その眼差しは戦士のように
一分、二分程度で到着したのは、コンクリート造り五階建ての箱型建築。
宇宙基地のようだった魔法技術研究所や、スタイリッシュな雰囲気のあった魔獣対策省の庁舎と比べると、何処か刑務所を思わせる無骨な外観だ。
その大きさは研究所や庁舎を超えており、ちょっとした商業施設くらいはありそう。
寮にしては異様だが、
「こちらが魔防隊大島本部、並びに関係者寮です」
どうやら魔防隊の本部も兼ねているらしい。
いや、だとしても大きいな。
建物へ足を踏み入れると、広がっていたのは冷たい外観とは打って変わり、白を基調としたシックなロビー。
まるでホテルのエントランスのような、高級感漂う内装だ。
まぁユイはホテルなど泊まったことがないのだが。
「寮室は三階と四階。五階は魔防隊の事務所となっており、それ以外の階は各種必要施設が取り揃えられています」
「必要施設?」
「はい。運動場やトレーニングジム、食堂に大浴場、アミューズメントセンターからシアタールームまで、魔防隊の隊員の方々は全て自由にお使い頂けますので」
その雰囲気に圧倒されながらエレベーターで四階へと上がり、ズラリと扉が並んだ廊下を進んでゆく。
「この四〇七号室がユイさんの部屋です。こちらが鍵となっておりまして、腕に装着してドアノブ上部のスキャナーへ翳して頂くと、登録済みの生体情報との照合で扉が解錠されます」
部屋の前で渡されたのは、腕時計のようなベルトに小さな端末が付随したウェアラブルデバイス。
生体情報の登録なんてした覚えがないが、一旦忘れておこう。
「…ハイテクですね」
「衣服や新しい身分証など、必要な物品は既に部屋にご用意しております。事務所の方の案内は明日の午前十時頃にお伺いしますので、それまでごゆっくりとお休み下さい。何か問題がございましたら、部屋の固定電話からロビーへ連絡をお願いします」
「はい。ありがとうございました」
咲を見送り部屋へ入ると、間取りは広々としたワンルーム。
備え付けのシステムキッチンとユニットバスに加え、冷蔵庫や洗濯機といった家電製品、クローゼットからベッドまで家具も一式揃っているよう。
同じワンルームでも、ユイが先日まで暮らしていたボロアパートとは天と地の差だ。
そして部屋の中心のデスクには、綺麗に袋で包まれたサンドイッチが二つ置かれていた。
よく見る耳の無い食パン二枚で具を挟んだタイプではなく、|某サンドイッチチェーン店《サブ●ェイ》などで売られているような、所謂サブマリンサンドイッチ呼ばれる類。
夕飯に、ってことかな?
袋から漂う香ばしい小麦の香りに、ユイのお腹がクゥと鳴る。
やっと落ち着ける場所で一人になったことで気が緩み、これまで紛れていた空腹感が一気に押し寄せて来た。
何せ病院で目を覚ましてから、飲み物しか口にしていない。
キッチンへ足を運び、備え付けの食器棚からコップを一つ取り出して水を汲もうとしたところで、ふと隣の冷蔵庫に意識が向く。
その扉を開けば、中にはジュースとお茶のペットボトルが数本。
「おぉ!」
ユイはその中からジンジャーエールを選んで戻り、お待ちかねのサンドイッチの袋へ手を伸ばした。
一つ目のサンドイッチは、分厚いベーコンにレタスとオニオンがこれでもかと挟まれ、塩胡椒で味付けされたモノ。
思い切り齧り付けば、口一杯に広がる強い燻製肉の脂と瑞々しい野菜の食感。
もぐもぐとそれを味わい尽くして呑み込めば、空きっ腹を幸福感がみたしてゆく。
冷えたジンジャーエールを喉へ流し込んで、すっきりとした甘辛さと炭酸の刺激に口をリセット。
そうしてベーコンサンドは瞬く間に、ユイの胃の中へと収められる。
すぐに次の袋へ手を伸ばせば、こちらはチーズと生ハムにレタス、そしてビネガーの振りかけられたサンドイッチだった。
見事にマッチした生ハムの塩気と濃厚なチーズ、そして野菜に絡んだビネガーが味を引き締めており、これまた癖になる。
こちらもまた一心不乱に頬張り、二つのサンドイッチはあっという間に机の上から姿を消した。
背もたれに寄り掛かったユイは、残りのジンジャーエールを飲み干して、洗面所へ向かう。
「もしかして歯ブラシとかも…あったりするんだね」
洗面所には歯ブラシにコップ、ドライヤーに何やら保湿液のようなボトルまで完備されていた。
正に至れり尽くせりである。
視線を上げると、曇り一つない鏡には見慣れない少女の顔。
だが間違いなく自分のモノだと分かるくらいには面影が残っており、もし妹がいたらこんな感じなんだろうな、といった感じだ。
身長は百六十弱といったところか。
若干縮んでいるよう。
自分と分かっていても凝視するのは何やら気恥ずかしい。
さっさと歯磨きを済ませ、それから、意識しないようにしていた最大の問題と対面する。
そう、それはお風呂だ。
病院で意識を失っていた数日間、そして魔法の検査でもユイはかなり汗をかいた。
シャワーを浴びない、という選択肢はない。
が、つまりそれは変化した自らの身体と向き合う、ということに他ならず。
ボディーソープにシャンプー、洗顔にボディータオルまで一式揃えられた浴室。
その開いた扉の前に立つユイの眼差しは、さながら覚悟を決めた戦士が如きモノであったことだろう。
そうして最大の戦いを終え、身体の変化とも少しだけ折り合いを付けたユイは、部屋へと戻りクローゼットの扉を開ける。
中にはハンガーパイプと引き出し棚が二段。
ハンガーパイプに掛けられていたのは、肌触りの良いTシャツが二枚に薄手のパーカー、それからスウェットパンツとショートパンツが一枚ずつ。
おそらく部屋着をも兼ねたカジュアルな服として用意されたモノだろう。
下の棚を引き出すと、上の段には肌着類、下の段にはインナーと靴下が仕舞われていた。
湧き上がる引け目を振り払い、手に取ったのは紺色無地のショーツとスポーツブラ。
「これならまぁ、か?」
これだけ飾り気の無いモノであれば、抵抗も薄い。
激戦を制したユイにとっては、もはやそよ風のようなものだ。
ショーツとスウェットパンツを履き、四苦八苦しながら慣れないブラを身に着け、Tシャツを被った。
ドライヤーで少し長くなった髪を乾かし、ベッドへとダイブ。
「フカフカだ……」
枕に顔を埋めそう呟く。
十九年間ずっとうっすい敷布団で寝ていた身からすると、これだけでも夢のような体験だ。
そして怒涛の一日の疲れからか、ユイはすぐに睡魔に誘われ夢の中へと落ちて行った。
面白かったらブックマーク、評価等を頂けると幸いです。




