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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
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間話 来る日までの精霊塔




──これは、フリートヘルムが王城からヴァイデ村へ向かった直後の、不憫な勤め人達の記憶の(ページ)である。



 その日、精霊塔は上から下まで人が登ったり降りたりの、大混乱ぶりだった。


 何せ、急に『財務塔の徴税に同行する。探さないでください』と置き手紙を残して、塔の主人が今溜まっている仕事を放ってトンズラしたのだ。


 財務塔に問い合わせてみると、確かに塔主──フリートヘルム自ら連絡があり、官吏と共にヴァイデ村へ発ったという事だった。

"カナリア"と呼ばれる、離れた場所同士の会話のための人工擬似妖精でやり取りした官吏にフリートヘルムの具体的な目的は何だったのか問い合わせてみたものの、一介の官吏が他塔の塔主の考えを聞き出すなんて烏滸がましい真似は出来なかった、という。


 そこまでの報告を聞くと、精霊塔の副塔主、ベルノルト・クラインは、拳を執務机に叩きつけた。

 彼は短いアッシュブロンドの髪をぐしゃぐしゃと両手で掻き回すと、疲れの溜まった勿忘草色の瞳を怒りで燃やす。


 「やってられない、辞めてやる!」


 ベルノルトがそうやって上司を呪った回数は、軽く百を超えていた。


 彼の四つ年下の上司──フリートヘルムは、唐突な思いつきでフラリと姿を消す悪癖がある。

一応、書き置きを残しておくだけの分別を持ってはいるが、書いている内容は『ちょっとそこまで行ってきます』とか、『後は任せます』とか、とにかくいい加減で、具体的な内容が書かれていた試しがない。


 そうやって前触れなくフリートヘルムが姿を消すと、精霊塔の主に回されるはずだった仕事は、副塔主──ベルノルトへ回される。

自分の仕事では無いと放っておけば良いものを、真面目で責任感が強い性格のベルノルトは、毎回、いなくなった上司の分まで働いてしまう。

 恐らくフリートヘルムはそんなベルノルトの性格まで計算づくなのだろう、とベルノルト自身分かっていたが、塔主の机に仕事が積み上がっているのを見ると、どうにも落ち着かないのだった。


 彼も何度か、本気で辞表を提出しようとした事はある。

しかし忌々しい事に、そういう時に限って彼の上司は殊勝に業務に励み、誰にも真似できない優秀さを発揮するので──どうにも、尊敬の念を捨てきれないのだ。

それに、自分が職を辞した後に残される部下の事を思うと、彼らを見捨てるような気がしてどうにも心苦しい。


 そんなこんなで、ベルノルトは今日まで──いや、今日も、辞表を叩きつける事ができなかった。

……まぁ、叩きつける相手は今、行方を眩ませているのだが。


「やだわ、ベルノルト様ったら。そんなに眉間にシワを寄せてちゃハンサムなお顔が台無しよ?」


 ベルノルトへ報告を上げた男──ライネ・マルトラは、トントンと自分の眉間を指で叩いてみせた。

ベルノルトの最高に不機嫌な顔を気にも留めず、ライネは緩く一つに纏めた葡萄色のウェーブがかった髪を払うと、懐から取り出した報告書をピラピラと揺らした。不満げに山吹色の瞳を吊り上げる。


