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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
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序話 いつか誰かを、守れるように。




「ああ、お前の髪を見ると、カサンドラを思い出す」



 しわくちゃの骨ばった大きな手が少年の頭を撫でる。

細く柔らかい紫がかった赤髪を梳きながら、彼の祖父は、逃げ去った愛する人の影を見ていた。


 カサンドラというのは祖父の初恋の人だったのだと、少年は下女達が噂するのをいつだったか耳にしたことがある。

彼女は少年が産まれるよりもずっと昔に、姿を消してしまったのだという。

祖父は彼女を探し続けていたが結局見つけられず、けれど諦めきれないまま、いつまでも彼女の面影を追い求めているのだと。


──お爺様はきっと、今もずっと……傷ついているのだな。


 少年は幼く、まだ恋を知らなかったので、祖父の胸の内を想像することしかできなかった。

物語にあるように”恋”というものが自分ではどうにもできないほど強く熱い思いであるならば、それを失った祖父の心の痛みは耐え難いものであったに違いない、と。

そう思うと、少年は祖父のことが可哀想に思えてしまって、たまに”カサンドラ”と呼ばれても、仕方がないことなのだと自分に言い聞かせた。

──お爺様は、お寂しいのだから。


 そんな祖父は、この国の王だった。三人の息子がいて、長男の王太子が少年の父親だった。


 国王なだけあって忙しい祖父だったが、暇を見つけては周囲の目を盗み、少年を呼び寄せた。

 祖父は、何枚も隠しているカサンドラという姫君の姿絵を少年に見せ、二人して眺める時間を殊の外好んだ。

カサンドラの髪は赤とも薄紅とも紫とも言える様な──薔薇の花の色をしていて、少年は彼女の絵が好きだった。

 しかし、赤いとは言え、ちっとも自分の髪の色と違うではないかと、少年は不思議に思っていた。

少年の髪は薔薇と言うよりは、熟した木苺のような色をしているから。


 もちろん彼が思った通り、血も繋がっておらず、性別すら違う彼は、時とともに祖父の初恋の人の面影から離れて行く。


「カサンドラ、カサンドラは……何処に行ってしまったんだ」


 いつしか少年は、祖父が自分の目を見てくれなくなった事に気づいた。

姿絵に描かれた服とよく似た誂えの服が、祖父から贈られるようになった。


 だんだんと様子がおかしくなり、常軌を逸した執着心を露わにしていく王の姿を危ぶんだ少年の父親──王太子は、秘かに外堀を埋め、ついには祖父を退位へと追いやった。


 王の座を追われた祖父は一気に老け込み、半年後の夜、今夜が峠だと城の医師が告げた。


 両親から祖父との面会を禁じられていた少年だったが、最後の晩に、今際の際にいる祖父に頼まれた下女が手引きして、彼を祖父の元へ連れて行った。

──叶うならば、もう一度孫として祖父と話がしたい。

そんな一縷の願いを胸に抱いて、少年は宮殿の外れに移された祖父の部屋へ向かった。


 天蓋付きのベッドに横たわる祖父は少年に気がつくと、静かに微笑み、手を伸ばした。

骨に皮が張り付いたような頼りない手は、弱々しく震えている。

少年は冷え切ったその手を握った。


「お爺様、僕です」


 彼の祖父はカサついた唇を震わせ、安堵したように息を吐く。


「ああ、そうか……迎えにきてくれたんだな、カサンドラ」


 それが──少年の祖父の、最後の言葉だった。


 少年の祖父が亡くなると、若い王の影で、少年の祖母が力を持つようになった。


 彼女は少年の事が気に入らなかった。亡くなった先王が少年を溺愛していたのは、赤髪の姫に重ねて見ていたからだと知っていた。

必然と祖母は少年を憎み、父が即位した為に王太子の身分となった少年よりも彼の異母弟妹を愛し、少年には冷たく接した。


 少年が冷遇されればされるほど、少年の弟妹の母達の胸に、抗い難い欲が芽吹く。

