機密は気軽に話しちゃいけません
「それで君が元男の子の魔法少女かな!」
「あ、はい。永留唯斗です」
「ふむ、唯斗くんだね!ボクはクルミ。魔導学に関して調べているしがない研究者だ。クルミ博士と呼んでくれたまえ」
ベッドの隣で胸を張ってそう名乗った少女に、唯斗は戸惑いを覚える。
その容姿は中学生程度にしか見えない。
…博、士?
そんな内心を見透かすように、クルミはフッと笑みを浮かべた。
「その顔はあれだね。こんなチビ眼鏡が博士だと?何寝ぼけた事言ってるんだ、って表情だね」
「いや、そこまでは思ってないですけど……」
「君、魔法少女は歳を取らないって聞いたことはないかい?」
確かに言われてみれば、そんなような噂を聞いた覚えはある。
どうせ都市伝説のような与太話だと思っていたが、
「魔法少女は不老不死、だとかなんとか……」
といった類のモノ。
「ニハハハハッ。随分と大きな尾ひれが付いているみたいだね。そんなに大それたモノじゃないよ。ただ、魔法少女は覚醒時から、外見の成長が著しく鈍化するんだ。と言っても中身の衰えから逃れられる訳でもないし、不死どころか不老とも程遠いんだけれどね」
「はぁ、なるほど」
十分に凄い話ではあるが、確かにそれくらいで不老不死とは言いづらいだろう。
まぁ少し考えれば当然の事だ。
魔法少女が実際に不老不死に近い存在なら、噂程度で話が収まっている筈がない。
「ここまで話せばもう分かると思うけど、ボクがチビ眼鏡なのは魔法少女になったのが成長前だったからという訳さ。覚醒したのは十二歳と三ヶ月の時、ちなみに現在までに確認されている中でも最年少記録なんだ」
少々置いてけぼりの唯斗を尻目に、クルミのお喋りが熱を帯び始めた。
「まぁだからボクはこんななりだけど、君よりちょっとばかしお姉さんなんだな。あ、実年齢は聞かないでくれたまえよ。それは乙女の秘密って奴だ。ちなみにこの容姿の成長の鈍化に関しては、色々な仮説が立てられているんだけど…」
ツラツラと話題が逸れてゆき、
「あの博士、そろそろ本題の方をお願いします」
同席している彩華が軌道修正のため口を挟む。
「ん?あぁ、男の子が魔法少女に覚醒して、その身体が女性に変化する事なんてあるのか、って話だったね。うん、十分にあり得ると思うよ。過去に似たような事例もあるし」
そして本題である唯斗の身体の変化について、クルミはサラリとそんな見解を口にした。
「えっ、事例があるんですか?でも、そんなの話は一度も……」
彩華が動揺を露わにそう呟く。
魔法少女に覚醒するのは一定年齢以下の女性のみ。
これは一般的な通説であると同時に、学問や研究の世界においても常識であり、特に"魔"に関して探求する魔導学の体系においては最も基礎的な知識の一つ。
魔導学に触れた事のある人間であれば、今の発言はその価値観を根底からひっくり返すモノだ。
一方で、魔法少女に関して一般的な認識しか有していない唯斗は、過去に自身と同じような前列があるという事にむしろ安心感を覚えていた訳だが、
「まぁ、彩華ちゃんが聞いた事無いのも当然さ。何せ国家機密だからね」
「へ?」
しかし、続けて放たれたその内容には、流石に唖然と声を洩らした。
そんな様子にクルミがニハハッと楽しそうに笑う。
「そうだね。まず魔法少女の覚醒に関する研究が現代で禁止されている理由、彩華ちゃんは知っているよね」
「え、あ、はい。第二次人魔世界大戦中にナチス・ドイツで行われた、魔臓の移植実験ですね」
「そう、実験に用いられた千人近い魔法少女と、七万を超える被験者が犠牲になったと言われる、人類史上最悪の人体実験だ」
第二次人魔大戦。
ナチス・ドイツのポーランド侵攻を発端として、日独伊中心の水軸国と英仏米ソ中心の連合国、そして魔王率いる統率された魔獣の大群と、三つ陣営の間で発生し世界を巻き込んだ大戦争。
中学で習う歴史の授業などでも戦争についての項目はあるが、開戦までの経緯と戦後処理の話が大部分を占め、戦時中についてはあまり触れられない。
故に、その実験の話は唯斗にとっては初耳だった。
「そんな実験が……」
「魔法少女は重要な戦力だったからね。普通の兵より圧倒的に頑丈で強く、有する魔法によっては一人で戦況すら左右しうる。そんなモノは一種の戦略兵器と言っても過言ではない。第二次世界大戦以前まで、魔法少女という兵器の開発は各国で行われていたんだよ」
現代の日本社会における魔法少女の扱いは、魔獣の脅威から国民を守る希望であり一種のヒーロー。
兵器と言われてもあまりピンとは来ない。
けれど……
街を襲い地獄を作り出したワイバーンを思い出す。
あんな化け物達をも討伐しうるのが魔法少女の魔法だと言うのなら、確かにそれは兵器にも等しい力だろう。
「とはいえ、ナチス・ドイツ程の規模の実験が行われた例は稀です。その結果と犠牲を経て、終戦後に魔法少女の開発実験は国際法で禁止されました。人為的な魔法少女の覚醒は不可能だった、と結論が出たためで…」
彩華はそこまで話したところで、まさかといった視線をクルミへ向ける。
どうして今この場でこの話をしたのか、何の関係あるのか、それらに察しが付いたため。
「成功例はあったんだよ。記録では七名、人工的な覚醒に成功したとされている。そしてその中の一人は当時十五歳の少年だった。彼が魔法少女に覚醒した際、同時に身体の女性化も記録されている。そして戦後、実験の記録は連合国陣営の手に渡り全て失敗したと修正された。倫理的な話もあるけれど、それ以上に自国の魔法少女という戦力を守るためにね」
実験の話が広まれば、国際社会から離反した独裁国家や犯罪組織がこの実験を再現しようと躍起になり、世界中で魔法少女狩りが行われかねない。
記録が修正されるのも当然だ。
「そしてこの人体実験による覚醒。これが唯一、男性の覚醒が記録された事例さ。あ、今言った通りこれは機密事項だから口外厳禁だよ。もし誰かに話した場合、最悪……」
クルミはニヤリと笑みを浮かべ、首を斬るような仕草をする。
「なっ、そんな話を気軽に口にしないで下さい博士!」
彩華が大きく溜息を吐く一方で、唯斗は自身にとって何よりも重要な気になっていた事柄を口にする。
「あのクルミ博士、魔法少女に覚醒したその少年は、元に戻れたんでしょうか?」
魔法少女への覚醒による性別の反転が治るものなのか否か、という話だ。
「いや、その少年を含めナチスの実験で覚醒した七人の魔法少女は全員、大戦が終結する前に死亡していてね」
「そう、ですか」
残念ながら、世の中そう都合良く出来てはいないらしい。
「一か八か、魔臓の切除とかしてみるかい?」
コーヒーはブラックで良い?くらいの気軽な声色でそう尋ねるクルミ。
「えっ、でも魔臓を摘出した魔法少女は全員亡くなったんじゃ」
「うん、そうだね。でも君は特殊な事例だし、結果も変わるかもしれないよ」
「いえ、結構です」
男には戻りたいが、そんな圧倒的に分の悪そうな賭けに命を乗せられるか、と聞かれれば否。
何事も命あってこそだ。
「ニハハッ、まぁそうだよねぇ」
笑い事じゃないんですが……
唯斗はげんなりと溜息を吐いた。
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