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書類の偽造は汚職です

 病室で目を覚ましてから約半日。

 検査と退院の手続き、そして|自分の中の価値観との戦い《トイレ》を済ませた唯斗(ゆいと)は、あれよあれよという間に黒いセダンへと乗せられる。

 車は魔獣対策省の職員だという女性が運転しており、助手席にクルミが乗り込んだ。

 一緒に庁舎まで付き添ってくれるらしい。


 そして病院を後にして五分もしないうちに、車は円形の建物の前で停車する。


 まるでSF映画に出てくる宇宙基地のような外観。

 中学生男子の選ぶ格好良い建物ランキングがあれば、上位に選ばれる事は間違いないだろう。


 これが、魔獣対策省!


 他ならぬ唯斗も目を輝かせその建造物を見上げるが、


「違う違う、そっち魔法技術研究所。対策省の庁舎はこっちだよ」


 クルミが道路を挟んだ反対のオフィスビルを指差した。


「あ、はい」


 そっちなのか……


 二重の自動ドアを潜りビルへと足を踏み入れ、案内されたのは明らかに格式高そうな部屋。

 どう見ても場違いな|自身の格好《退院の際に渡されたジャージ》に落ち着かない唯斗を尻目に、クルミはノックもせず扉を開くと、


「やぁ、時間取って悪いね。忙しかったろう」


 部屋のデスクに座る男性へと声を掛ける。


「なに、忙しいと言っても面倒な議会以外は書類に目を通してサインをするだけ。あなた程じゃあない、クルミ博士」


 白髪混じり灰色の頭髪に皺の刻まれた明朗そうな面貌、年齢は六十後半から七十代前半くらいだろうか。

 人の良さそうな笑みから受けるパッと見の第一印象は、親しみやすそうな好々爺といったところ。


 だが、


「ふむ、君が例の。初めまして、私は田川(たがわ)窮(ぐう)。この省を取り纏めさせて貰っている、しがない公務員だよ」


 目を細めてそう名乗った男性に、唯斗は緊張からピンと背筋を伸ばした。

 何せ目の前の老爺は、世情に疎い唯斗ですら顔と名前を知っている著名人だったため。


 田川大臣って内閣でもトップクラスのお偉いさんじゃないですか、ヤダー。


 ニュースやら何やらで何度も名前を聞く大物政治家。

 魔獣対策大臣"田川窮"と言えば、与党の中でもキングメーカーと呼ばれるいわゆる大派閥の長だ。


「な、永留唯斗です。よろしくお願いしますっ」


「凡その事情は聞いているから。まぁそう緊張せずそこに座ると良い」


 田川はそう言ってデスクから立ち上がると、来客用のソファに腰を下ろした。


「失礼します!」


 唯斗もロボットのようなガチガチの動きで、一枚板の机を挟んだ対面のソファへ座る。

 

 一方、先んじてその隣に座ったクルミは、置いてある茶菓子の羊羹を頬張っていた。

 緊張感の欠片もあったものではない。


「さて、早速本題に入らせて貰うよ。まずは君の身元について。先程、ワイバーンの襲撃による行方不明者のリストに"永留唯斗"という名前が確認されてね。生年月日、住所共に君への問診内容と一致した」


「本当ですか!?」


 自身の十八年間の記憶が、夢でも幻でも無いと客観的に証明され、重く圧し掛かっていた不安の一つが消える。

 しかしそれもつかの間、


「ただ、君がその本人であると公的に認可する事は難しいな」


 田川は申し訳なさそうに眉尻を下げてそう続けた。


「えっと、男性の魔法少女への覚醒事例が国家機密だからですか?」


「その通り、元男性の魔法少女という存在を公にするのは社会的なリスクが計り知れないから、ということだ」


 その説明はある程度理解が出来る。

 感情的に納得出来るかと言われれば微妙ではあるが、理由が理由である以上諦めは付く。

 というか、国家レベルの話など個人でどうにか出来るようなモノでもないのだから、諦めざるを得ないというべきか。


「そう、ですか。じゃあ俺はこれからどうなるんでしょうか……」


 となると、気になるのは今後の自身の扱いはどのようなものになるのか、という点。


「永留唯斗という青年はワイバーンの襲撃に巻き込まれ死亡と処理し、君には別人としての戸籍を作る運びとなった」


 そう差し出されたのは戸籍抄本の写し。


 そこに書かれていた名前は永留ユイ。

 性別は女、年齢は十九歳となっている。


「えっと、自分の本来の身元がバレないように、戸籍を新しく作って貰ったんですよね。これ、あまり意味ないんじゃ……」


 そも新しく作るって、言い方こそ変えているだけで偽造なのでは?という点は一旦見て見ぬふりするとしても、身元を隠すのに苗字がそのままでは、調べられたらバレてしまうのではないだろうか。

 

「いや、この処理はあくまで内々向けのモノでね。覚醒した魔法少女の個人情報は、全て各省庁から魔獣対策省の管理下に移される。その移行手続きの際に君の戸籍が男のままだと不都合が生じるため、偽造する必要があるという訳だ」


 どうも戸籍抄本を新しく作るのは、行政上の処理で不都合が起きないようにという大人の事情らしい。

 まぁそもそも唯斗改め、ユイの存在を公に出来ない事自体が大人の事情ではあるが。


 というか今、はっきりと偽造って…いや聞かなかった事にしよう。


「そのうえで身元の隠蔽のみなら本来、戸籍を変える必要も薄い。魔法少女の個人情報は厳重に保護される。一応表に出る可能性のある名前は少々変えさせて貰ったが。例えば君は知り合いの男性と似た名前の魔法少女がいたとして、それを本人だと思うかね?」


「それは、多分欠片も思わないです」


 頭の片隅にも過ぎらないだろう。


「つまりはそういう事だな。君自身が吹聴するなどしない限り、元男だと露見する可能性は限りなく低い訳だ」


 口外はするなよとの言外の圧力に、ユイは即座に首を縦に振る。


「ただ特例として、親しい家族や友人であれば君の現況について伝えられるように手配しよう。相手方にも秘密保持契約等のリスクは負ってもらうことにはなるけれど」


 真っ先に思い浮かんだのは、バイト先の店長。

 業務中だけでなく私生活に関しても気を遣って貰い、色々とお世話になった。

 とはいえ店長には自分の生活があり、ユイはあくまで被雇用者。

 リスクを負わせてまで、自身の生存など伝えるべき間柄とは言えないだろう。


 高校の同級生とも暫く会っていないし、親しかった幼馴染なんてモノがいる訳では無く。


「特に、伝える相手は居ないそうなので大丈夫です」


「…そうかね。では次、最も重要な話をするとしようか」


 ユイの返答に田川は少し微妙な表情を浮かべた後で、すぐにそう話を切り替える。


「魔防隊への入隊意思の有無、に関してだ」

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