それを見抜いた少年の祖母にそそのかされた彼女らは、一人、また一人、と躊躇いを捨てた。

──手を伸ばせば玉座に手が届くような、そんな気がしたのだ。


 ある日の王城の庭園で開かれた茶会で、少年は突然の吐き気に襲われ、泡を吹いて倒れた。

幸い一命は取り留めたものの、少年は三日も意識を覚まさなかった。


 少年の目が覚めると、彼の母親は涙を流して喜んだ。


 彼女が言うには、少年のコップには毒が塗られており、毒を盛ったのは北の塔の妾妃であったという。

一つ歳が下の弟の母だった。


 その妾妃は既に捕らえられ、明日には処刑されるというが、少年は異母弟の方が心配だった。

母親が捕らえられ、きっと心細い思いをしているに違いない。


「母上、北の塔の弟の事が心配です」


「大丈夫よ。お母様がなんとかしますから。さぁ、あなたはもう少しお眠りなさい」


 母親がにっこりと笑ったのを見て、少年は安心して目を閉じた。

優しい母ならば、きっとなんとかしてくれる。そう、信じていた。


 二日後の晩、異母弟は母親の後を追って死んだ──と、いうことになった。

葬儀は無かった。毒を煽って死んだと城の者達は言うが、幼い彼がどうやって毒を手に入れたというのだろう。

少年は怪訝に思って、しかし誰に聞いても、答えは返ってこなかった。



 その事件を皮切りに、少年の周囲では恐ろしいことが起こるようになった。


 少年の視察先に、怪我を負って理性をなくした妖精がけしかけられたり、少年の同じ年に生まれた一月差の異母妹が、妖精に体の右半分を”何か”の代償に持って行かれたり。


 少年の寝室に賊が侵入しかけたり、逃げた賊によって彼の三つ下の弟が殺されたり。


 少年の書類に脅迫状が紛れていたり、それを送った東の塔の妾妃と彼女の息子である、まだ生まれて一年にもならない少年の弟が王族の地位を返上し、実家の領地へ移ったり。


 そうして一人ずつ弟妹が減っていき、少年の他に誰もいなくなった頃──彼の祖母が亡くなった。


 彼女の実家から取り寄せた地産品の中に、毒がある魚が紛れていたと、少年の母は言う。


 誰も少年を害すものがいなくなった時の母親の顔が瞼にこびりついたまま残っていて、今でも忘れられない。


 王は妻の行った事を察したのか、『正妃は重い病のため公務を退く』ということにして、彼女を離宮へ移させた。

 少年は、離宮へ移った母親に会いに行く事はしなかった。

会ったらきっと、弟妹や祖母のことを確かめずにはいられないに違いなかった。

少年は優しかった母親が自分の為に手を汚したのだと、心のどこかで確信していた。


 会いに行けないまま季節が過ぎ、冬を迎えた朝、少年の母は風邪を拗らせて肺炎を患い、息を引き取った。


 母が亡くなった後、少年は父王の後を追いかける事に専念した。父王は政においては堅実な王だった。

政務に追われて家族を顧みることは少なかったが、その分民の声に心を砕き、救いの手を差し伸べた。


 その手が自分達にも差し伸べられてほしかった、なんて──少年は言えなかったし、言う必要もない事だった。


「父上がお忙しくても、大丈夫だ。今度父上や僕に大事なものができたら、僕が守ればいい」


 少年は、欲に走った妾妃達はともかく、幼い弟妹達の事が好きだった。……かつての、優しかった母の事も、大好きだった。

けれど少年は幼く、その手は彼らを守るには小さくて、大事な者たちは次々と手のひらから溢れ落ち──結局、誰もいなくなってしまった。


「今度こそ、この手で守れるように、努力して……強くなってみせる」


 勉学も、剣も、強くなる為なら何だって、一切の妥協をしないと、彼は心に誓った。


 少年は今日も、父の跡を継ぐため、大切なものを守れるようになる為に、励む。

たった一人残ってしまった罪悪感を、抱えながら。




二章のプロローグです。

ついにお兄様と出会えますね!やったー!

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