知育玩具のような魔法
ハァハァと息を切らすユイの目の前に浮かぶ、遊色半透明の正二十面体。
よく見ればそれは、数多の正三角形の組み合わせで形作られている。
「うん、このあたりで十分かな。ユイちゃんも魔力切れで疲れただろう?魔法を止めて良いよ」
タブレットを片手に満足そうなクルミ。
ユイが魔力の繋がりを絶つと、二十面体は崩れるように解け消え去った。
「これ、魔力切れ、って、言うんですね」
「うん。体内の魔力が枯渇すると、空気中の魔素を取り込むために息が切れ、動悸も早くなる。強い運動をした時と同じだね」
「なる、ほど。確かに……」
高校の時に体育の授業でやらされた持久走を思い出す感覚だ。
全身を覆うように固めていた魔力の維持も儘ならず、鏡に映るユイの姿がノイズと共に黒髪とジャージへ戻る。
どうやら魔力切れを起こすと、換装の維持も難しくなるらしい。
大きく深呼吸を繰り返して息を整える。
「あ、そうだ。魔臓に痛みを感じ始めたら、そこで魔法の行使は止めるよう覚えておくこと。それ以上酷使すると命に関わりかねない、限界のサインだからね」
「そ、そうなんですね。覚えておきます」
やはり魔法という人知を超えた力には、それ相応のリスクもあるということだろう。
というか、そういう大事なことは魔法を使う前に教えて欲しかったが。
「それで、ユイちゃんの体感はどうだったかな。やっぱり欠片の数に比例して負担も増える?」
「はい、そんな感じでした」
三角形の欠片は複製するように幾つも同時に展開可能であり、それらを組み合わせて立体を構築するのがユイの魔法の本質のよう。
そしてこの欠片を展開した数が多ければ多いほど、立体の構築と維持に必要な魔力と負荷も増加する。
「なるほど、なるほど。まぁ大体、見当は付いたかな。ユイちゃんの魔法は結界の類だね」
「結界、ですか?」
「そう、結界」
結界というと神社仏閣の並びで結界がとか、陰陽師が何やらとか、そんな話なら聞いたこともあるが。
先程まで行使していた魔法と、そんな結界のイメージが全く繋がらない。
「広義の意味の結界というより、文字のまま世界を結んでると言うべきかな。ボク達に見ている正三角形の欠片は、結界を構築し世界を内と外に分けるための結び目、断絶する層なんだ。だから正確に言えば、結界を構築するための欠片を生みだし操る魔法、かな」
「はぁ、なるほど?」
「観測も最後まで確定はしなかったけど…欠片を組み合わせて構築した結界も、その形状によって観測結果に差が生じたのは面白いね。数値のブレ幅が全然違う。その傾向や法則が分かれば、もっと詳しく魔法の詳細まで分析出来そうだ」
半ば独り言のようにつらつらと並べられる説明だが、結局何が出来てどう使えば良いのか。
と、そんな内心を察したのか、クルミは苦笑を浮かべる。
「とりあえずは結界片という空間障壁を展開する魔法。それを組み合わせることで立体の結界を構築可能で、形状によって強度も変わる、と考えれば良いよ」
「なるほど、なんとなく理解出来ました」
正三角形の結界片を組み合わせて、頑丈な立体の結界を完成させよう!というパズルのような魔法な訳だ。
確かにユイ自身も結界を維持している際、その形状ごとに安定感というか頑丈さの差異のような感覚を知覚していた。
「うんうん、それで十分。細かいことは使いながら慣れてけば良いのさ。あ、でも、まだ勝手に使ったりしちゃ駄目だよ。平時に魔法を使って、物を壊したり人を傷付けたりすると、普通より何倍も重い罰則を科せられることになるからね」
銃火器すら比較にならない危険性を有しているのが、魔法という力だ。
そのため、魔法を使った犯罪や過失は、罰則に重い付加刑が定められている。
「はい。分かりました」
勿論ユイとしても、まだ自分でも理解しきれていない魔法を一人で使うつもりは無い。
「よし、じゃあ魔法能力検査はこれで終了だ。時間も時間だし、今日は一旦帰って休むと良いよ」
「えっと、帰ろうにも今のところ家が無いんですけど」
住んでいたアパートは、間違いなくワイバーンの襲撃に巻き込まれているだろう。
まぁ無事だったとしても今後はここ、特区で暮らす必要があるため関係ないが。
ついでにお金と服も無く、男だった時の相棒も失っている。
無いモノ尽くしで涙が出そうだ。
「大丈夫、衣食住はもう準備されてる筈だよ。取り敢えずまずは上に戻ろうか」
エレベーターで一階へ戻ると窓の外では既に陽が沈み、夜の帳が空を覆っていた。
何やら検査に関する書類に名前を記入してから研究を出ると、
「ボクは今の検査の結果を報告書に纏めないといけないから、後は彼女にバトンタッチだ」
入り口で待っていたのは先程と同じ黒いセダンと、対策省の女性職員。
「えっと、さっきの……」
「ご挨拶遅れまして申し訳ございません。田川咲と申します。今後、ユイさんのサポートを担当させて頂くことになるかと思います」
彼女はそう名乗り、深々とお辞儀をする。
「ちなみに咲ちゃんは、田川大臣のお孫さんね」
名前を聞いた瞬間、もしやとは思ったがやはりあの大臣の身内だったらしい。
「大臣と言えど一介の公務員に過ぎません。祖父のことは気にせず、困ったことがあれば何でも申しつけ下さい」
と、本人は言うが、大物政治家の孫娘となれば謂わば上流階級のお嬢様だ。
「よ、よろしくお願いします」
そんな相手からのあまりに丁寧な対応に、困惑混じりにぎこちなくお辞儀をするユイ。
「ほら、ユイちゃんは事情が事情だろう?だから色々と慣れるまで、日常生活含め信頼出来る人間がサポートに付いた方が良いと思ってね。ということでよろしく、咲ちゃん」
クルミはそう言って、ヒラヒラと手を振り研究所へ踵を返す。
何とも言えない空気だけを残して。
「では車へどうぞ、魔防隊の寮へご案内します」
「あ、はい」
面白かったらブックマーク、評価等を頂けると幸いです。




