六、 1996.07
リクルートスーツで麹町。日テレ通りにはしっかり、日本テレビのビルがある。
なるほど、今回は90年代のようだ。
この格好でこの通りを歩いたことは一度しかない。それはつまり、このあと30年に渡って親交を深めることになる鈴本氏の広告制作会社、株式会社コスモスに面接に行く途中ということだ。この時の俺は確か25歳。面接ということは今は7月で、この年の3月末で前の会社を退職していた。
親父の借金が発覚し、紆余曲折を経て大学を中退、その後広告業界に入ろうと思い、デザイナー志望で小さな代理店に入ってみたら営業職に回された。それはそれで中々によくわからない状況ではあったが、そこでの営業内容といえば、社長がコネで取ってきていたゼネコン絡みの広告の御用聞きと、社長の母親が主催する謎の新興宗教団体の会誌の納品くらいのものだった。営業のえの字も分からず、そもそも何をしていいのか悪いのかもはっきりしないまま、お使いクエストを一年以上も繰り返して消耗しきった俺は、年度末の決算で昇給がないことを知り、退職届を叩きつけて円満に退職した。
そもそも高校卒業後の進路を決めるあたりで怪しい雰囲気は出ていたのだ。両親はそれを一切口には出さなかったが、夜な夜な繰り返される険悪な会話、時折聞こえる母親のヒステリックな怒鳴り声、どんどん無口になっていく父親を見ている内に否応なく気付かされたというのが正しいだろう。そんな状態でよくもまぁ俺に大学に行けだのなんだのと居丈高に吠えたものだと当時は半ば呆れていたが、子供を持つ今となっては気持ちは分からなくはない。要は、何者でもない自分の子供が何かを持っているとは思えず、だとしたら学歴くらい持っておけということだったのだろう。当時はまだ大学進学率が半分あるかどうかくらいで、高卒から就職することも普通だった。色々面倒くさくなっていた俺は、当時の地獄の倍率を誇る大学受験を回避し、勝手に就職をしたわけだが……まぁそれは今はいいか。その辺の記憶はしっかりある。いずれ泡を割ることもあるだろう。
ともあれ、今は面接だ。ずるずると思いを馳せているうちに〝おれ〟は株式会社コスモスの小さな事務所の前に立っていた。
コンビニか何かの居抜きなのだろうか、前面ガラスの開けた事務所で、扉は手動で押し開くタイプだ。考えてみたら立地的にもデザイン会社兼カフェみたいにしてしまえばそれなりに稼げたんじゃないかとも思うが、この頃にそんな頭があるわけもない。大体これから面接というところで、それどころではないのだ。
ドアを開けると、中にいる社員がこちらを向く。小柄で小太りな中年男性だ。確かこの人は営業さんだった気がする。
「すみません、本日面接で伺った中里と申しますが」
「あ、はいはい、じゃあこちらにお座りくださいね。――社長、面接の方来られましたよ」
「……はーい」
懐かしい、低いしゃがれ声がした。やがて現れた社長は、小柄で痩せているが、やたら迫力というか覇気というか、そういうオーラを纏った、いかにも叩き上げのプロといった風情のおっさんである。
――この人、喧嘩慣れしてそうだな。
当時、いまだ不良癖の抜けない、というか、当時、格闘技を引退したばかりの俺の悪い癖が出る。目の前の人間を〝そういう目で〟値踏みしてしまうのだ。それなりに場数は踏んできたので、その目には多少自信があるのだがそんな俺が見たおっさんは〝決して自分から負けを認めないタイプ〟、つまり俺と同類の匂いがプンプンしていた。
面接が始まった。先ほどの営業さんは外回りに出ている。持参した履歴書と制作物を見ながらの通りいっぺんのやりとりが終わり、社長――鈴本氏がおもむろに煙草に火を点ける。
「あ、中里君は煙草大丈夫かな」
「はい、私も喫煙者なので」
「じゃあちょっと一服しようか。今日は嫌煙派の社員が休みを取っててね、吸い放題だ」
そう笑ってガラス製の重たい灰皿を出してくる。おれも失礼して懐から煙草を取り出し、火を点けた。
「だいぶいいガタイしてるねえ」
「あ、はい。15から去年まで古武術――柔術をやってまして」
「ほう。どうして辞めたの?」
