布面積の問題
心地良い微睡みの中、ゆっくりと意識が覚醒する。
グーっと伸びをして体を起こしたユイは見慣れない小綺麗な部屋に一瞬だけポカンとしてから、すぐに昨日のことを思い出した。
病院で目を覚まし魔法少女になっていることを告げられ、魔獣対策大臣の元で魔防隊への入隊を決めた後、魔法の検査まで行なった怒涛の一日。
自分の姿を見下ろせば、Tシャツの胸部には膨らみが二つ。
「やっぱり、夢じゃなかったんだ……」
何処かまだ現実味の無い気分のままだ。
グッと伸びをして枕の上のカーテンを開けば、分厚いすりガラス越しに差し込む朝の日差し。
窓が不透明なすりガラスなのは、魔法少女の個人情報を最大限保護するためといったところだろうか。
それから時計に目をやれば、針が指すのは十一時四十五分過ぎ。
「うぇ?」
十二時間以上グッスリと寝こけていたらしい。
昨日一日で余程疲れが溜まったのか、退院したばかりで体力が回復していなかったのか。
不味い!
そこで寝起きの思考も動き始め、咲が訪ねて来ると言っていた時刻まで、十五分もない事実に気付いた。
慌ててベッドから降りたユイは、とりあえずトイレへと直行して起き掛けの尿意に片を付け、洗面台で軽く顔を洗い歯磨きを済ませる。
そこで、ピーンポーンと部屋に鳴り響く時間切れのインターホン。
ユイが「はい!」と玄関の扉を開ければ、そこには昨日と変わらずピシリとスーツを着込んだ咲が立っていた。
昨日と異なるのは、その手に握られた紙袋がくらい。
「おはようございます、ユイさん」
彼女は相変わらずの丁寧さで、そう深々と頭を下げる。
「お、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。それからこちらのインターホンなのですが、部屋にモニターがありますので、来客時は扉を開ける前にそちらで対応して頂けると。この本部自体頑強なセキュリティに守られているとはいえ、万が一ということもありますので」
「はぁ、なるほど」
ユイが住んでいたアパートのインターホンは音が鳴るだけで会話機能すらなかったため、何の迷いもなく扉を開けてしまったが、確かに魔法少女の世間的な立場を考えると少々不用心だったかもしれない。
「こちら魔防隊の制服となりますので、まずは着替えをお願いしてもよろしいでしょうか」
と、差し出される紙袋。
「分かりました。すぐに」
袋を受け取り部屋へ引っ込み、中から制服を取り出す。
それは膝丈のコルセットワンピースとジャケット、ショートブーツのセットが二つ。
全体的にゴシック風なデザインに、近世の軍服を思わせるような意匠。
まだ男として自認の残るユイが着るには若干…いや、かなり心理的ハードルを感じるタイプの服だ。
明け透けに言えば、コスプレ感が強い。
しかし、外に咲を待たせている以上、ダラダラと迷っている時間も無い。
渋面で制服と十秒ほど睨めっこした後、心を無にして着替えを済ませる。
「…足がスース―する」
特に太腿あたりが非常に落ち着かない。
何か無いかとクローゼットの棚を探ると、目に付いたのは黒いタイツ。
素足のままか、それを履くか。
どちらにも抵抗感はあるものの、ユイは僅差で後者の方がマシと判断を下した。
そうしてドッと気疲れに襲われながらも何とか着替えを済ませ、ブーツを履いて再度玄関の扉を開ける。
「お待たせしました」
「サイズは大丈夫そうですね。お似合いですよ」
「…ありがとうございます」
嬉しくはない。
「次に連絡用端末をお渡ししますね。私とクルミ博士、それから松井先生の連絡先は既に登録してありますので」
渡されたのは折り畳み型の携帯電話。
バイトをするにあたり、連絡手段として店長から借りていたため使い方は完璧だ。
「最後に隊員証と徽章です」
そして革のカバーに仕舞われた身分証と金属製の徽章。
「隊員証は身分証としても利用可能なので可能な限り持ち歩いて頂けると良いかと。徽章は制服の胸元に着用して下さい」
樹脂素材製の身分証には上部に顔写真、下部に"魔防隊大島本部第二課/三等魔導尉"と記載されている。
特出すべきは名前が記載されていないこと。
例の魔法少女の個人情報の保護、というやつだろう。
「あの、この三等魔導尉というのは所謂階級的なアレですか?」
「はい。魔防隊員は尉官と佐官がそれぞれ三等から一等までと、その上の特等独立魔導官の七つの階級に分けられます」
つまり三等魔導尉は一番下っ端だ。
入隊したばかりだし当たり前だよな、と納得するユイは、そも尉官自体が自衛隊や各国軍隊であれば幹部として扱われる階級であることは知らない。
「じゃあこっちの第二課は…」
「魔防隊では二十四時間事態に対応出来るよう、それぞれの部署に四つの課室が設置されておりまして。第二課はユイさんの配属先ですね」
つまり課室単位のローテーションで業務を回している、ということだろう。
「となると、一日六時間勤務ですか?」
二十四時間を四で割るとそういうことになる。
そんな短時間勤務で月給が百万も出るというのなら、もはや喜びを通り越して恐怖すら感じるが。
「はい、基本的に実質労働時間は六時間です。ただ業務を終えた課室の隊員はその後、更に六時間本部内での待機を求められます。次の業務にあたる課室の隊員が緊急事態などで全員出払ってしまった際、代理業務に当たって頂く為ですね。この時間は本部内に留まってさえいれば、この間は自由に過ごして頂いて構いません」
「なるほど」
つまりは六時間の勤務と、緊急の場合のみ出動する六時間の休憩タイムのようなものだ。
と、そんな話を聞いているうちに、目的地へと辿り着く。
本部五階の明るく開けた廊下を進んだ先、第二課と札の下げられた部屋。
扉の前に設置されたインターホンを鳴らすと、
『あーはい、すぐ開けます』
返ってきたのはそんな呑気そうな男性の声。
すぐに奥からドタバタと人の動く音が聞こえ、ガチャリと解錠された扉が開く。
そうして姿を見せたのは魔法少女、ではなくスーツの男性。
何処か草臥れた雰囲気を纏った薄い髭面は年齢を読み辛いが、おそらくは三十代前半といったところか。
「お久しぶりです、田川さん。で、そちらが例の?」
「はい。本日より第二課の所属となる永留ユイさんです」
「よろしくお願いします」
職場におけるコミュニケーションの一環として初対面の印象は大切だ。
ユイはピシりと姿勢を正しお辞儀をする。
「これは丁寧にどうも。僕は梁嶋宗治。この第二課の室長です。よろしく」
対する男性、梁嶋は軽く頭を掻きながら軽い会釈で答えた。
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