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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
一章 お姫様にならないといけないんですか?
12/59

あなたをきっと【1】





 ──時は少し前に遡る。


 ヴァイデ村に到着したフリートヘルムは気候の狂いに警戒心を抱きながらも、御者のいない精霊仕掛けの馬車を操って村長の館に乗り付けた。

馬達は蹄と足に金の炎を纏い、音も立てずに行儀良く門の前に着地する。


 下働きの厩番うまやばんが馬を休めようと駆け寄ったが、おそらく尋常な馬ではないと一目で察し──どうしたものかと扱いを図りかねていると、馬車から降りたフリートヘルムが馬に構わなくて良い、と彼を下がらせた。

見るからにホッとした様子でうまやに戻っていく厩番と入れ替わりに、ホ、ホ、ホ、と短く笑う老爺の声がした。


「随分と大袈裟なものでおいでになりましたな」


 村長が豊かな顎髭を撫でつけながら館から現れ、馬車へと歩み寄る。

彼は馬の間近で立ち止まると、精霊の力が込められた宝石──精霊石があしらわれた馬具を纏う白馬の巨躯を見上げた。


「なんとも惚れ惚れする馬じゃ。再びこの目で見る事ができるとは」


「メラス教授、お初にお目に掛かります。精霊塔、現塔主、フリートヘルム・ドレヴァンツでごさいます」


 メラス教授と呼ばれ、村長は懐かしそうにまなじりを下げる。


 彼は今でこそ片田舎の村長としてのんびりと余生を過ごしているが、その昔は、長きに渡って官吏を育て上げてきた学問塔の教師だった。

精霊学の教授を束ねる地位に就いていたこともあり、精霊塔に彼を知らない者はいない。

とは言え出世に興味は無く、教師の定年である五十歳を迎えると、精霊塔の誘いを蹴って田舎に引っ込んでしまった変わり者──という逸話までセットで有名な人物であった。


「教授は三十年も前に辞めてしまいましたがね。今はただのサロモン・メラスじゃよ。サロモンでよい」


 隠居した身ではあるが君のことは知っておるよ、とサロモンは茶目っ気たっぷりにウインクする


「飛び級で卒業した挙句に舌を巻くほど優秀な論文を出す生意気な若造がおると、こんな田舎にも評判は届いておりますとも。幾つか読ませてもらったが、精霊塔の主人になるべくしてなったと言わざるを得まい」


「サロモン殿ほどの功績はまだ残せておりません」


「まだ、とは! 成る程、確かになかなか生意気な若人わこうどですわい」


 結構、結構、とサロモン至極愉快そうに肩を震わせ──それで、と本題に入る。


「君は花の蜜を採りに来た蜜蜂じゃったの」


「やはりご存知でしたか」


 報告は受けておりませんが、とフリートヘルムは事務的に表情を固くする。

ピリリとした緊張感を放つ青年を前にして、しかしサロモンは飄々と笑って軽くいなした。


「そう身構えなくとも、単にその子が調子を崩して花祝いができておらんのじゃ。昨日様子を見に行ったら外に出られる程度には良くなっておったから、体調を見て、徴税の役人さんが来るまでには花祝いをせねばならんと言っておりましてなぁ」


