフリートヘルムだったが、ライネはツンと顔を背けた。


「あら、アタシはもうちょっと反省していただきたいですわ、閣下。一仕事終わってお暇でいらっしゃるなら、そこでノビてる財務塔の方々のためにご自分で衛生兵を呼んではいかが?」


「はいはい、仰せのままに」


 フリートヘルムは救護室にカナリアを飛ばすと、そういえば、と思い出したようにエルフリーデを振り返った。


「エルフリーデ様、ご紹介いたします。こちらの顔が怖い方がベルノルト・クライン。あちらの派手な方がライネ・マルトラ。二人とも私の大変優秀な部下です」


 エルフリーデが二人を交互に見上げると、ベルノルトは姿勢を正して一礼し、ライネはウインクすると、ヒラヒラと手を振った。



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