「試合で腰を壊してしまったんです。半月立てませんでした。それから、ちょっと無茶すると激痛が走るようになっちゃって」
「大変だなあ。この仕事、結構椅子に長いこと座るけど大丈夫かな」
「ああ、そこは問題ないと思います」
「――なるほど」
社長が吸っていた煙草を揉み消し、次を出すために箱をとんとんと指で叩く。出てきた煙草を咥えると、今度はおれが持ってきた制作物を見ながら言った。
「デザイン経験一年以上ってことだけど……」
「はい、正確には一年弱といったところですが……」
応えるおれに目を向けた社長がニヤッと笑う。
「……嘘だろ」
「えっ!?」
心臓を握り込まれた様な痛みが走った。
社長が続ける。
「君が持ってきてくれたのはこれ、クリスマスカードだよな。なるほど、確かにイラストレーターは使えるみたいだが――デザインとしちゃ素人もいいところだ」
動悸が止まらない。
確かにおれは、デザイナーとしての経験がない。持ち込んだものも、前の会社で仲良くなったデザイナーに指導を受けながらでっち上げたものだ。だが、若手とはいえ仮にもプロのデザイナーがOKを出したものを、こうも早く看破出来るものなのだろうか。
だが、俺はこの時、どうしても〝制作側〟になりたかった。なぜなら、これまで俺が置かれてきた環境の中で関わってきた大人は全て〝何かを作り出すことで飯を食っている人達〟だったからだ。建築士だった親父、大工や材木屋の親戚。近所には画家や彫刻家、ピアノの先生や石材屋。なんなら、この面接を受けている時点で〝商社〟が何をする会社なのかすら知らなかった。
つまり〝おれ〟に取って、何かを作り出すことは生きていく上で当たり前のことで、それ以外の稼ぎ方を全く知らなかったのだ。営業で芽が出なかったのも当たり前である。
そしてそんな自分に気づいたのもまた、この時なのだった。
「……すみません。おっしゃる通りです」
「…………くっ」
「?」
てっきり怒鳴りつけられるかと思っていた。ダメならダメで仕方がないとも考えていた。
だが、ここまででおれは、社長のことが気に入っていた。ここで仕事がしたいと思ってしまった。
だから、社長が俺の返事で爆笑した意味が、よく分からなかった。
「あーっはっはっはっはっはっ!! いや、そうかそうか。やっぱりかあ!」
「申し訳ありません」
「いやいや、はっはっは。……ちょっと教えてくれ。どうして嘘まで付いて入社しようとした?」
そこで俺は、さっき思ったことをそのまま話した。物を作ること以外で食っていく方法が分からない。そう伝えると社長は、真面目な顔になって言った。
「なあ、中里君。――広告の仕事ってのは、創作ではないよ。それは理解しているかい」
「――はい。顧客の要求に応え、満足してもらえる広告を作ること、だと思っています」
「そうだねえ。とりあえずそれだと50点だが、大事なことは分かってるみたいだな。オーケー、分かった。今この場では合否を出すことは出来ないが、これだけ覚えておいてくれ」
「はい」
「うちで働いたとして、三年。三年以内に一人前になること。それが出来なかったらそこで終わりだ。その代わり、それが達成出来るだけの仕事量はやってもらう。三百六十五日24時間、飯の時も寝る時も、それこそ女を抱いてる時も常にデザインのことを考える。それが出来るなら前向きに検討しよう」
後に聞いた話だが、この時点で彼は、俺を採用すると決めていたそうだ。決め手は〝いい度胸をしているから〟。そして、俺の話し方が、相手に理解してもらおうとする気概が見えたから。
温情採用もいい所だが、このおかげで俺はどうにか〝制作者〟としてデザイン業界に足を踏み入れることになったのだった。
――――
懐かしく、痛い記憶だ。だがこれは、今の俺を形作る上で最も重要な記憶の一つでもある。ここで採用されなかったら、そもそもこの会社の募集を見てなかったら。
俺の人生の半分以上は、全く別の形になっていただろう。
俺は今辿ったばかりの記憶を噛みしめながら、漂ってきた次のシャボンに手を触れた。
――それは俺の記憶で最大の黒歴史を包み込んだ泡だった。




