51.半分はもう全部
馬車が王都のシンス商会へと着く。
「大きい」
窓から建物を見てデイジーは呟いた。
支店は三階建ての堂々としたもので、一階の通りに面した壁はショーウインドウになっており、様々なものが陳列されている。
主力の製品は服飾品のようだが、隅の方にはワインや雑貨も並んでいた。
二階にもそれなりに大きな窓があるが、中の様子までは見えない。三階になると窓も小さく実用的な造りになっていた。
そういえばユーリが二階は商談スペースで、三階は事務所だと話してくれたなとデイジーは思い出す。
「どうぞ」
先に馬車から降りたリオネルが手を差し伸べてデイジーを降ろしてくれる。
「ありがとうございます、すみません」
「当然だよ」
それからデイジーはリオネルと並んでシンス商会の中央入り口へと歩いた。
手を繋がれるのでは、と警戒していたのだがそれはなかった。ちらりとリオネルを見上げると、にっこりされる。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
ガラス張りの大きな扉の前にはドアマンが居て、恭しく扉を開けてくれた。
中に入ると店員の一人が「お探しのものがあればお手伝いします」と寄ってきたのでリオネルがユヒム家の式の件でと伝えると少々お待ちくださいと言われ、程なく店の奥からユーリが出てきた。
「デイジー!」
「えっ、ユーリ?」
「デイジーとリオネル・グランツが来るって聞いたから待っててん。今日はあたしが接客するわ、こっちやで。リオネル・グランツもどうぞー」
嬉しそうなユーリに先導されて、店の二階へと進む。
案内されたのは真ん中に大きなソファとテーブルが配置された広々とした部屋だった。
壁際にはトルソーが置かれていて、今回のブライズメイドの衣装であるらしいドレスが着せられていた。
装飾のない上品なピンク色のドレスを着たトルソーが三体並び、その横にはドレスと同じ色のシャツとベージュのスラックスを着た一体が置かれている。
「わあ、これがフリージアさんが用意してくれたドレス?」
感嘆の声をあげてデイジーはドレスに近づいた。素材はシルクだろうか、自然な光沢が綺麗だ。
レースや刺繍はないがシンプルで品がある。
「そうやで」
「触ってもいい?」
「もちろん」
デイジーはそっと生地に触れた。しっとりした滑らかな肌触りだ。
「少しずつデザインが違うんだね」
三着のドレスはスカート部分はどれも控えめなAラインだが、トップの形が違っていた。
「うん。選べるようになってるねん。無難な半袖か、デコルテと肩が出るスリップタイプか、肩と背中がけっこう出るホルターネックタイプか」
くるりとホルターネックのトルソーを回転させながらユーリが説明してくれる。ホルターネックドレスの背中は肩甲骨の下まで見えるデザインになっていた。
「あたしのお勧めはホルターネックやねん。ネックレスどうしよーとか考えんでいいし、背中が出てるっていうのが色っぽいやろ? デイジーも大人の女なんやしこれくらいが」
「無難な半袖で」
ユーリの言葉を遮って、冷ややかな男の声が響く。声と共に漂う冷気。
発したのはデイジーではない。
「選ぶんはデイジーやねんけど」
むすっとした顔のユーリは冷気の発生源であるリオネルを振り返った。
「背中全部見えるとかあり得ないから」
若干苛ついた様子のリオネルが言う。
「全部ちゃうし、半分だけやし」
「半分見えたらもう全部だろ。半袖タイプもデコルテの開きが控えめだからネックレスはなくてもいいしね」
「でも無難は面白くないやん。あたしバルトークの村行って希望聞いてきたけど、半袖希望はゼロやで。バルトークのお母さんもホルターネックやからな」
「えっ、半袖ゼロなの!?」
こう声をあげたのはデイジーだ。
デイジーはリオネルの意見を聞くまでもなく、無難な半袖にする気満々だったのだ。
肩紐がスリップなのは心許ないし、大胆に背中が開いているのも気が引ける。ここは無難な半袖しかなかった。
「ゼロやで」
「そんなわけないだろ。田舎の村なんだよ? 保守的も保守的なはずだから半袖一択だろ」
苛ついたままのリオネルが反論する。
デイジーもそう思うが、ユーリは勝ち誇ったように胸を張った。
