世知辛い予算事情
「君は魔防隊という組織に関して、どんな認識を持っている?」
「えっと、魔法少女によって結成された実力組織で、国民の生存圏を守護するため日々魔獣達の討伐に当たっているという事くらいなら…」
田川の問いに対する結斗もといユイの返答は、日本における所謂常識というやつだ。
おそらく老若男女、国民のほとんどは同じ認識を持っている筈。
魔法少女で構成された魔防隊が、魔獣から自分達を守ってくれている、と。
「…あぁでも、博士から話を聞くまで大なり小なり魔法少女は全員、魔防隊に所属しているのかと」
「ほう?テレビやインターネットで魔防隊が取り上げられる際は、必ず志願者によって構成されていると説明させていた筈だけれど」
「すみません。テレビもインターネットもあまり見ることがなくて」
「なるほど。何にせよ、概ねは先程の認識で間違ってはいないよ。ただし現在の魔防隊は魔獣の出現に片っ端から対応する訳ではなく、自衛隊では対応しきれないと判断された案件に動くことが多いがね」
「自衛隊が魔獣と?」
ただの人間が魔獣に対抗するのは非常に困難、というのは歴史が証明してきたことである。
魔法少女であれば片手間で斃せるような魔獣であっても、小型の銃火器では全く刃が立たずロケット砲等の火力兵器が最低レベル。
近代史の授業では、大量のミサイルで周囲一帯を更地にしながらも討伐には失敗したなどいう話もあった。
だからこそ魔獣の登場から百年以上、その戦いは魔法少女達が中心として担ってきた訳だ。
が、田川の口振りからすると、どうもそんな状況は変わっているよう。
「まだ一般的にはあまり知られてはいないが、七年前に完成した魔獣にも通じる魔動武装。その生産体制の確立と共に配備が進み、自衛隊による魔獣の討伐も本格化している」
「博士が……」
「ここ五年の魔防隊の出動件数は全国で月に二百前後、管轄区域で分割すれば月に二十程度まで抑えられるようになった。魔動武装の開発はそこのクルミ博士の功績でも最大級のモノだな」
話の間に勝手に部屋のポットとティーパックで呑気にお茶を飲んでいる姿から威厳は全く感じられないが、
「お、その顔はあれだ。こんなチビ眼鏡が凄い発明をしたとかあり得ないだろ、って表情だね」
「いや、だからそこまでは思ってないですけど」
「ニハハッ、ボク魔法技術研究所の最高顧問もやっているから、開発に関わった技術は数知れずだよ」
ドヤりとピースをしてみせるクルミは、見た目によらず凄まじい研究者らしい。
「けれど、そんな魔動武装での戦闘にも限界はある。自衛隊による討伐も、丙種一級程度の魔獣が限界だ」
「ここ大島駐屯地魔導隊の装備と練度なら、乙種三級までは対応出来ると思うよ」
田川とクルミの話からして、魔獣の危険度を示す度合いか何かだろう。
"丙種"と"乙種"ときたらおそらく最上位は"甲種"か。
「あの、ちなみにワイバーンはどのくらいの魔獣だったんですか?」
「乙種一級ってところかな。流石に魔法少女以外が相手取るには無謀なクラスだね。魔動武装もまだ、個人で扱えるレベルの白兵武器までしか実用化出来ていないから」
そう言ってクルミは不服そうに唇を尖らせる。
ということは、自衛隊員は中世のような剣や槍を手に魔獣相手の白兵戦を行っているのだろうか。
確かにそんな戦い方であれば、空を飛び炎を撒き散らす怪物相手に戦いを挑むなど無謀にも程がある。
「銃みたいな火器になると、射出される弾の方にも小型の魔力バッテリーと循環路機構が必要になってね。コスト過多で無理って却下されちゃったんだ。国防が掛かっているんだから、そのくらい何とかして欲しいんだけど」
「無茶を言わないでくれ博士。弾一発の製造に一千万近くも掛かるようでは、とても量産なんて出来たモノではない。それも再利用はできない完全な消耗品となれば尚だ」
「消耗品なのはどうしようも無いよ。銃弾の大きさだと、内部機構を保護出来るだけの緩衝装置を組み込む余裕なんてないんだから」
何やらよく分からない単語も混じっていたが、とにかくお金が掛かるらしい。
銃弾一発に一千万、ユイにはもはや想像も難しい大金。
却下されるのも納得というもの。
「何にせよ、自衛隊では対応できない魔獣の討伐が任務として回ってくる以上、当然その危険度は高い」
いくら魔法という超常の力を持つ魔法少女であろうとも、ワイバーンのような怪物達を相手にするのは危険らしい。
まぁ当然といえば当然だ。
魔法少女は致命傷でもなければ安静にしていれば早期で完治するとは聞いたが、逆に言えば致命傷を受ければ死に得るというということ。
「ただまぁその分、待遇と給与も破格だがね」
破格の、給与……
ふと発せられた興味を引かれる言葉に、ユイは思わず食い付く。
「ちなみに、その給与がどのくらいかとかって聞けたり?」
「ふむ、入隊したばかりでも月に百と少々といったところか」
「月給百万円ですかっ!?」
そして予想を遥かに超えた額に目を見開いた。
二ヶ月も働けばその時点で先日までの年収を超えてしまう。
「国のため戦っている対価としては、これでも安いくらいだと思うがね。勿論階級が上がれば給与も上がる」
「二十体の魔獣と戦って百万円……」
つまり命懸けの戦い一度につき五万。
確かに冷静になってそう考えれば、世間一般の価値観からすればそう高くはないのかもしれない。
まぁユイの金銭感覚からすれば十二分な給与だと思うが。
なんて頭の中で計算していたユイに、
「ん?ユイちゃん勘違いしているね。月に二十回というのは管轄地域ごとの話。所属の魔法少女総動員なんてことはまず無いから、一人当たりの平均出動数は三回前後だよ。まぁ魔獣は行儀良く一定間隔で現れてくれる訳じゃないし、実際はばらつきがあるけどね」
隣のクルミがそう口を挟んだ。
「え、じゃあそれ以外の時間は何を……」
それだけの高給でありながら出動以外寝ています、なんてことは無いだろう。
もしそうなら、覚醒した魔法少女はほぼ全員魔防隊への入隊を選ぶのではないだろうか。
「大抵は、魔獣の生息地で訓練も兼ねた予防討伐や生態調査、あとはレポートの作成等の事務作業だね」
「予防的討伐、なるほど」
国民の生存圏へ侵入した魔獣の討伐だけではなく、そもそも魔獣の数を減らして前者の発生を減らそうということか。
魔防隊の魔法少女達は討伐任務が無い時も、戦いに身を投じているらしい。
「さて、これらを前提としたうえでもう一度問おうか」
田川はそう言って、ソファの隣の棚から書類を一枚取り出した。
机の上に差し出されたその書類には『魔獣対策省外部局魔法防衛隊願書』の文字。
「永留ユイ。君に魔防隊へ入隊し魔獣からこの国を守るため戦いへ身を投じる意思はあるかね?」
つまりはそういうこと。
給与は魅力的だがそれが危険の裏返しであり、魔獣という存在がどれだけ危険なのかも既に身をもって体験済み。
そもそも特区へ移住すれば、国から降りる補助だけでも今まで以上の生活は出来る。
思考は冷静に、平穏な生活を選べとけたたましく警鐘を鳴らしていた。
けれど、それで良いのだろうか。
ユイはふと自身の両手を見下ろす。
そして……
面白かったらブックマーク、評価等を頂けると幸いです。




