52.レストランにて
デイジーはリオネルとシンス商会の二軒隣のレストランにやって来ていた。
デイジーは真剣にメニューを検討した結果、シェフのお勧めランチなるものにすることに決めた。
説明によると旬の食材をふんだんに使い、いい感じに仕上げてくれているらしい。
ぱたんとメニューを閉じると、リオネルがこちらを優しく見ている。
「決まった?」
「はい、グラ…………」
グランツさんは決まりましたか? と聞きそうになり口をつぐむデイジー。リオネルがとろりと笑う。
「なあに、先生」
「今のは未遂だったと思います」
「ほぼアウトでしょ」
「ちゃんと途中で気づきました」
「でも、言い直してくれなかったね」
「…………ぐぅ」
「何かな? 何か言おうとしてたよね」
「…………」
「あれ? せーんせ?」
「……リ、リオネルさんは決まりましたか?」
言い慣れなくてもごもごしてしまう。リオネルを名前で呼ぶというのはまだ気恥ずかしかった。バルトークなら全然平気なのに。
噛んでしまいそうになって、デイジーはできるだけ大切にその名を発音した。
「決まっているよ」
華やかな笑顔でリオネルは答えて、店員を呼んだ。
シェフの気まぐれランチはサラダとメインの二段構えだ。デイジーの前にはまず、レタスとレッドオニオンとベビーリーフ、そこに生ハムとオレンジが散らされたサラダが運ばれてきた。何か分からない丸くて赤い実が彩りを添えている。
(とてもお洒落だ)
このお洒落感を崩さずに食べれるだろうかと緊張しながら、でもそれなりに優雅にデイジーはフォークで葉物をひと口分にまとめて口に運んだ。
続いて生ハムとオレンジを同時に食べてみると、じゅわりと広がる未知の味。
(わっ、美味しい)
デイジーはびっくりしながら再度生ハムとオレンジを口に運んだ。
正体不明の赤い実も食べてみた。カリッとした歯ごたえがある。味は正直、よく分からなかった。こちらは歯ごたえのためだけに入っているのかもしれない。
(ふむふむ)
赤い実を幾つか試してみるがやはり味は感じない。
(やっぱり歯ごたえ目的なのかな)
納得していると柔らかそうなパンが置かれた。
パンに触れてみると温かい。
(わあ!)
デイジーは温められたふわふわのパンを堪能した。バターを付けて食べた後は、サラダのドレッシングにも付けてみる。どちらも美味しい。
そうしていると、いつの間にかメインの魚料理が運ばれてきていた。
(あれ、いつの間に………あ)
そこでデイジーは我に返り気付く。このランチには同席者がいたのだと。
(私ってばずっと、一人で楽しんでた)
向かいのリオネルに目を向けると、金髪の美青年はボリュームたっぷりなBLTサンドを優雅に頬張っていた。
優雅に頬張るなんてことが成立しているのに感心してしまう。
かさ高い上に、具材がこぼれやすいBLTサンドは食べる時にどうしても見苦しくなってしまう。そのためデイジーは選択肢から除外したのだが、リオネルは綺麗に食べていた。
ベーコンの肉汁やトマトの汁が手にしたたることもなく、レタスが飛び出すこともない。
(上手に食べるなあ)
ぼんやり見ていると目が合った。
「どうかした?」
「いえ、リオネルさんは綺麗に食べるなあ、と」
「そう? デイジーもだと思うよ」
「そうですか?」
「うん。それに真剣に食べるよね。変わってない」
リオネルが楽しそうになる。
「真剣?」
「オレンジと生ハムの組み合わせに驚いたりとか、赤い実の味を検証したりとか」
かあっとデイジーの頰に熱が集まる。
「か、観察しないで」
「あはは、ごめんね。久しぶりのデイジーとの外食に浮かれて、感動してじっくり見てた。相変わらずすごく可愛い」
「ふおおぉ」
ナチュラルに飛び出た“すごく可愛い”に動揺してしまうデイジー。
「ふふっ、変な声」
「誰のせいだと」
「俺のせいだね」
「…………」
ぐうの音も出ない。
「食べないの? その魚はシーバスだって、添え物のトマトはフルーツトマトらしいから甘いと思うよ。デイジーがパンに夢中な間に店員が説明してくれてた」
「そうですか」
「大丈夫、じろじろ見ないようにするから」
「…………」
その後、デイジーは用心深く魚を味わい、トマトを口にした。トマトは確かに通常のものより甘かった。
「ほんとだ、甘い」
「美味しい?」
「はい」
デイジーがトマトに感心している間に、リオネルはBLTサンドを平らげていく。
