専門家の話は大体長い
対策省庁舎を後にしたユイの姿は、"中学生男子の選ぶ格好良い建物ランキング上位間違いなし"こと魔法技術研究所にあった。
研究所の最高顧問だというクルミに連れられ、両側に研究室の並ぶ廊下を通り抜け、エレベーターに乗り込む。
「それにしてもあの場で入隊を決めるなんて思い切りが良いんだね唯斗くん、じゃなくてユイちゃんは。お金に困っていたのかい?」
「いや、そういう訳じゃ無いんですけど……」
高給に惹かれる気持ちが全くなかったと言えば嘘になるが、命を天秤に乗せる程の誘惑ではない。
「おや、その様子だともしかして直感的な決断だったのかい」
「分かるんですか?」
「ニハハッ、表情に出てたよ。あの時サインした理由が自分でもよく分からない、ってね」
田川の話の意図を察し願書を目の前にした瞬間、ユイの中に沸いた魔防隊へ入隊するべきだという強烈な直感。
願書に名前を書き入れたのは、その直感に突き動かされたため。
「それなら入隊は正解だね。魔法少女の直感って、案外と馬鹿にならないモノさ。まぁ魔防隊は手続きを踏めば脱退も難しくないし、軽い気持ちで試してみると良い」
そんな話をしているうちに、エレベーターはやけに長い時間を掛け地下三階まで降下し、ゆっくりと停止。
そして開いたドアの先、装飾の無い無機質な短い廊下の突き当りに重々しい鉄の扉が一つ鎮座していた。
「そのためにも、まずは君の発露した魔法がどんなモノなのかを調べないとね」
埋め込まれた液晶へクルミが触れると、鉄扉が自動で開く。
その先に広がっていたのは小学校の体育館より一回り小さいくらいの、コンクリート剥き出しのドーム空間。
四方ではカメラが作動しており、中央には二メートルを超えるテスラコイルのような形状の巨大な装置が鎮座していた。
「まずその装置の前で、腕を出してくれるかな?」
言われるがまま装置の前、足跡マークの上に立って両腕を前に出すユイ。
そしてその手首の抑制器が外された瞬間、下腹部に熱が宿る。
「何か、このあたりが熱く…」
「これまで抑制されていた魔臓が一気に魔力の生成を始めた証さ。すぐに慣れるよ」
熱は伝播するように左胸の心臓を通り、やがて全身を循環し始めた。
これが魔力……
「じゃあまずは、大きく深呼吸をしながら魔臓へ意識を向けてみようか」
意識を集中させ、魔臓の存在を正確に知覚する。
その刹那、まるでチロチロと水を垂らしていた蛇口を一気に全開にしたかのように、全身を巡る魔力が勢い付いた。
それは身体という器に収まりきらず、水が溢れるように体外へと漏れ出す。
反射的に抑え込もうと、押し込むように魔力を必死に制御すると、やがて魔力は身体を覆う殻のように安定。
同時にユイの視界がノイズのようにジジッっとブレた。
「一発で完璧に換装を成功させるとは、筋が良いね」
「換装ですか?」
「そう、魔法少女が戦うための変身とでも言うのかな。こんな風に」
そう話すクルミの隣には、いつの間に、何処から持ってきたのやら、キャスター付きの全身鏡が一台。
「ほぇ?」
そこには映っていたのは、淡く光を反射する蛋白光の髪に白色を基調としたブラウス、膝丈のプリーツパンツとショートブーツを履いた一人の少女。
その髪色やあしらわれた装飾の数々は、何処かコスプレじみた雰囲気を漂わせている。
思考の許容範囲を超える情報に、冷静に落ち着きを取り戻すため深呼吸をするユイ。
病院で目を覚ましてからそんなこと続きでもう慣れっこだ。
「換装をすることで、魔法少女は己が魔法を手足のように操る事が出来るようになる。まぁ慣れて来ると生身でもある程度は使えたりするんだけど、それでも出力は大きく変わるから戦闘時は必須だよ」
