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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
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精霊塔へようこそ【2】





「よ、よろしくお願いします。エルフリーデです」


 エルフリーデがお行儀よく挨拶をすると、ライネはバルコニーの柵を身軽に飛び越えて、エルフリーデの目の前に飛び降りる。

背も高く、がっちりとした体付きだというのに、着地の音はほとんどしなかった。

重さを感じさせない身のこなしに、エルフリーデは思わず小さな手を叩いて拍手を送った。


「わぁ、すごいんですね!」


「あら、ありがと! 素直な子は好きだわ。ト・ク・ベ・ツに、アタシのことはライネちゃんって呼んでもよくってよ?」


「会う人間全員に『ライネちゃん』と呼ばせようとするくせに、何を言っているんだお前は」


 思惑を邪魔されたライネは、忌々しそうにベルノルトを睨む。エルフリーデはあたふたとして、思わずライネの服の裾を掴んだ。


「ら……ライネちゃん」


 消え入りそうな声でライネを呼んでみたエルフリーデは、親しげな呼び方に、つい照れてしまって、ポポポと頬を赤く染めた。


「まぁまぁ、どうしましょ! 閣下ぁ、この子気に入っちゃった! アタシがお世話してあげてもよくってよ? どうせ面倒な説明は、ベルノルト様に放り投げるつもりだったんでしょ」


 エルフリーデに抱きついてライネは頬ずりし、フリートヘルムにおねだりする。

よさないかライネ、と呆れた声で言うベルノルトの声は、聞こえないふりをされてしまった。


 フリートヘルムは三秒考えた後、バッサリ切り捨てた。


「残念ですが、其方には南方の活火山地帯にラーヴァヤモリの採集へ出向いていただかないといけませんので、ダメです」


「はぁー!? もしかして閣下、ヤモリの明礬漬け使ったの!? あの毒ヤモリ捕まえられる人間なんて、ほっとんどいないってご存知でしょ?」


「ええ。ですから、其方に頼んでいるのですよ、ライネ」


 ライネは心底嫌そうに口を歪めて、それからチラリとエルフリーデを盗み見る。

申し訳なさそうに縮こまっている彼女を見て、貴重な毒ヤモリを使用した理由を察すると、ライネは渋々頷いた。


「しかたないわね。……溶岩でアタシの自慢の髪が焦げたりなんかしようものなら、うんと労災を取り立ててやりますから」


「危険手当も上乗せいたしますよ」


「乗ったわ!」


 ライネはフリートヘルムと手を叩きあわせると、報酬で何を買おうか楽しそうに悩みながら塔の中へ消えていった。

 危険な活火山に潜り込むには大掛かりな準備が必要だ。

準備の面倒さもあって、火山地帯の採集任務は誰もやりたがらないのだが、高額な手当が出るのならば話は別だ。

 今から準備に取り掛からなければ出発が遅れてしまうため、ライネは足取り軽く塔を登っていくのだった。


 そうしてその場を後にしたライネと入れ替わりに、カナリアに呼びたてられた衛生兵たちが駆けつけてきた。

完全に腰が抜けてしまっているイスモと、顔色が緑色になっているマルコが担架で運ばれていく様子を、心配そうにエルフリーデは見つめる。


「大丈夫でしょうか?」


「死にはしませんから、大丈夫です。──ああ、ようやく来ましたね」


 フリートヘルムは、近づいてくる人影に気付いて手を挙げた。

 他にも連絡を入れていたのか、衛生兵たちとは別の方向から下女を引き連れた侍女が一人、せかせかした足取りでフリートヘルムの元へやってくると、恭しくお辞儀をした。


「ドレヴァンツ閣下、お久しゅうございます」


「元気そうで何よりです、ベルタ。三日前にカナリアでやりとりした通り、其方に花の蜜の身の回りの世話を頼みたいと思います。引き受けていただけますね?」


 ベルタと呼ばれた年配の侍女は、顔を上げると、穏やかに微笑んで頷いた。


「謹んで拝命いたしますとも。光栄ですわ」


 ベルタは引き連れてきた下女たちを伴ってエルフリーデの前へ進むと、背筋を伸ばし、片方の足の膝を曲げて挨拶をする。


「お初にお目にかかります。私はベルタ。貴女様の身の回りの世話を預かることとなりました」


「エルフリーデです。今日からお世話になります」


 エルフリーデはお辞儀をしようとしたが、ベルタに止められる。


「エルフリーデ様、侍女にそうかしこまってはいけませんよ。お辞儀の仕方も決まっておりますから、追々覚えてまいりましょう」


「は、はい」


 エルフリーデがかろうじて頷くと、ベルタは満足そうに頷いた。


「エルフリーデ様、お疲れでしょうから、今日は夕食を召し上がった後は早めにお休みになってください。ベルタ、早速ですが、エルフリーデ様をお部屋へ案内して差し上げてください」


 フリートヘルムがエルフリーデの背を軽く押すと、彼女は恐る恐る足を踏み出して、ベルタの後をついていく。

ベルタは精霊塔の両開きの扉を開けると、キビキビした足取りで広間を抜け、螺旋階段を登る。

塔の二階、廊下の一番手前に用意された部屋がエルフリーデの仮の住まいだった。


 エルフリーデはまだ養子縁組の手続きを済ませていないため、王族の住まう場所──宮殿へ足を踏み入れることはできない。

今はフリートヘルムの預かり者として精霊塔の客間が充てがわれ、王族に名を連ねるその日までの間、精霊塔の中で生活をすることになっていた。


 とはいえ間も無く王族となる身の上なので、彼女には立ち居振る舞いを学ばせる目的も兼ねて身の回りの世話をする王族専属の侍女が付けられた。それがベルタだ。

 ベルタは宮殿に長く使えたベテランの侍女で、王族の信頼も厚い。

記憶がないただの村娘を姫君として教育するには、根気と経験と度量が必要不可欠だ。

それを兼ね備えている人材はそうそういない。フリートヘルムはベルタの他にそのような人物を知らず、彼女を引き抜くべくあれこれと手を回したのだった。


「エルフリーデ様、この部屋は一ヶ月か……長くとも二ヶ月で引き払うことになりましょうが、できる限りあなた様の心をお慰めできるよう、心を尽くします。何かあれば、なんでもこのベルタにお申し付けくださいませ」