「間に合っていないようですが」


「どうやらこの老いぼれめが日程を勘違いしておったようじゃのぉ! ……まぁ、官吏の皆さんは例年通りじゃと視察も兼ねて五日は滞在されますじゃろ? その間にでもと」


 目尻を下げたまま掴み所の無い笑みを浮かべたサロモンに、フリートヘルムはため息をついた。

このまま話していても埒があかない。

彼との話よりも、一刻も早く花の蜜と接触することを優先させなければ、とフリートヘルムは気を取り直して背筋を伸ばす。


「成る程、納得した……ということにしておきましょう」


一先ずは頷いて、フリートヘルムは馬車を振り返る。


「イスモ、マルコ、其方達は村長宅で例年通り通常の業務に入ってください。サロモン殿と私は花の蜜の様子を見て参ります」


 フリートヘルムが声をかけると、バタバタと慌ただしく荷物をまとめる音がして、仕事道具を抱えた官吏たちは急いで馬車を降りた。

 降りてきた二人に執務室の場所を案内するよう下男に申し付けた後、サロモンは、入れ替わりに馬車に入って自分を見下ろすフリートヘルムに肩を竦めてみせた。


「若者はせっかちじゃわい。茶の一つも出させてもらえんとは。せっかく良い茶葉を用意したというのに。奮発したんですがのぉ」


「それはそれは。大変申し訳ありません」


 爽やかな微笑みと共にフリートヘルムは手を差し出す。

なんともふてぶてしいが、若者はこのくらい堂々としている方が先が楽しみか──とサロモンは含み笑いして、青年の手を取って馬車に乗り込む。


「操縦の仕方は分かりますか?」


 自分は道がわかりませんので。と、フリートヘルムは御者席の精霊石を示す。


「これを設計したのは、はて、誰じゃったかのぉ? ……おお、わしじゃ!」


 サロモンは楽しそうに手をわきわきさせると、数十年ぶりに操縦する慣れない感覚にしばし翻弄されるのを楽しんだ。




「シェルツさんやー」


 サロモンは古びた木の扉を叩くが、中からはなんの反応もない。


 シェルツ家に蛇行運転しながらも辿り着いた頃には、短い時間だったというのに、フリートヘルムはすっかり平衡感覚を失ってしまっていた。

こんな事なら道案内だけさせて自分で運転すれば良かった、と激しく後悔して、彼はよろよろと馬車を出ると、家の前のブナの木にぐったりともたれ掛かった。


「おぅい、シェルツさんやー、留守かねー?」


間隔を空けて戸を叩き続けるサロモンを放って、フリートヘルムは背を木に預けたまま素朴な白い漆喰の一軒家と厩を眺め──ふいに違和感に気づき、口を開いた。


「馬がいないようですね」


「おお、そうかね? それじゃあ家族揃って隣町に細工物でも売りに出たのかもしれん。今日はよぉく晴れておるしの」


 フム、と顎を撫でてサロモンが言うが、フリートヘルムは訝しげに眉を寄せ、首を振る。

病み上がりの娘を連れて遠出などするものだろうか? 


「いいえ──そうとは、思えません」


 フリートヘルムはツカツカと家の扉に歩み寄り、扉の前に立つ。

懐から真珠大の精霊石が埋め込まれた木製の鍵を取り出すと、小さくポソポソと何事かを唱え、錠前に差し込む。シュルシュルと鍵穴の中で形を変えたそれは、カチリと言う音を立てて回った。


「便利なものを持っておりますなぁ」


 フリートヘルムは返事の代わりに口の端を上げ、ズカズカと家に入った。


「しかし、君、これを世間一般には不法侵入と言うんじゃよ?」


「私は王に次ぐ政の頂点とも言われる精霊塔の主人ですから。必要と判断すれば、何でもしますよ。これもまた政務の一環です。──もっと率直に言いますと」


 自分に文句を言える人物は王族以外におりません。と、淡々と事実として話す青年に、今時の若もんは怖いのぉ、と老爺は嘆息し、目を瞑ることにした。




「物が少ないですね」


 物色──ではなく、調査が終わると、フリートヘルムは眉を顰め、動き回って滲んだ汗を拭った。


──逃げたか。


 結論付け、これ見よがしに大きく溜息をつくと、フリートヘルムはソファーで我が家のように寛いでいるサロモンを振り返った。


「ご存知でしたね」


「なんのことじゃか。さっぱり分からんですなぁ」


 ゆったりと背もたれに体を預けたままサロモンは小首を傾げる。

フリートヘルムは舌打ちしそうになるのをぐっと堪え、反対に笑みを浮かべてみせた。


「花の蜜は、もうこの家にはいないのでしょう?」


「そうかのぉ? 明日には帰ってくるんじゃないかのぉ」


 のらりくらりと言い逃れるサロモンに、フリートヘルムは早々に問い詰める事を諦めて、必死に頭を回転させる。


 森へ逃げたか? いや、七つの子供──部屋からしておそらく女児──を連れて険しい道をゆくのは難しい。家の中にはもっと幼い娘がいる様子もあった。その子も連れてとなると、さらに道は限られる。空の厩。荷車もない。


「隣町のアイヒェルは人も多く──紛れることは容易、か」


「最初からそう言っておったのに、何を聞いておったんですかのぉ」


 サロモンはわざとらしくやれやれと首を振る。

 フリートヘルムは思わずひくりと顔を引き攣らせた。額に青筋が立ち、眉間にシワが寄る。

 この、クソじじい!と、言ってやりたかったが──彼の矜持がなんとか喉まで迫り上がった罵倒を押し留めた。

──分かっている、この御仁が、わざと自分を怒らせようとしていることくらいは。

 フリートヘルムも、伊達に精霊塔の長をしているわけではない。

王城には腹に一物も二物も抱えているような狸爺たぬきじじいがわんさかいる。そんな連中と、フリートヘルムは若くして対等に渡り合ってきたのだ。

王城に巣食う毒虫と比べれば、サロモンは生優しい方に違いない。

 いや、むしろ──


 フリートヘルムは一度肺の中が空っぽになるほど深く、長く息を吐くと──落ち着きを取り戻した目で、目の前に座る一人の老爺を見つめた。


「貴方は何故、花の蜜の家族に肩入れするのです?」


「同じ村に住む幼児おさなごや若い夫婦を気にかけずして、どうするというんじゃ。わしのような老ぼれには、そのくらいしかやる事がないでの」


「たったそれだけの理由で、貴方程に精霊学に精通した御仁ごじんが、花の蜜の重要性に目を瞑るでしょうか?この国にどれほどの影響があるか、誰よりもご存知でいらっしゃるはず


