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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
一章 お姫様にならないといけないんですか?
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あなたをきっと【4】




 エルフリーデは心を決めると、フリートヘルムを振り返る。

静かな彼の濡羽色の瞳をまっすぐ見つめた。


「フリートヘルムさん、私に、身の振り方を教えてください。これ以上、誰かを巻き込まないように。大事なものを護れるように」


「……勿論ですとも」


 フリートヘルムは実力行使で家族を引き離すような状況にならなかった事に内心ホッとしていたが、エルフリーデの悲壮な眼差しに──寧ろ、たった七つの少女に家族を捨てる決心をさせた事の方が残酷だったのだとも、思い知る。

 まだ羽も生え揃わない小鳥を自ら飛び降りさせたような言いようのない罪悪感と、勇気ある雛鳥の決断に、青年の心は動かざるを得なかった。


「私は実のところ、"花の蜜"という希少な存在を損なわれる前に採取しなくては、としか考えておりませんでした。……お恥ずかしい事に、人を人として見ない悪癖があると、部下にも叱られる有様で」


「私、そんなに珍しい存在なのですか?」


「ええ、数十年に一度の存在です」


 フリートヘルムは頷いて、エルフリーデの前に歩み寄り、跪いた。


「しかし、貴女は花の蜜ではあるけれど、同時に、ただの小さな女の子でした。貴女の家族の代わりになれるとは決して思ってはいませんが……貴女のことは、私が責任を持って守りましょう」


 私は優秀ですから、安心してください。と、フリートヘルムはエルフリーデの手を取って微笑んだ。



「メルヴィは諦めないもん!!!」


 茫然と成り行きを眺めていたメルヴィだったが、フリートヘルムが立ち上がると、彼の上着の端を引っ掴んで彼を睨みつけた。


「ぜったい、ぜったいに……! 沢山勉強して、おねえちゃんをイジメるような人達をボコボコにできるぐらい強くなって、一緒にいても文句を言わせない様なステキなおねえさんになって、おねえちゃんから離れないんだから……!!」


 小さな拳で、ポス、ポス、と泣きながらフリートヘルムを殴りつけるメルヴィは、エルフリーデに止められても首を振って、フリートヘルムにしがみつく。


「きっと、おねえちゃんをまもってみせるんだから……!!」


「──感動じゃ!!!」


 突然別の方向から上がった鼻声混じりの声に、みんなが一斉に振り返る。

よよよ、とつぶらな瞳から透明な涙をハタハタと髭にこぼして、サロモンは鼻を啜った。


「隠居した身じゃが、今日からメルヴィ限定で教師復活じゃ! 絶対に、学問塔の奨学生枠を取らせて見せようとも!」


 学問塔は貴族のみならず優秀であればどんな生徒でも受け入れているが、貧しい農村の家に払える様な学費ではない。

そのため、貧しい家の出の子供は、枠数限定の、学費無料で入学できる"奨学生枠"を狙う事になるのだ。


「村長って先生だったの?」


 メルヴィはポカンとサロモンを見つめる。

フリートヘルムはメルヴィの前に膝をついた。


「せめてもの償いです。その時には、私が後見人を務めましょう。血筋としては……貴女は先王の孫娘にあたるのですが、それは名乗らない方が安全でしょう。貴女の両親が許すのであれば、ドレヴァンツが貴女の後ろ盾となります」


 メルヴィは、パチパチと瞬きした。

 五歳児には難しいことばかり言われて、何のことだかさっぱり分からなかったけれど、彼が自分を助けてくれようとしている──それだけは伝わった。

 彼女は小さく頷き、それから自分の両親を振り返る。

娘の旅立ちを予想して、寂しそうに目を細める二人に、メルヴィは思わず駆け寄った。


「メルヴィ、頑張るから! パパとママの分もおねえちゃんを守ってあげられるようになるから、村長に勉強を教えてもらいたい!」


 真剣な表情のメルヴィに、娘の成長を感じたスヴェンは反対できるはずもない。

まだ小さな肩に手を置いて、しっかりと目を合わせた。


「お前が頑張るというなら、パパは反対しない。一度決めたなら、やれるだけやってみなさい」


 マイラは不安そうではあったが、グッとそれを堪えると、メルヴィの頭をそっと撫でた。


「あなたの決めた未来を否定したりしないわ。つらかったら、いつでも言うのよ?」


 うん、と頷いて、メルヴィはキラキラと若草色の瞳を輝かせた。

そして村長の方を向いて、深々とお辞儀した。


「村長! よろしくおねがいします!」


「うむうむ、今日からわしのことはサロモン先生と呼びなさいよ」


 久々にできた教え子に、サロモンはすっかり頬を緩めて、うんうんと頷いた。


 エルフリーデはすっかり呆気にとられてその様子を見ていたが、メルヴィのやる気に満ちた表情を見ると、たった一人で立ち向かっていくつもりだった暗く険しい道のりに小さな星の光が届いたような気がした。