食べながら流行り風邪の時は大変だったんじゃないかと聞くと、リオネルはげんなりしながら薬師塔での激務の様子を語ってくれた。
今はすっかり通常業務だと言うので通常の状態についても聞いてみると、こちらについては生き生きと話してくれた。三年目となり任せてもらえる仕事も増え、新人の面倒も見ているらしい。
「ペアの子はちょっと危なっかしいけど、いい子なんだ」
「危なっかしいとは?」
「あー、少し前には異臭騒ぎを起こしたりもした」
「異臭⁉ それって大丈夫だったんですか」
薬品を扱う場所での異臭は危険な気がする。何か害があったりしたんだろうか。ペアの新人が起こしたものならリオネルは誰よりもその近くにいたかもしれない。
「混ぜる順番を間違えてね。匂いがきつい反応でよかったよ。すぐに回収して廃棄できたんだ。無味無臭で有害っていうのが一番怖いよね」
「た、確かに。でもその新人さん、気を付けてくださいね」
これからだって何か起こらないとは限らないのだ。少しだけ不安になってしまう。そのペアは解消できないのかな、なんても思ってしまう。
「大丈夫。最近は手順の確認もするようになってるし、成長してくれてると思う」
新人について語るリオネルの目は優しい。その目を見てデイジーは小さな引っかかりを感じてこう聞いた。
「その新人さんは女性ですか?」
「ううん、男だよ」
「ふーん、そうですか」
何にほっとしたのか分からないけれど、デイジーは確かに何かに安堵しながらそう相槌をうった。
「デイジーはどう? 人に教える仕事」
デザートに小さなパウンドケーキが出てくる頃、リオネルが尋ねてくる。
「そうですね。順調だと思います。今度、クリケットクラブでも特別授業をすることになりました」
「クリケットクラブで?」
「試験前の特別授業です」
クラブより正式にデイジー指名で会社まで要望があったのである。
学生時代、クリケットクラブのサロンで勉強をみてあげた当時の下級生達が提案したらしい。
クラブメンバー全員はとてもじゃないが無理だし、学年をまたぐのも困るので、デイジーは会社と相談の上、一年生の希望者のみに試験対策の授業を行うことになったのだ。
「そういえば、そろそろ前期の試験か……クラブからの指名なんてすごいね。でも特別授業なんて大変じゃないの?」
「正直、ちょっと大変ではあります」
試験の範囲から問題の傾向を予想して対策をするのは学生時代にやっていたことだが、卒業して数年経ってからそれをして、さらに他人に教えるとなると大仕事だ。
一年生だけとはいえ、対象者は十人ほどいて多人数相手の特別な授業な分、依頼料は高いが負担も大きい。
「手伝えることがあれば言って。あ、過去問いる? 兄の分もあるよ。よければあげるよ」
「えっ、いいんですか? いただけるならとても嬉しいです」
デイジーの声が弾む。過去問は実家に置いたままなので困っていたのだ。
家庭教師として働くことになって王都に越してきた際、参考書やノートは持って来たのだが過去問までは持ってこなかった。クララの伝手を辿って集めようとしていた最中だったのでこの申し出はありがたい。
「分かった。急ぐよね。今日、帰ってからまとめて、遅くならない内に持って行くよ」
「今日⁉ そこまでしてもらわなくても」
「最初の特別授業はいつ?」
「…………来週です」
これを言っては絶対に今日になると分かったが、上手く誤魔化せるとも思えないので正直に言うと、リオネルは「ほら、急ぐでしょ」と笑った。
「でもお手間ですよね。リオネルさんの迷惑になりたくないんです」
「いいんだ。迷惑なんて思ってない。俺はデイジーの役に立ちたいし、それに今日、もう一度会えるのは嬉しい」
リオネルが本当に嬉しそうに笑みを深めた。デイジーの胸がドキドキしだす。
「……会社の受付で名乗ってもらえれば、連絡がくるようにしておきます」
デイジーは自分もうきうきしているのに戸惑いながら了承した。
デザートを食べ終わった二人は店を出る。リオネルは行きと同じようにデイジーを馬車で送ってくれ、後でねと言い残して一旦去って行った。
お読みいただきありがとうございます。
ちょこちょこいただける感想にニヤニヤしております。
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