 一瞬、サロモンの瞳が揺れた。

暁の王国は、妖精や精霊の力を借りて発展を遂げている。

数十年に一度現れる、妖精達の力をより多く引き出す花の蜜──その存在にって国力が大きく変わることは、ここ二十年程の国庫の状況を遡れば、誰にでも分かる事だった。


 先代の花の蜜は没年が分かっていない。二十年ほど前に、王城から失踪したからだ。

そのまま一年もたたないうちに──何の前触れもなく、国中の精霊石の力が弱まった。使えないわけではなかったが、力の効率がおそろしく下がったのである。

精霊石を動力源としたものは多岐に渡り、正確な影響は王城でも把握しきれなかった。

 花の蜜が恐らくどこかで亡くなられたのであろう事は王城の誰もが察するところだったが、国内の重要機密──例えば、兵器や城塞そのもの──にも精霊石は使われているので、花の蜜の死去の事実は厳重に秘匿されてきた。

好機と看做みなした他国に攻め入られては、正に”弱り目に祟り目”だ。それだけは防がなければならない。

 しかし、七年前から急に精霊石の稼働効率が向上してきたので──精霊塔内では、もしや新たな花の蜜が生まれ育っているのでは、と密かに囁かれていた。


「花の蜜がどこかで危険な目に遭い、最悪亡くなられるような事があれば──如何されるおつもりですか」


 サロモンはフリートヘルムの真っ直ぐな瞳から逃れるように目を閉じ、かぶりを振る。


「わしは約束したんじゃよ。る方の御力になって差し上げるとな。こればっかりは……何があろうと、己を曲げられん」


 老爺は握った拳で己の膝を叩き、ゆっくりと目を開いた。

フリートヘルムはサロモンの老いた目に強い光が宿ったのを見て、確信した。

──やはり、この方は花の蜜の一家に深い情がある。


 フリートヘルムは懐から地図を取り出し、サロモンへ突きつける。


「アイヒェルへの道はこの一本だけですか?」


「雪が溶ければ獣道もあるじゃろうが、今整備されておるのはその道だけですな」


 フリートヘルムは地形図に指を滑らせ、ヴァイデ村とアイヒェルの町の間を遮る山間部を指差す。


「この山道は危険です」


 ぴくり、とサロモンは片方の眉を上げた。

話を聞く姿勢に入った彼に、フリートヘルムはそのまま畳み掛ける。


「この村へ来るまで、外は例年通りの厳冬期でした。特に、この山を超えるまでは」


「確かに、昨日の夕方から段々と暖かくなってはおったが」


「おそらく花の蜜の影響でしょう。山の向こうとこちらでこれほど気候の差があることは通常あり得ない。もし……」


「もし?」


 サロモンが続きを促すと、フリートヘルムは一度考えを整理するかのように唇に手を当てて、それからサロモンの目をしっかりと見据えた。


「もし、この村の周囲でのみ、気温が上がってきているのなら……山の雪が崩れる可能性があります」


 ハッと息を飲む音がして、サロモンがつぶらな瞳を見開き、唇を震わせた。


「確かに閣下の仰る通り、木の少ない山の斜面はこの街道に幾つもある。そんな場所で急に気温が上がったりなどしようものなら……雪崩が起きてしもうても……おかしくはない」


「助けに行きましょう」


 間髪入れず、フリートヘルムは言い放って、サロモンに手を伸ばす。


「あなたは花の蜜とその家族を見逃したかったのでしょうが──どうか諦めてください。彼女達の命を守る事こそ、優先すべき事です」


 サロモンは一度目を伏せ、拳を握りしめた後、差し出されたその手を握った。


「あの子達を助けてくれるか?今からでも、間に合うだろうか?」


「間に合いますよ。あなたが設計した、あの馬車ならば。──それから、この魔改造した精霊石があれば」


 懐から卵ほどの大きさの毒々しく光る石が埋め込まれたブローチを取り出して、フリートヘルムは得意げに笑いかけた。





ようやく物語が動き始めた感がありますね。

出会いと別れのパートに入ります。

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