 思わず涙ぐんでしまった事に気づき、慌ててそれを拭うと、エルフリーデは立ち上がったフリートヘルムを見上げた。

彼がその視線に気付き、彼女に目線を合わせると、エルフリーデは少し躊躇った後、口を開いた。


「それで……あの。私はいつ、この村を出なければいけないのでしょうか。きっと長くはいられないんですよね?」


「貴女の影響を鑑みるとその心配はごもっともですが、幸い私は優秀ですので。……数日ですが、貴女の力を抑制することは可能です」


 思いがけない言葉にシェルツ一家は揃って目を丸くする。


「そもそもまだ花祝いを終わらせていらっしゃらないと聞きました。これだけの騒動を引き起こす貴女は間違いなく花の蜜でしょうが、法的にはまだ断定されたわけではありませんので……少なくとも、花祝いを終わらせるまでの時間は差し上げられます」


 ペラペラと建前を並べ立てるフリートヘルムをまじまじと見た後、エルフリーデは心の中で、この人、胡散臭いけど優しい人なんだな、と密かに結論づけた。


「財務塔の官吏達の仕事が終わるのも五日はかかるそうですし、五日後の明朝に出立と考えていただければ」


「お心遣い、ありがとうございます」


 スヴェンとエルフリーデが揃って頭を下げると、礼には及びません、とフリートヘルムは首を横に振った。


「ただ、貴女を何の監視も無く家族と放置するわけにもいきません。──サロモン殿、貴方の館に一家ごと滞在可能な部屋の空きはありますか?」


「こんな片田舎の村長に客などそうそういませんからな、部屋なら余っておるよ」


「では、そこをシェルツ一家のために使わせていただきます」


 残り五日ではあるが、家族と一緒に過ごせる時間が増えた事にホッとして、エルフリーデは両手を握り合わせて感謝した。


「花祝いの準備もあるでしょうし、諸々対策を取らなければいけませんから、早く村へ帰りましょう」


 フリートヘルムが手を叩くと、白馬達が頭をこちらに向けて、静かに馬車を滑らせてくる。

スヴェンが自分の馬車を用意しようと栗毛の馬へ向かおうとするが、フリートヘルムは引き留めた。


「その馬では時間がかかります。その荷車は大きいですから、荷車自体に馬を乗せて、我々の馬車に繋げましょう」


「そんな重いものも引けるの?」


 メルヴィは金色の炎を揺らめかせる大きな白馬と自分たちの荷馬車を見比べて、あんぐりと口を開けた。


「貴女も勉強すれば、これを動かせますよ」


 それを聞いて、メルヴィは爛々とした目で自分の何倍もある大きな馬を見上げた。


「さぁ、皆さん馬車に乗り込んでください。子供達は大人の膝の上に乗ってくださいね」


 馬車の扉を開けると、真っ先にメルヴィが乗り込んで、追いかけるようにマイラが乗り込んだ後、彼女を膝に乗せる。恐る恐るといった様子でスヴェンが馬車に足をかけると、エルフリーデもその後を追って──そういえば、というフリートヘルムの声に振り返った。


「まだ、貴女の名前を聞いていなかった」


 エルフリーデは、あっ、と思い出したように声を上げて、小さく頭を下げた。


「エルフリーデといいます」


「美しい響きですね」


 フリートヘルムは微笑んで、反芻するようにエルフリーデ、と声に出さずに唇を動かした。


「自己紹介の続きは中でしましょう。ここは寒いですから」


 エルフリーデを促し、サロモンが乗り込んだのを確認すると、フリートヘルムは彼の隣に乗り込み、扉を閉める。


 馬車は荷車まで繋がっているというのに軽々と地面から飛び上がると、流れるように寒空を駆けていった。




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