Welcome ようこそ特区へ
「気になるのはこの、意識を失う前に誰かに声を掛けられたってあたりかな。詳しくは覚えていないんだよね」
カルテに目を通したクルミがまず気にしたのは、ワイバーンの襲撃に関して唯斗が覚えている最後の記憶だ。
瓦礫と炎の中で誰かに話しかけられた、というもの。
「すみません、気を失う直前の事は曖昧で」
ただその記憶は酷く朧気で、誰と何を話したかというような事は靄が掛かったように思い出せない。
何とか手掛かりだけでも手繰り寄せようと記憶を辿り、ふと脳裏を過ったのは幼い少女のような笑い声。
「…あ、でも女の子だった、ような?」
「女の子か。ワイバーンによる襲撃真っ只中である事を加味すれば、一般人とは考えづらいよね」
凶暴な魔獣が暴れる中で炎に巻かれれば、普通は逃げ回るので精一杯だろう。
倒れている他人を気に掛けるなど、よほどの余裕がないと難しい。
となれば、
「派遣された魔法少女では?」
彩華の予想通りに考えるのが自然だろう。
普段から魔獣との戦いに身を置いている魔法少女であれば、巻き込まれた一般人に気を配るのもおかしな話ではない。
「なるほど、なるほど。でも、それだと時系列がおかしくなるね。襲撃現場に倒れる唯斗くんが救出されたのは、ワイバーンの討伐が完了した後のはずだ」
「確かにそれはそうですが…では博士はどう考えてるんですか?」
「ふむ、そうだね。襲撃現場場に派遣された子達以外に未登録の魔法少女がいて、その子が他者に覚醒を促す力を持っていた、なんてのはどうかな?」
「それは流石に……」
「ニハハッ、ちょっとご都合主義過ぎたかな」
クルミの口にした推察は、魔法少女に対する知識の乏しい唯斗でも無理があると分かる程に強引な仮説だ。
「まぁどんなに考えても、現状じゃ予想の域を出ない。ワイバーンの襲撃に関してはもう調査が始まってるみたいだし、一旦お預けかな」
結局、そこに落ち着くらしい。
魔法少女への覚醒が、身体の女性化の原因であろうと予測が付いただけでも、一歩前進といったところだろうか。
「それよりも、まずは今後の話をしようか」
「今後ですか?」
「そう、今後だ。これからずっと、この病室で暮らしていく訳にもいかないだろう?」
今の今までそれどころではなかったため忘れていたが、確かにその通りだ。
怪我は完治しており意識も取り戻した以上、これ以上入院している必要もない。
「まず魔法少女に覚醒している以上、傷が治ったから退院して元の生活に戻れます、とはならない」
「はい。まぁ、そうですよね」
「理解が早くて助かるね。魔法少女は覚醒が判明した時点で特別指定区域、通称特区への移居を求められる」
特別指定区域は、魔法少女や魔獣などに関連する国の機関や企業の集められた研究都市だ。
「魔法少女を決まった場所に集めておくため……」
魔法少女が戦略兵器に相当するような存在だというのは、先程説明された通り。
そんな存在を好き勝手自由にしてはおけないというのは、国としては妥当な扱いだろう。
「その通り。でもそれは魔法少女が危険だからじゃないよ。そういう意図が全く無いとは言わないけど、どちらかと言えば守るための保護という面の方が大きいかな。魔法少女の身柄を狙う人間は、この国にも少なく無いからね」
覚醒したばかりの魔法少女など格好の標的だ。
「特区内には娯楽施設や商業施設が充実しているし、毎月平均以上の生活水準を保てるだけの補助金が支給される。勿論、本人が望めば特区内での就労も認められるよ」
「就労?魔防隊以外に仕事があるんですか?」
魔法少女といえば、国民の生存圏の安全確保のため日々魔獣と戦う、魔防隊のイメージだが。
「ニハハッ、そりゃあそうさ。魔防隊に所属している魔法少女は極一部、大半の子は魔法を封じて普通に生活してるよ。魔法少女に覚醒したら問答無用で魔獣と戦え!なんて、このご時世じゃ許されないだろう?」
「確かに……」
冷静に考えれば魔法少女も覚醒する前までは普通の一般人だったのだから、その平和な生活の継続を求めたって不思議じゃない。
「ただ魔防隊に入隊しない場合、魔法の暴走や悪用を防ぐための抑制処置が義務付けられるけどね。ほら、君の両腕にも嵌められている腕輪。それが魔法の抑制器なんだけど、小型化したモノを直接魔臓に埋め込むんだ」
魔臓に埋め込むという事は、つまり外科的手術が必要になる筈だ。
ワイバーンに襲われて死にかけておいて今更ではあるかもしれないが、手術となると腰が引けるのが正直なところ。
「えっと、それってこの腕輪をずっと付けておくとかじゃダメなんですか?」
この腕輪に魔法を抑制する機能があるのなら、わざわざ手術で魔臓に埋め込むなんて事をしなくても、自由に着脱出来ないようすれば十分に思うが。
「抑制器は素材が希少でね。腕輪型はとても量産出来たモノじゃない。小型化して埋め込む事で素材の必要量を大幅に抑えているんだ」
そうもいかない事情があるらしい。
抑制器の存在を知ったばかりのど素人が思いつくことなんて、とっくに誰かが考えているということだ。
「直接埋め込むなんて聞くと仰々しい手術が必要なのかと思うかもしれないけど、処置自体は簡単なモノで失敗や後遺症の心配はないよ。ちなみに魔法少女は医療費にも全額補助が降りるから、金銭面での心配もしなくて良い」
話を聞く限り、確かに特別区での生活も悪いものではなさそう。
むしろバイト三昧その日暮らしだった先日までより、ずっと良い暮らしが出来る気もする。
そこまで考えた唯斗は、ふとある問題に気付く。
「あの、そもそも俺って引っ越しとかそういう手続き出来るんでしょうか」
例えば住民票を変更しようと行政機関に行ったところで、本人であると認められる事は難しい筈だ。
何せ公的な書類に登録されている情報とは性別からして違うのだから。
「その辺りも含めて色々と調整しないといけないね。彩華ちゃん、対策省には連絡したんだっけ?」
「博士にメールを送る前に、身元の確認も含め対応を要請してあります」
「ふむ、ならここから先はあちらの領分かな」
「では、私は退院前検査の準備を済ませて来ます」
トントン拍子で話は進み、そう言って彩華が病室を後にする。
が、今のところ唯斗は全く話に付いていけていていない。
「という事で、検査で問題がなければ退院だ。その後は直接、魔獣対策省の庁舎へ向かうことになると思うから」
聞きたい事はまだ山ほど残っているが、とりあえずまず気になる点が一つ。
「えっと、魔獣対策省の本庁って確か、離島か何かにあるんですよね。直接ってヘリコプターか何かで?」
高校の授業でそう習ったが、近くに分庁舎でもあるのだろうか。
そんな疑問にクルミは一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、
「なんだ彩華ちゃんは伝えていなかったのか」
と部屋のカーテンを開く。
釣られるようにそちらへ視線を向けると、窓の外には巨大なターミナルと近未来的な建造郡が並び、その奥に広がっているのは一面の水平線。
「ようこそ唯斗くん。日本最先端の魔導都市、大島特区へ」
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