「アタシも暇じゃないの! こういう仕事はご自分の事務官に投げるべきじゃなくって?」


 ライネはベルノルトの直属の部下ではない。彼は精霊塔の採集部屋という、希少な標本の採集や、情報収集を主な任務とする部署の室長だ。

 均整の取れた筋肉が見事な逞しい体つきだが、心は乙女──という、一度会ったら忘れ難い強烈な人物だが、仕事は誰よりも正確だとフリートヘルムからも一目置かれている。

 移動が多く、身軽な部署ということもあり、ベルノルトはついついフリートヘルムの足取りを追わせる役目を彼に任せてしまうのだった。


「お前が一番報告が早く、正確なのでな」


「あったりまえでしょ! アタシを誰だと思ってるの!?」


 ライネは口の端を上げると、報告書を手渡す。得意げな笑みを浮かべる彼に釣られて、ベルノルトも表情が和らいだ。

 なんだかんだ文句を言いながらもきちんと調べてくるあたりが、実にライネらしい。

一度任された仕事は完璧にこなす、というのがライネのポリシーであり、そういうところが二三歳とという若さでありながら室長を任される所以だった。


 ベルノルトは礼を言うと、受け取った書類に目を通し──なるほどなと頷いた。


「クロクス領のヴァイデ村へ向かったということだったが……花の蜜が見つかるとは」


「保管室に安置されているヴァイデ村の精霊石の対が騒いでいたそうよ。村からは何の報告もあがって来なかったから、自分で様子を見に行ったんじゃないかしらね?」


「塔主の仕事ではない。お前に任せるベき仕事の筈だ」


「アタシは別の任務からまだ戻ってませんでしたもの。現時点で閣下が抱えている案件よりも、花の蜜の方が優先度は高いわ」


 ベルノルトは苦虫を噛み潰したような顔で長いため息を吐き、こめかみを指の腹で押さえた。


 どうやら今回も、彼の上司は上手く言い逃れするつもりのようだ。


「ご苦労だった、ライネ。自分の仕事に戻ってくれて構わない」


「はいはい。ベルノルト様も、あんまり無理なさらないでね? もし倒れたら、アタシがつきっきりで看病してさしあげますから」


「ならば、絶対に倒れるわけにはいかないな」


 悪戯っぽくウインクを飛ばすライネに、ベルノルトは真顔で返した。




 ライネを下がらせると、ベルノルトは急ぎ自分の事務官を呼び寄せる。

フリートヘルムの行方と目的が分かったとは言え、彼はまだ安心してはいなかった。

あの研究馬鹿(閣下)の事だ。現地調査のために色々と要求してくるに違いない。花の蜜が絡んでいるのであれば、尚更。


 一先(ひとま)ずベルノルトは、次の日の朝一番に調査上必要不可欠な機材をある程度詰め込んだ精霊式の馬車を、第二便としてヴァイデ村に送り込んだ。

 馬車と入れ替わりに飛んできたカナリアが村で起こった事態のあらましを告げ、予想通りの物資を要求すると、ベルノルトは『発送済みです』と、一言だけカナリアへ返事を託した。


 彼のそういった用意周到なところこそフリートヘルムが思うままに振る舞う一因に違いなかったが、ベルノルトは改めるつもりはない。

 フリートヘルムの采配に間違いがないことを、ベルノルトは理解していた。


 ただ、報告と連絡と相談が足りていないだけである。




『ベルノルト、七歳の女の子のワンピースを用意してください。あ、可愛らしいものでなければいけませんよ。色は……』


──今日もまた、カナリアが舞い戻って塔の主人の声を届ける。


 ベルノルトは眉間にシワをよせ、目頭を人差し指と中指で揉んだ。


 どうやら今代の花の蜜は女児らしい。

その少女の花祝いを終わらせた次の日に連れ戻るため、王城に戻る際に着せる服が必要なのだという。


 当初想定していたよりもフリートヘルムの戻りは遅くなるようだったが、その分貴重な記録が取れそうだと、カナリアから流れる声は弾んでいた。


 ベルノルトはフリートヘルムが小さな女の子の手を引いて帰ってくる様を想像しようとしたが、彼の上司が子供の世話をしている様子が全く想像できなかった。

 むしろ、少女を人間として扱っているのか、だんだん心配になってくる。

フリートヘルムという青年は、”気遣い”だとか、”思いやり”などという言葉から最も遠い人物だと、精霊塔に勤める官吏なら誰もが口を揃えてそう言うだろう。

 少女を慰めるために何か愛らしいものでも用意すべきだろうかと、ベルノルトは本気で思案し始めてしまった。


 一人で悩んでいても埒があかなかったので、彼は再びライネを副塔主の執務室に呼び出した。

再三の呼び出しに辟易した様子で部屋に入ると、ライネは腰に手を当てて執務机に座るベルノルトを見下ろした。


「それで、今度はどうされたのかしら? アタシ、暇じゃありませんって言いましたでしょう?」


「分かっている。……少し、意見を聞きたいと思ってな」


 ベルノルトは机に両肘をつき、両手の指を組んでその上に顎を乗せる。

彼が真剣に考え込んでいると普段の三割り増しで迫力があるな、とライネは口に出さずに心の中で呟くに留めた。


「ライネ、花の蜜の少女のために、くまちゃんのぬいぐるみを用意した方がよいだろうか? 丁度先日、手慰みに作ったものがあるのだが」


「……ちょっと待ってください。ベルノルト様の趣味が意外すぎて脳が追いついてませんので」


「やはり一つでは足りないだろうか?過去に作った物も引っ張り出すべきだな。ペンギンちゃんやねこちゃんもあるぞ」


「アタシの話聞いてました?」


 ベルノルトが首を傾げるのを見て、ライネは苦笑した。


「ま、いいんじゃないかしら。喜んでもらえますわよ、きっと」


「お前から渡してもらえないか? 私が近づいて怖がられるといけないだろう」


「それならお部屋に置いておけばよろしいんじゃないかしら? ま、ベルノルト様の顔が怖いのは、大体閣下のせいだと思いますけどね」


 ベルノルトはそうか、と呟いて、自身の眉間の皺を伸ばすように抑える。その様子を、ライネは可笑しそうに含み笑いしながら見守った。

ライネの生暖かい表情に気づくと、ベルノルトは咳払いをして彼を睨みつける。

せっかく伸ばした皺が元に戻してしまったのを見て、ライネは堪えきれずに吹き出した。


「ぶふっ──あはははは! ほんとベルノルト様ったらカワイイ人だわ!」


「笑うな」


 ひとしきり笑うと、ライネは目尻に滲んだ涙を指で拭った。


「ふふ、ごめんなさいね? それで──何ていう名前でしたっけ、その女の子」


「エルフリーデ様だ。失礼のないようにな」


「ええ。もちろん、承知していますとも。楽しみだわ! どんな子かしら? 妖精の女王に気に入られるって事は、とっても可愛らしいんでしょうね」


「どのような娘でも、七歳の幼い子供であることに違いない。あまり強引に距離を詰めて怖がらせないように」


「分かってますわ」


 どうだか、とため息をついて、ベルノルトは執務室の窓の外に目を移した。

硝子の向こうでは普段と変わらない穏やかな時間が流れ、変わり映えしない王城の風景が広がっているが──花の蜜の少女にとっては、見知らぬ世界だ。

 そんな場所にたった一人で放り込まれる少女の事を思うと、引き込む側の人間でありながら、鈍く胸が痛む。


 少しでも寂しい思いをさせないように、やはり──ぬいぐるみは、あるだけ用意しよう。と、ベルノルトは決めて、準備を進めるのだった。





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