魔臓のちーから(個人差あり)
「…もう一度、名前と生年月日を口述して貰っても良いですか?」
「永留唯斗、一九九九年四月二十九日生まれの十九歳で、性別は男…でした」
魔獣の襲撃に巻き込まれて意識を失い、見慣れない病室で目を覚ましてから数時間後。
意識覚醒後の処置を終えた唯斗は、病室での回診を受けていた。
「えー、八月四日の午前七時より勤務先である神奈川七区の飲食店で業務にあたり、十九時に退勤。その帰宅途中でワイバーンの襲撃に巻き込まれ意識を喪失。目が覚めた時にはこの病室のベッドで寝ていた、と。間違いないですか?」
「はい、そんな感じで。俺もまだ何が何だか」
白衣を纏いベッド脇で来客用の椅子に腰かけるのは、担当の女医だという松井 彩華。
年齢は三十代前後といったところだろうか。
彼女はカルテを片手に問診内容を確認してゆく。
「永留さんの自身の性別への認識。男性であるという意識は、精神的な話ではない訳ですよね」
「はい、身体的な話です。十九年間ずっと男だった筈なんですけど。昨日ここで目を覚ましたら、その、無くなっていまして……」
そんな返答を受けた彩華は「なる、ほど?」と困惑混じりの表情で、何かを考え込むようにカルテへと視線を落とした。
「あの、ここでの治療の副作用で性別が反転したりとか、そういう可能性は……」
あの魔獣、ワイバーンの襲撃で唯斗が負った傷は酷いものだった筈だ。
それこそ生きていた事が奇跡と呼べる程に。
しかし目を覚ました後に確認した限り、その傷跡は一つも残っていない。
故に唯斗は、自分が一般的に知られていない特殊な治療を受け、それが身体の変化に繋がったのではないか。
例えば、治療が不可能だと判断された元の体から脳だけを他の体に移植する、などとありふれたSF小説みたいなことを考えた訳だが、
「それはあり得ないですね」
その妄想は即座に一蹴される。
「で、ですよね」
そんな話が現実にある訳がない。
「えー、まず永留さんの身体の状況を結論から端的にお伝えすると…」
彩華はカルテから顔を上げ、少し悩むように間をおいてから口を開いた。
その様子からするに、おそらくあまり良い内容ではないのだろう、と覚悟を決める。
そして、
「…魔法少女として覚醒しています」
「そう、ですか。魔法少女に…ん、魔法少女?え、魔法少女って、あの?」
告げられた言葉に理解が及ぶのと同時に、唯斗の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
「永留さんがこの病院へ搬送された際、治療のためX線検査を行ったのですが、その時点で身体に目立つ創傷は無く、代わりに下腹部に魔臓が確認されました」
「魔臓、ですか?」
「はい、魔法少女へと覚醒した際に形成される特殊な臓器です」
人間離れした高い身体能力と超常的な力である魔法を有し、日々魔獣と戦う人類の希望"魔法少女"。
その名前からも予想の付く通り、魔法少女へ覚醒するのは一定年齢以下の女性のみ、というのが通説だ。
「いや俺は男ですし、何かの間違いじゃ……」
じゃあ男はどうなのか?言うまでもあるまい。
「現状、永留さんの身体は女性のものですので」
そんなささやかな抵抗も一刀両断される。
まさにぐうの音も出ないとはこの事だ。
身体の変化は自分が一番よく自覚しているのだから。
動揺多め混乱マシマシの唯斗を尻目に、彩華は淡々と説明を続ける。
「魔臓は魔力と呼ばれるエネルギーを生み出す臓器でして、この魔力こそ魔法少女の基礎的な身体能力の大幅に向上の原因であり、魔法という特異能力の源と考えられています。そして身体能力の向上には治癒能力も含まれていまして」
「じゃあ、俺の傷が完治しているのも?」
「魔力による治癒力の向上によるものでしょう。魔法少女はよほどの致命傷でない限り、安静に治療へ努めれば数日で完治しますから」
傷が跡形もなく治っているのは、魔法少女への覚醒とやらが原因のよう。
とりあえず、脳裏に焼き付くあの地獄のような光景すら夢や幻だった、なんて話ではないようで唯斗は少し胸を撫で下ろした。
それすら現実ではないと言われたら、これまで生きてきた十九年間の記憶すら本物なのか疑わしくなる。
「という事は性別の反転も?」
「そちらに関しては現状まだ分からないとしか。魔法少女への覚醒は未だに謎の多いブラックボックスではありますが…性別の反転なんて事例は、今まで確認されていませんので」
「そう、ですか」
残念ながら、そちらは見当が付かないらしい。
あてが外れ唯斗が肩を落としたそんな時、病室の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、息を切らした少女。
身長は百五十センチ程だろうか。
腰まで届きそうなロングヘアーにサイズの合わないブカブカの白衣を纏い、野暮ったい瓶底眼鏡を掛けている。
「やぁ彩華ちゃん!メールにあった、例の子はここかなっ?」
息を整えながらそう声を挙げた少女に、彩華が目を丸くした。
「クルミ博士?!」
「何を驚いているんだい?君がメールを送って来たんじゃないか。メールにあった魔法少女へ覚醒した男の子とやらが、ここにいるんだろう?」
「あくまで可能性の話です。そもそもメールを送信したのは数分前なのにどうやって……」
「そんな面白、もとい興味深い話、直接この目で確かめるしかないさ。物理的距離なんて、知的好奇心の前には無いも同然だよ!」
少女は訳の分からない理論を唱えながら部屋へと踏み入ると、パタパタとスリッパを鳴らしベッドのすぐ側まで歩いて来る。
「それで君が元男の子の魔法少女かな!」
そして新しい玩具を前にした子供のような、ワクワクとした視線を唯斗へと向けた。
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