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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
一章 お姫様にならないといけないんですか?
11/59

ヴァイデ村の四人家族【5】

 栗毛の馬が、古びた荷車をゴトゴトと音を立てながら引いていく。

荷車には天幕が張られ、中は見えない。

馬を操るのは大柄な男が一人。

一纏めに縛られた亜麻色の髪が、馬車の動きに合わせて揺れている。


 容易に山を超えられるよう、山の中腹のなだらかな斜面の部分を選んで敷かれた道は、ヴァイデ村とその隣町、アイヒェルを繋ぐ唯一の街道だ。


 アイヒェルの街は冬の間でも人の出入りがある商人の町で、ヴァイデ村からも定期的に細工物を売りにいく村人が絶えないため、街道は馬車が通れるように雪掻きがされている。

と言っても、昨日からヴァイデ村周辺では雪が止んでおり、今朝は荷車や馬が滑らないように溶けかかった雪を道の脇に除けるだけで済んだようだ。

この時期は雪が深い時期の為、例年通り雪掻きに雇われた男達は早々にやる事がなくなってしまい、街道の管理小屋で酒を飲んで隙を潰していた。


 その管理小屋を、荷馬車が通り過ぎた。

誰も気に留めることなく、カポカポと蹄の音が鳴り、遠のいていく。

下り坂に差し掛かって、荷車が滑らないように馬車を操る男──スヴェンは、馬の歩みを緩めた。


「ねぇパパー! あとどのくらいで着く?」


「五回目だぞ、メルヴィ」


 天幕から御者の座席に身を乗り出すメルヴィに、何回聞くつもりだ、とスヴェンは苦笑する。

呆れたような声に、メルヴィは鈴が転がるような笑い声を返した。


「十回まではセーフだもの」


「どんなルールだそりゃ」


 スヴェンはくっくっと喉を震わせて苦笑する。

 子供は飽きるのも早い。一時間に一回は今はどのあたりだ、とか、まだつかないのか、と騒ぐので、たまに休憩しては気を逸らせてやらなければならない。


「メルヴィ、お利口にしてなきゃクヌートは連れて行けないって言われてましたよね?」


 エルフリーデはメルヴィのお気に入りの白い熊のクヌートを両手で顔の前に抱き上げ、裏声で「イイコニシテ!」と言いながらゆらゆら揺らした。

熊の動きに合わせてエルフリーデの背中の辺りまで伸びた薔薇色の髪も揺れる。


「してるもん!」


「ホントカナ?」


「してるったらしてる!」


「ホントのホントカナ?」


 エルフリーデがペチペチとクヌートの腕を操ってメルヴィの二つに結えられた髪を弄ぶと、移動の片手間に細工物を作りながら二人を眺めていたマイラは手を止めてクスクスと笑った。


「あんまりはしゃいでると、汗かいて風邪ひいちゃうわよ、二人とも。今日はあったかいんだから」


 マイラの言う通り、雪に備えて着込んでいるのもあって、あんまり動き回ると汗をかいてしまいそうだった。


 エルフリーデはメルヴィにクヌートを返すと、落ちないように荷馬車の乗り口のところまで這って行く。

気を付けて、と声をかけるマイラに大丈夫ですよと返して、エルフリーデは白銀の世界に目を凝らした。


 履いた息が白く変わって通り過ぎた道の向こうで消えていく。

雪と同じ色の狐が盛り上がった雪の下から顔を出し、こちらの様子を伺いつつ、雪を散らしながら斜面を駆け下りていった。


「ねぇ見てください、メルヴィ! 狐が走ってますよ!」


 エルフリーデが手招きすると、セカセカと素早い動きで這いながら、メルヴィは彼女の隣を陣取り、ひょっこりと外を覗く。


「ほんとだー! あっ! 鹿もいるよ!!」


「わ、ツノがありますね!」


 この辺りは急な斜面に岩がそそり立っており、その岩の上を鹿が見事なバランス感覚で駆けてゆく。

疎らに伸びる針葉樹の枝からはリスが駆け下りて行くのも見えた。


 エルフリーデはふさふさとした尻尾が枝を伝い、幹を下り、雪に落下すると斜面を下ってゆくのを見て、ふと、何か記憶の片隅に引っかかる何かがあるような気がして、リスの消えていった方角を目で追う。