「あたしのプレゼンのお陰やなあ。こんなん着る機会はもうないし、いっそ大胆にした方がいいって説得してん」
「はあ!? 何してるんだよ」
「最終的には都会の貴族に舐められてたまるかってことで皆で白熱したわあ。それでホルターネックが人気。因みに王都のフリージアの友達三人もこれ着るんやけど、そっちはお揃いでスリップタイプやねん」
「ええぇ」
デイジーは情けない声をあげた。
そうなってくると、一人だけ半袖は選びにくい。会場で浮くんじゃないだろうか。
「どうする、デイジー。あんた姿勢いいしどれでも似合うと思うねん。もちろんホルターネックも」
「いや、でも」
デイジーはホルターネックドレスの背中を見てみた。ばっちり開いている。
(無理無理無理)
それからスリップタイプのドレスも見てみる。
肩のところには心許ない紐があるだけだ。こちらは胸元の開きも少々大きい。
(無理無理無理)
デイジーは改めて、リオネルが贈ってくれた緑のドレスは自分のために作られていたのだなあ、と思った。
オフショルダーのあのドレスは決して無難でない程度に、でもデイジーでも安心できる程度にデコルテが開いていた。
「さあデイジー、決めてや」
「デイジー、半袖にしよう」
「半袖は面白くないって」
「ドレスに面白さはいらないだろ」
「非日常を味わってなんぼやろ、結婚式なんやで」
「半袖も十分に素敵じゃないか」
「もちろん、うちの商品やし全然いい物やけどな」
言い合いを始めるリオネルとユーリ。意外に仲がいいんだなと思いながらデイジーは改めて三着のピンク色のドレスを眺めた。
確かにどれも素敵だ。
「……………」
「決まった?」
ユーリが聞いてくれてデイジーはきっぱりと答えた。
「無難な半袖で」
「ええ〜」
残念そうな声を出すユーリと小さくガッツポーズをするリオネル。
「ユーリのお勧めはありがたいんだけど、落ち着く方がいいかなって。地味眼鏡は地味眼鏡らしいのがいいしね」
最後の付け足しにはユーリにもリオネルにも顔をしかめられてしまったが、事実である。
「ふーん、まあデイジーがそう言うんなら無理強いはせえへんけど」
不承不承ユーリが言い、デイジーは別室で採寸をしてもらった。
デイジーの後は入れ替わりでリオネルも採寸する。
リオネルの採寸結果を確認したユーリは「丈詰めんでいいとか嫌味なんかな、なんかムカつくわあ」とぶつぶつ言っていた。
その後はお茶が用意されて、ドレスに付けるコサージュや髪飾りのカタログが広げられる。ここからはオプション的な扱いで個人での購入になるらしい。
「そんな高ないで」とユーリが言う通り、お値段は無理せず買える価格帯だ。
デイジーは華やかさも必要だろうと、コサージュを一つ購入した。
「二人は今日は休みなんよな? お昼これからやろ。これ二軒隣のレストランの優待券あるからよければどうぞ。ご近所のよしみでもらってん。ランチメニューがどれでも無料になるで」
小物の購入が終わったところで、ユーリからぴらりと優待券をニ枚渡される。
「えっ」
デイジーは戸惑った。
これを受け取るとリオネルと二人でカフェに行くことになると思う。
「ユーリは行かないの?」
「あたしは仕事中やもん」
念の為に聞いてみるも、ご尤もな返事をされてしまった。
「…………」
「あー、なんかごめん。別に二人で行かんでもいいねんで」
ユーリが申し訳なさそうな顔になり、デイジーはしまったと思った。少し過剰に反応しすぎたんじゃないだろうか。
リオネルとは二人で一緒に来店しているし、いろいろはあったが学園の同級生なのだ。せっかくだから時間があるなら昼食くらい行くのは普通だろう。
そっとリオネルを窺うと寂しそうに笑っていた。
「俺はデイジーと一緒なら嬉しいけど…………嫌かな?」
遠慮がちに誘われてデイジーの胸がつきんと痛む。
そんな風に寂しく笑われるのは嫌だった。
でも、そんな顔をさせたのは自分だ。
デイジーの態度がリオネルを傷つけたのだ。
(遠慮はしないでほしいのに)
リオネルなら、いつものように優しく甘く誘ってくれて構わないのだ。
だって……。
「嫌じゃないです。嫌なわけないです」
デイジーはリオネルをまっすぐ見つめながらそう答えて、ユーリから優待券を受け取った。




