55.失礼な勘違い
本日、2話投稿です。こちらは2話目。
デュート社に着くと、ヘンドリックは当然のように再び一番重たい鞄と紙の束を手に持った。
「あとは自分で運べますよ」
「学園の廊下でよろけてただろ、説得力ねえよ」
言いながらヘンドリックは馬車を降りてしまう。口調は丁寧じゃないのに行動は紳士だ。
(染み付いた習慣なのかな……)
デイジーは残りの鞄を持ってそれに続いた。
「で、どこに運んだらいいんだ?」
「今日はこのまま自分の部屋で課題の採点をするんですよ、だから運ばなくて結構です」
「自分の部屋? 先に言えよ。デュート社に来ちゃったじゃんか」
「私の部屋はこの裏のアパートなんです。だからここでいいんです」
デイジーは、さあ、荷物を渡してくれと手を差し出すがヘンドリックはそれを無視した。
「このまま運ぶよ」
「それは困ります。自室なんですよ」
こないだの講習で部屋に異性を招き入れるなと習ったばかりなのだ。
「男性を招くわけにはいきません」
「は? まさか警戒してんの? 俺があんたに何かするわけないだろ」
きっぱりと告げたのだが、ヘンドリックは白けた目でデイジーを見てきた。その目はある意味、全くの曇りなき眼である。
「…………」
(それも、そうだな)
デイジーは妙に納得した。
男の“何もしない”を信用するな、とも習ったが今回のヘンドリックに限っては大丈夫だろう。
この男がデイジーに出来心や下心を抱くはずがない。
(いや、それはそれで失礼じゃない?)
ちょっとむっとしてしまうデイジー。二十歳にもなった乙女心は複雑なのだ。
「早く案内しろよ。重いんだよ」
「はいはい、こちらですよ」
デイジーはなげやりな返事をしてヘンドリックを裏のアパートに案内した。
デイジーの部屋に入ったヘンドリックは事務的に鞄と資料を机の上に置いてくれた。
「ありがとうございます」
デイジーも鞄を置き、やれやれと腕を回す。けっこう重かったのだ。運んでくれて本当に助かった。
(お茶くらいは出すべきかな)
ふとそう思う。砂時計も購入済みなのできっちり蒸らし時間も測れるようになっている。今こそ、砂時計を活躍させるべきだろうか。
(でもそのお茶って、わりと苦行だよね)
お茶を淹れている間と飲んでいる間、ヘンドリックと二人で過ごすのを想像するだけで胃が重たくなる。ここはやめておくのがいいだろう。
「じゃあ、俺はこれで」
ヘンドリックも軽く挨拶をして立ち去るようなので、デイジーはほっとした。
見送りくらいはするべきだと、扉を開けるために玄関に向かおうとしたのだがここで「ちょっと待て」とヘンドリックがデイジーの動きを止めてきた。
「?」
「じっとしてろよ」
不思議に思いながらも従うと、じわりとヘンドリックが近付いてくる。
側まで来られると身長差があるので圧迫感がすごい。デイジーは息苦しさを感じた。
(えっ、なにこれ)
ヘンドリックが真剣な眼差しでデイジーの顔へと手を伸ばす。目は合わないがその目はギラついているようにも感じた。
(怖い)
身がすくむデイジー。やっぱり男の“何もしない”は信用してはいけなかったのだ。
一気に背中がざわざわした。サンドリーに耳に触れられた感触が蘇る。あれはもう体験したくない。
(で、でも、震えてる場合じゃない)
デイジーはぎゅっと拳を握った。
ヘンドリックのこの行動は絶対に出来心だ。冷静にきちんと止めればきっと我に返ってくれる。
(大丈夫、ちゃんと断ればいいだけだから)
デイジーはすうっと息を吸い、できるだけ冷たく硬い声でヘンドリックに呼びかけた。
「サーマン伯爵令息」
今回はきちんと声が出てほっとする。講習の効果だ。ちょっと誇らしくなるデイジー。
同時にぴんと髪の毛が引っ張られた感触があり、ヘンドリックの手が離れた。
「……なんだ葉っぱか。虫かと思ってびびった。おい、これ、髪の毛に付いてたぞ」
しんとした部屋にヘンドリックの安堵の呟きが響く。デイジーへと見せたその手には小さな葉っぱが摘まれていた。
「………………」
(また、間違えたっぽいぞ)
握りしめていた拳から力が抜けていく。ヘンドリックはデイジーの髪の毛に付いていた葉っぱを取ってくれただけらしい。
その手にあるのは艶っとした濃い緑色の葉で、薄暗い部屋では甲虫の類にも見える。
おそらくだが「虫だ」と言えばデイジーを驚かせるから無言で取ってくれたのだ。
(ごめん、本当にごめん)
猛省するデイジー。
ヘンドリックに対して失礼な勘違いをしたのは、これで二度目である。
「なあ今、何か言いかけてなかったか?」
そう聞かれて、びくっと肩が揺れるがすぐに平静を装って笑顔を張り付けた。
「改めてお礼をと、今日は大変お世話になりました」
デイジーはかちゃりと眼鏡を正しつつ、最大限の敬意を込めてそう伝えた。
「そんな畏まられるほどのことじゃないだろ」
「いえ、本当に助かりました。もう暗いですし、気をつけてお帰りくださいね」
にっこりしながら言って、ヘンドリックのために丁寧に丁重に扉を開けてあげる。
「おう、じゃあな」
「はい」
まあまあの爽やかな笑顔でヘンドリックは去っていった。
「っはあああぁあ」
扉を閉めたデイジーはどっと息を吐いた。
「疲れた……」
クリケットクラブでの慣れない授業だけでもかなりの疲労だったのに、その後のヘンドリックとの気まずい馬車、からのいきなりの“リオネルを許してやってくれ”。極めつけに先ほどの勘違い。
デイジーはよろよろと簡素なダイニングセットの椅子に腰掛けた。
ぱたりとテーブルにうつ伏せになる。
「あの人、わりといい人なんだな」
学園から荷物を持ってくれたヘンドリックは、その態度にかちんときたが親切ではあった。
嘘告についてリオネルを庇い、デイジーに謝った時は真剣で真摯だった。
ヘンドリックはあまりいいイメージはなくて、できれば関わりたくない人だったけれど、今後はもし街で会うことがあれば進んで挨拶くらいはしよう、とデイジーは思う。
その後、デイジーは頑張ってクリケットクラブで回収した課題の採点をし(出した課題は錬金術の複合的な問題だったので、とても大変だった)、疲れ果てて倒れるように眠った。
完全に余談ですが、デイジーとヘンドリックの相性はそこそこよいと思う。いろいろかけ違っていたら、くっつかないこともなかった、かもしれない。