 ベルタはそう言って、部屋の扉を開ける。

エルフリーデは部屋に一歩入ると、ぱちくりと瞳を瞬かせて、ぐるりぐるりと何周も部屋を見渡した。


 その部屋は今まで、客間とは名ばかりの最低限の家具だけが飾られた簡素な部屋だったのだが、エルフリーデを迎えるべく、内装が一新されていた。

淡い花柄の壁紙に、薄い黄色のカーテン。

座り心地の良さそうなソファーに、可愛らしい花が飾られたサイドテーブル。

ベッドは天蓋付きのもので、枕元には小さな動物のぬいぐるみ達がちょこんと座っている。

七歳の少女が寝泊まりする部屋なのだからと、ベルノルトが持ち寄ったぬいぐるみ達だった。


 驚きのあまり、エルフリーデはあんぐりと口が開いてしまった。

はしたないですよとベルタに嗜められると、ぱっと口で手を覆う。


「これが私の部屋、なんですか?」


「左様でございますよ。可愛らしいぬいぐるみ達はベルノルト様のお手製ですとか」


「お手製!?」


 無理もないことだが、エルフリーデにはベルノルトが怒っている表情しか記憶にない。

それもこれもフリートヘルムのせいなのだが、とにかくエルフリーデは眉間に深く皺を刻んだ気難しそうな男の姿と、かわいらしいクマや、ペンギンや、ねこや、うさぎなどのぬいぐるみが結びつかず、頭いっぱいに疑問符を浮かべた。


「人って、見かけによらないものなのですね」


「ええ、そうですとも。王城では特に大事なことですので、人を見かけで判断しないように、くれぐれもお気をつけくださいませ」


 ベルタの言葉に顔を引き締めて、エルフリーデは頷いた。

真面目に話を聞くエルフリーデにベルタは小さく笑みをこぼすと、そう気を張らないでください、と眉を下げた。


「疲れている時に頑張っても実になりません。今日のところは、私の話は話半分に聞いていただいて、とにかく体と心をお休めください。また明日から頑張りましょうね」


「わ、わかりました。明日から……よろしくお願いします」


 エルフリーデは頷いて、なめらかな触り心地の天鵞絨びろうどが張られたソファーに体を預けた。

しばらくお行儀よく座っていたのだが、下女達に指示を出すベルタの様子を見ているうちに、だんだんとまぶたが重くなっていって、体がゆらゆらと船を漕ぎ──夢の中に落ちていった。




『お誕生日、おめでとう!』


 明るい声が居間に響いて、”フリーダ”がメルヴィに抱きついた。


『ありがとぉ、おねえちゃん!』


 ”フリーダ”は妹の体を持ち上げてくるくる回る。

自分の体ごと回ったので、すぐに目が回って、二人は床に倒れこみ、それすら楽しくてケラケラ笑った。


『こら、二人ともあぶないだろう。気をつけるんだぞ』


『二人とも仲良しさんなのはいいけど、怪我しちゃだめよ』


 姉妹を見守る両親の瞳は、幸福で満ちている。


 居間のテーブルの上には、桃が飾られたケーキと、メルヴィの好物の料理がたくさん並んでいた。

その日はメルヴィの誕生日だったので、マイラは腕によりをかけて料理をし、”フリーダ”もそれを一生懸命手伝った。


 そして、”フリーダ”のお祝いはそれだけではない。

”フリーダ”はにっこり笑ってソファーの影に隠していた包みを取り出すと、じゃん!という声と一緒にメルヴィに差し出した。


『私からのプレゼントだよ、メルヴィ。あけてみて!』


 メルヴィが促されるままに包みを開くと、中からふわふわした手触りの白いクマが顔をのぞかせた。

胸にはピンクのリボンがかかっている。

縫い目が多少いびつだったが、メルヴィはちっとも気にならなかった。


『おねえちゃんがママと作ってたのって、これだったんだ!』


『えっ。あらら……気づいてたんだね、メルヴィ』


 照れ臭そうに頬を指で掻いて、”フリーダ”は笑う。その指にはところどころ布が巻かれていて、針で刺してしまったのだと、メルヴィは察していた。


 "フリーダ"は気を取り直して、わざとらしく咳払いをし、えっへんと腰に手を当てた。


『このクマさんは、ずっとずっと遠くの北の海から、はるばるメルヴィに会いにやってきたのです!』


『そういうセッテイなの?』


『設定とか言わないでください。──とにかく遠くから来たので、ひとりぼっちなのです! さみしんぼさんなのです! だから、メルヴィがずっと一緒にいてあげてね』


 メルヴィは白いクマと”フリーダ”を交互に見つめた後、しかたないなぁ、と破顔した。


『じゃぁ、メルヴィがお名前つけてあげて』


『うーん、それじゃぁ、今日からあなたは、クヌート!』


 メルヴィは名付けたばかりのクヌートをぎゅっと抱きしめて、それから”フリーダ”にも抱きついた。


『ありがとぉ、おねえちゃん!』


 幸せそうな妹の笑顔が眩しくて、懐かしくて──エルフリーデはポロポロと涙をこぼした。




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