転校初日・昼休み
グラウンドから小山の叫び声が聞こえた。投擲したのだ。大した飛距離だ。
「やっぱ凄えな」
窓側の羽柴の机にコンビニ弁当を広げて、俺は小山の練習を見ていた。確かに凄い。
向かい側に座る羽柴は焼きそばパンを頬張っている。明日はパンにしよう。
両親が離婚して親父の地元に戻ってきた俺は、すでに他界している祖父母の家で親父と二人暮らししている。
今まで料理をしたことがない俺と親父は、料理本を手本に悪戦苦闘する日々が続いている。
だから明日もコンビニ弁当かと思っていたが、羽柴から購買で安く買えると聞いて考え直した。
「陸上部に入る?」
「いや、調理部に入るつもりだ」
「え? どうして?」
「実益のある部活を選んだ。もしかして調理部はないのか?」
「あるよ」
「…誰だ?」
「伊達正宗、織田の二つ前の席で調理部に所属してる。よろしく」
「正、その持ってるやつ」
「昨日部活で作り置きしてたプリン。食べる?」
「食べる!」
「いいのか?」
「新入部員獲得のために役立つなら構わないよ。秀は俺と半分ずつね」
俺の前にアルミカップを置いた伊達は隣席の椅子を持ってきて横に座った。
ツルツルした卵色のプリンの上に生クリームとさくらんぼが添えてある。美味しそうだ。
俺は遠慮なくスプーンを受け取って一口食べた。
「うまい。甘くて仄かに卵の風味を感じる。店で売っているものみたいだ」
「ありがとう。そんな風に言ってもらえると作り甲斐がある。秀なんて、ただ食べるだけだから」
「すっげえうまい!」
「どうも。それで織田は調理部に興味あるの?」
「未経験が入部して問題ないか?」
「全く問題ない。部活は週一で、部費は月五百円。大会とかないから気楽に活動できるよ」
「コーラス部より少ないのか」
「調理室は他の部も使うから活動日数が少ないんだ。でも他より自由に料理を作れるから、俺は楽しい」
なるほど。週一なら気負わずに料理を学べるかもしれない。
次の部活は二日後。その時に入部届を提出して部費を支払えば、俺は正式に調理部員として活動できるという。
「ん? 部活が週一なら、このプリンは?」
「俺、製菓部と掛け持ちしてるから」
「昔は調理部だけだったらしいけど、なんか色々あって今は和食、洋食、中華部なんてのもあるんだぜ」
「だから週一しか活動できないんだ。ほんとは全部入りたいけど、掛け持ちできる部活は二つと決まってるから調理部と製菓部に入ってる」
「農高は食材に困らないから部費が安いのは魅力的だよな」
「そうだね。数多くある部活の中では人気のある部だと思うよ。秀も入る?」
「俺は食べ専だから、二人が作るもんを楽しみに待ってるよ」
「調子がいいなあ」
最後の一口を食べ終えた俺を見ると、伊達は「待ってるよ」と言って、空のアルミカップとスプーンを持って笑顔で去っていった。
気持ちのいいやつだ。部活が楽しみに思えてきた。
「正ん家は地元で有名な料亭で、あいつ自身も料理好きだから時々差し入れしてくれる。腕は確かだから安心していいぜ」
「それは頼もしいな。ところで羽柴は秀というんだな」
「え、あー、まあ、そうだな」
「きみの名前は秀吉でしょう。羽柴秀吉くん」
「げ、柴田勝。何しにきた?」
「きみに用はありません。織田くん、午後の体育で使うきみの体操服を先生から預かってきました」
「わざわざありがとう」
伊達と入れ替わるように現れた細身の男子生徒に、羽柴の顔が歪む。
銀縁丸眼鏡に無表情な柴田が、体操服入りの紙袋を伊達が座っていた椅子に置いた。
転校手続きの際に注文した学生服などは一部品切れで、体操服は間に合わないと思っていた。
朝、職員室へ行った時も担当から午後の体育は見学するようにと言われていたので、すっかり油断していた。
「職員室に用事があった僕が居合わせただけなので気にしなくて構いません」
「用が終わったら、さっさと図書室へ行けよ。図書委員」
「なぜきみに指図されなければいけない? 織田くん、あとで更衣室に案内します。では食事中に失礼しました」
「いや、ありがとう。柴田」
柴田は用件が終わると踵を返して颯爽と教室を出て行った。
俺は苦虫を噛み潰したような顔で出入口を見る羽柴に、柴田のことを聞いた。
「あいつ、俺が書いた歌詞を鼻で笑いやがった。すっげえ嫌なやつ」
「どんな歌詞だ?」
「見る? これは新曲用に考えた歌詞で、テーマは革命!」
三時限目の授業で使っていた国語のノートに書き込まれたたくさんの言葉のフレーズ。右肩上がりの癖字でレボリューショナリーと書かれているページを読んだ。
正直、よく分からなかった。




