四、 1986.04 ②
翌日、朝。
〝おれ〟こと高校時代の俺は一年6組、一番廊下側の後ろから2番目、つまり自分の席に座っていた。
記憶というのは便利なもので、ほんの数秒前まで、おれは高校からの帰り道、自転車に乗って何やら想いに耽っていた筈だった。そこから翌日の朝までシーンが飛ぶということはつまり、その間の出来事は覚えていない、ということなのだろう。また一つ、この観劇のルールを見つけてしまった。
で、今この時間帯の記憶があるということはつまり、ここで何かしらの事件が起きるということ……来たか。
「しっつれいしまーす。一年6組の中里君は来てますかあー?」
ああ。そうか。
〝こいつら〟とはここで初お目見えになるのか。
入ってきたのは二年生の二人組だった。スリッパの色は紺色である。
「え、また中里?」
「あの人目立ちすぎてる?」
「そんな感じしないけど……」
周りのひそひそ声が喧しい。誰かが言った通り、俺はこれまで目立たない様、大人しく学校生活をしていたはずで、これから三年間、当たり障りのない毎日を送る、はずだったのだ。昼間は。
それがまさか、入学して十日も経たずに上級生から呼び出しされるまで知られるとは。
「……おれっすよ」
本当に来るとは思わなかった、というのが正直なところだ。入学したての後輩を呼び出したら、逆にそっちから来いと返された。それは彼らの自尊心を傷つけ、出来れば今後相手にしないという選択肢を取って欲しいという願望だったが、見事にひっくり返されてしまった。
しかも襲撃してきたのは、朝。最悪来るとすれば放課後だろうと、確かこの時の〝おれ〟は考えていたはずだ。なので学校が終わったら、なんならホームルームをバックれて帰るつもりだったのだ。何しろ、相手のセンパイは何人いるのかわからない。その目的も、皆目見当がつかない。
そんな状態で、丸腰でいる訳にはいかない。何よりこの状況が面倒くさくてしょうがない。
そう思っていたら、彼らはその一枚上、朝っぱらに襲撃してくるという荒技を披露してきたのだった。
「……んどくせぇ」
「おまえ、合田に〝お前らが来いと伝えろ〟って言ったらしいな」
「はあ」
「あいつ、怒りと焦りで興奮しすぎて、最初何言ってるか分かんなかったよ」
「そうすか。んで、センパイ方はどこの誰っすか」
「おいおい、こいつ本当に一年坊か? めっちゃ落ち着いてるじゃん」
〝おれ〟がここまで落ち着いているのには理由があった。この二人、確かに上級生らしい佇まいではあるのだが、二人揃って俺よりやや背が低く、体格も痩せ型で、何かあっても切り抜けられると踏んだからである。
「で、誰なんすか。もう予鈴鳴りますよ」
「二年の岩屋と義家だ」
「今日授業が終わったら放送室に来い。場所分かるよな?」
「断ります」
「断る権利はねえんだよ。いいから来い」
「そこで俺らがお前を見つけた理由も教えてやるよ」
「はぁ……」
この時、おれは心の底から〝こいつら何言ってんだあほか〟と思っていた。
「別に教えてもらわんでいいっすよ。めんどくせぇ。それにわざわざ罠にハマりにいく馬鹿いねえでしょ。違いますか」
「そんなことしてねえよ。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」
「なんすか。ちょっとなら今ここでもいいでしょ。これで終わりにしてくれるんなら答えますよ」
「……入学式の時、お前どんな態度だったか覚えてるか」
「は?」
「お前、椅子にだらっと座って腕組みして、ずっと前睨んでただろ」
「覚えてねえっすね。それがどうかしたんすか」
「その態度がおもしれえって俺らの中で話しててよ。どんなやつか調べろってことで、合田に調べさせたんだよ。……そしたらお前」
あ。
中学時代をほじくり返されてたとしたらやばいな。折角誰も受けない高校を選んだのに、バレちまったら元も子もない。
「……分かりましたよ。放課後、放送室に行きゃいいんすね」
「急に素直になったな。じゃ、待ってるからよ」
それだけ言って立ち去ろうとする二人の背中に、おれは尋ねる。
「とりあえずステゴロタイマンってことでいいんすかね。学校で派手な戦争出来ねえですよね」
「タイマン? ばぁか、喧嘩じゃねえよ」
「おっかねえ眼するんじゃねえよ。ま、放課後待ってるからな」
そう言って去った二人と入れ違いになるように予鈴が鳴った。
――めんどくせえ……。
あの様子だと、今日無視したところでまた現れるだろう。厄介極まりないが、喧嘩にしろ話し合いにしろ、今日のうちにカタをつけてしまうのが一番だと思うことにした。
そして、放課後。
仕方なく放送室を訪れたおれを待っていたのは、全く予想外の展開だった。