まずクルミの話と照らし合わせれば換装というのは、魔法少女として戦えるようになるための変身であり、鏡に映っているのはユイ自身であるということ。
確かに髪は黒から蛋白光に、服は病院で貰ったジャージから可憐な衣装へと変わっているが、その容貌はユイのものだ。
なるほど、順序立てて考えていけば簡単な話…簡単な……
「いや、どういう原理!?」
冷静に噛み砕いて考えたところで、分からないモノは分からない。
そもそも変身って何だ、変身って。
「お、気になる?」
思わず漏らしたユイの叫びに、何処か嬉しそうな表情で反応するクルミ。
何となく変なスイッチを入れた予感。
「あ、いや。大丈「現在、最も有力視されているのは異層記録借降説と呼ばれる仮説だね。これは前提として多元観測演算核説という仮説を元に…(中略)で、魔力を有さない干渉が魔獣に効きづらいのも、この優先度の…(中略)という訳だね」
そうしておよそ十分、ノンストップで語られた内容のうちユイが理解出来たのは凡そ二割程。
「はぇー、つまり、別次元の不思議な鎧を一時的に引っ張ってきて、頭から被ってるみたいな?」
「うーん。まぁ、そうだね」
そうらしい。
「何にせよ換装が出来たなら、あとは思うが儘に魔法を行使するだけ。扱い方は、もう分かるだろう?」
「あ、はい。何となく」
幼子が誰に教わるまでもなく立ち上がろうとするように、思考するまでもなく、換装したユイは本能的に魔法の扱い方を知覚していた。
先程より強くなった魔力の流れ、それを左の掌に魔力を収束させる。
そして光が集まるようにして形作られたのは、一辺三十センチ程はありそうな正三角形の欠片だった。
クルクルと回りながら、光を受けてキラキラと七色に輝きを変える、プリズムのような半透明の遊色体。
「それがユイちゃんの魔法か。ふむ、それは操れたりするのかな?」
「多分、出来そうです」
それをフワリと浮かべ、頭上でクルクルと回してみる。
目には見えない細いコードで、ユイの意識と直接リンクしているような、そんな感覚。
「なるほど。ニハハッ、面白いね!」
「これだけで何か分かるんですか?」
「うん、その巨大なコイルは魔法の観測器なんだ。ほら、こんな感じで」
そう見せられたタブレットの画面には、何やらリアルタイムで変化するいくつも線グラフや数値、文字の羅列が並んでいる。
「この部屋内の魔素の動きに消費魔力量。温度や湿度、物質波に電磁波の変化。果てには空間歪曲率まで、ありとあらゆる要素を観測してくれるんだ」
よく分からないが、何やら凄い装置らしい。
「はぁ、それでこれってどんな魔法なんですか?」
「それなんだけどね。その魔法の欠片、観測数値がどれも全く安定しない。数値に信頼性が持てない。非常に興味深いよ、これは!」
「えっと、つまり?」
「つまり存在すら確定せず、観測が出来ないから分からないってやつだね。ニハッ」
「えぇ……」
どんな魔法かが分からなければ、使いようも無いのだが。
「これ、俺の魔法の正体は不明ってことですよね。それでも魔防隊って入れますか?」
魔防隊は魔獣から国民を守るため、命を懸けて危険な最前線で魔獣と戦う組織。
発露した魔法の詳細も分からないまま、入隊が認められるとは考えづらい。
もしその魔法が危険なモノだった場合、他の魔法少女の命に関わるかもしれないのだから。
そんな不安が募り、どんどん思考がネガティブな方へ引き寄せられる。
それを払うように、パンッと柏手を打ち不敵な笑みを浮かべるクルミ。
「そう焦らない焦らない。ボクは日本で、いやおそらく世界でも最も魔法に詳しい博士だよ。"分からないということが分かれば"色々とやりようもあるさ」
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