『エルフリーデ、冬の終わりの山には気を付けなさい。氷の精霊が旅立った後の山の雪は、容易に──』


 遠いところで、誰かが教えてくれた事が頭を過った。

誰の言葉だったのか考える前に視線が動く。

鹿が消えた岩場から、見上げるようにして斜面の急な山の斜面を凝視した。

白い雪が斜面に厚く積もっていて、そして──


「裂け目が」


 無意識に口をついた言葉に反応したのは、スヴェンだった。

裂け目がいくつも斜面にできている事を見てとると、ハッと息を呑み、危険な場所を一刻も早く通り過ぎようと馬を急かしたが──遅かった。


 ゴオ、と雪が転がり、舞い上がり、轟音と共に雪の塊が滑り落ちてくる。

驚いた馬が嘶き、暴れると、古い荷車は大きく揺れ、中にいた3人は必死に荷車の柱にしがみつく。


──その拍子に、メルヴィの手から離れたクヌートが宙を舞った。


 エルフリーデは目の端に放り出される白い熊を捉える。


『……メルヴィの、一番だいじな宝物なの』


朝、そう言って笑ったメルヴィの声と、クヌートを抱きしめるメルヴィの笑顔が脳裏に過り──エルフリーデは、とっさにその手を伸ばした。


 ぬいぐるみの腕をはっしと掴み取ると、しかし、そのまま勢いを殺せなかった。

エルフリーデの体は飛ぶように荷馬車から投げ出された。


「───!!」


 誰かの声にならない悲鳴がエルフリーデの耳に届いたが、誰の声か確かめる前に、昨日の雪掻きで道の外に積み上げられた雪の中に、背中から不時着してしまう。

痛みに耐えながら慌てて雪から体を起こすと、朦々と舞い上がる雪煙と、荷馬車に迫り来る雪塊が目に飛び込んで──エルフリーデは無我夢中でその手を伸ばした。


「うそ、いや……っ!」


 間に合うはずがない、間に合ったとして、何ができると言うのか。

そんな事を考えられるはずもなく、エルフリーデはクヌートを抱えたまま雪崩に巻き込まれかける荷馬車に向かってがむしゃらに走り、片手を伸ばし、あたりまえにその指は、空を掻く。

溶けかけた雪と混じった泥に足を取られ、エルフリーデは滑って前のめりに地面に叩きつけられる。


「う……ま、まって……」


 拳を握り、起き上がろうとして、膝が震えた。

エルフリーデは握り締めた手で地面を叩いて、力の限り懇願する。


「止まってぇ───ッ!!!!」




 絶叫した、その瞬間。


 響き渡る轟音が、止まった。




 数秒──エルフリーデにとっては永遠にも近いように感じた静寂の後、震える声が、不気味なほどしんと静まり返った山道に響いた。


「どうなって……いるんだ?」


 スヴェンの声に、エルフリーデはゆっくりと顔を上げる。


 まず目に飛び込んだのは荷馬車のたった三十センチ手前で壁のように積み上がったように見える雪壁だった。

雪煙も、斜面を転がる雪玉もすべて雪の壁に吸収されて、雪崩はすっかり動きを止めていた。


 スヴェンが呆気に取られながらも馬を落ち着かせていると、恐る恐るメルヴィとマイラが天幕から顔を出した。

雪壁に変わった雪崩にヒッと小さく悲鳴を漏らし、唖然とする。


「お父さん、お母さん、メルヴィ」


 エルフリーデが掠れる声で呼びかけると、三人は我に返ってエルフリーデを振り返り、泥濘む地面に足を取られ、滑りながらもエルフリーデの元へ駆け寄った。


「メルヴィ、クヌート無事でしたよ」


 駆け寄ったメルヴィに、ほら、としっかり抱えていたクヌートを差し出すと、彼女は震える手をグッと握り締めたあと、クヌートごと力いっぱいエルフリーデを抱きしめて、わんわんと泣き叫んだ。

一瞬呆然とした後、エルフリーデもつられてまなじりに涙が滲み、ポロポロと涙を零した。


「よかった、みんなが無事でほんとに、よかったです」


「良かったもんか! 馬車から落ちて、怪我は無いのか!?」


 スヴェンはエルフリーデを立たせて手足を曲げ伸ばしさせ、どこも折れていない事を確認して、ようやく盛大に息を吐いた。

潤んだ目で改めてエルフリーデを見ると、彼は震える手を娘達に広げる。


「無事で本当に──よかった」


 スヴェンはメルヴィごとエルフリーデを抱きしめた。

マイラも涙ぐんでそれに加わると、四人はしばらく抱きしめ合う。

誰の命も欠けなかったことが、奇跡のようだった。




「そういえば、エルフリーデ、あなたがこれを……?」


 マイラが恐る恐る雪の塊を指差すと、エルフリーデは首を傾げ──しかし、甲高い雄鶏のような声が、それを嗤った。


「雪崩を止めるナンテサ。お嬢ちゃんにできるモンかね! お嬢ちゃんは"お願い"してくれたダケサヨ」


 雄鶏のような声、ではなく、まごう事なき雄鶏が、コケコケと笑いながら答える。

真っ白な羽に覆われ、銀の鶏冠が細かい動きに合わせて震える。

クチバシが言葉に合わせて動くのを見て、四人は陸に上がった魚のようにパクパクと口を開け、絶句した。


「妖精……それも、時の妖精……なのか?」


 なんとかスヴェンが言葉を絞り出すと、長い銀の尾羽を引き摺りながら、ひょこひょこと歩み寄る。

動きもまさに鶏のそれではあったが、頭を上下に振りながら喉を鳴らして笑うその鳥は、間違いなく妖精に他ならなかった。


「ティターニア様の末息子が溺愛した"花の蜜"がヒトの里に戻ったッテェ聞いチャァいたがヨォ。帰るなり死にかけるなんザ、かぁいそうニナァ……一緒に木漏れ日の向こうへ帰るカイ?」


 真っ黒なコガネムシのように光る鶏の瞳に見据えられ、エルフリーデは思わず身震いしてマイラにしがみついた。

マイラが背に庇うようにエルフリーデを妖精から隠すと、雄鶏は愉快そうに嘴の下のぶら下がっている銀色の肉髯にくぜんを揺らした。


「おヤァ、冗談だヨォ。女王様に叱られちまうサネ」


「では、あなたの望みは何ですか」


 マイラは丁寧な口調で、しかし眼光を鋭くして、妖精を見据えた。

強い警戒心を隠そうともしない彼女を、時の雄鶏は嘲笑する。


「そりゃアもちろん、大きな隣人に手を貸してやったノサ。代償を貰わニャな? ソレがこの世の掟ってモンサ。かぁいいかぁいい"蜜"の願いでも、ナァ?」


 雄鶏は首を高くもたげて、マイラの肩の向うから雄鶏を覗き見るエルフリーデに殊更優しく笑いかけた。


「ナァ、何をくれるんダイ? お嬢ちゃん」





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