49.ブライズメイド
やっと、だいたい二年後 です。後半の3分の1以外は31話とほとんど同じです。
「こんにちは、ソニアさん、ラファエルさん」
「ごきげんよう、パットン先生」
「こんにちはー、パットン先生」
デイジーの挨拶にほぼ立派な淑女とまだ小さな紳士が元気よく答える。
すっかり馴染んだフランネル家の姉弟との授業である。
デイジーは家庭教師の派遣会社より支給されている濃紺色のジャケットの裾をぴんと引っ張り、眼鏡をかちゃりとかけ直した。
「では、授業を始めましょう。今日はこの国の歴史ですね」
「「はい、よろしくお願いします」」
やる気に溢れる二人の声が揃う。
デイジーも張り切って授業を始めた。
「先生、お茶をご一緒しましょう?」
ソニアとラファエルの授業が終わり、デイジーが片付けをしているとシルフィが入って来てお茶に誘ってきた。
「遠慮することになっているのですが……」
「うふふ、今日も、もう淹れてしまっているの」
いつものやり口でシルフィが言う。
お喋り好きなのである。そして最近はもう一つの目論見まで加わっているのでシルフィは毎週お茶する気満々だ。
「そういうことなら、ありがたくいただきます」
デイジーは困った笑顔で申し出を受けた。
「先生はそろそろ二十才になられるのよね?」
サロンにて花の香りのする紅茶を味わいながらシルフィが聞いてくる。
「つい最近、なったところです」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「えーと、ということはこのお仕事に就かれてからは……」
「二年と少しになりましたね」
「まあまだ二年。たった二年で指名の取り合いになっているなんてすごいわ。うちは甥の口添えがなかったら先生に担当してもらうのをもっと待ったと思うわ」
甥を強調してにっこりする夫人。
デイジーもにっこりしておいた。
「最近は特にソニアがやる気を出しているのよ。先生のようになりたいのですって」
「あんなに可愛らしく賢いソニアさんにそんな風に言ってもらえて、光栄の極みです」
「まあ、ふふふ。その言葉はソニアが喜ぶわ。あら、来たわね」
シルフィが嬉しそうに頬をほころばせた所で、このお茶の最大の目的が到着した。
「叔母上、遅くなってすみません」
サロンに現れた金髪の美青年が詫びる。
「大丈夫よ、リオネル。まだお代わりもしていないわ」
「そうでしたか。あ、ラファエルが叔母上を探していましたよ」
「あらあら、いつまでたっても甘えたなのよね。じゃあリオネル、先生のお相手をお願いね」
夫人はにっこにこの満面の笑みで席をたった。
「ええ、お任せください」
男の翡翠色の瞳が柔らかく細められる。
「では先生、私に構わずゆっくりお過ごしくださいね」
夫人はパタパタとサロンを去り、翡翠色の瞳が甘くデイジーを見ながらその向かいに腰を下ろした。
「…………」
これはここ二ヶ月の定番パターンである。
「久しぶりだね、デイジー」
「先週もお会いしましたよ。グランツ侯爵令息」
「つれないな」
そう言いながらもリオネルが嬉しそうに微笑むので、ちょっときゅんとしてしまうデイジー。
相変わらずのチョロい自分が恨めしい。
デイジーがリオネルとこのサロンで二年ぶりに再会したのは、つい二ヶ月前のことだ。
二年経って再会したリオネルは学生っぽさがすっかり消えて大人の男性になっていた。体つきも少ししっかりして雰囲気も落ち着いているのに、二年前と変わらない優しい翡翠色の瞳がデイジーを見つめていた。
デイジーはときめき過ぎて胸が痛いくらいになったのだ。
(あれは、女子なら誰でもときめくやつだもん。初恋の男と二年ぶりの再会。おまけになんか立派になってたんだぞ)
だからときめいたのは仕方ない。
この再会の後、フランネル家での授業の後は夫人とリオネルとお茶する流れが出来上がっている。そして高確率で夫人は席を外す。
デイジーは一度、そもそも自分がこの仕事に就いたのはリオネルが関わっていたのかと疑い、聞いてみたが、これには怖い笑顔で否定された。
『何言ってるの? そんな訳ないよね? なにこの未婚の貴族令息と出会い放題の職場、クララがデイジーを引っ張り込んだ時は殺意を覚えたよ。君がすごく生き生きしてるから転職も勧められないし、軽く絶望した』
とのことである。デイジーは深く納得した。
そして納得すると共に、これが、いわゆる嫉妬……? とまた少しときめいたりもした。
本当にちょろい自分が恨めしい。
(でも、嫉妬されるなんて女子は萌えるしかないよ。仕方ない)
うん、これも仕方ない。
今日のきゅんも仕方ない、とデイジーは平静を装って紅茶をすする。
「もうお互い学生ではないですし、名前を呼ぶのは止めてもらえませんか」
本日、デイジーは頑張って距離を置こうとしてみた。
「なぜ?」
「いろいろ誤解されては、グランツ侯爵令息が困るでしょう」
「俺は全く困らない。誤解ではないし」
「ぐうっ」
返り討ちに遭うデイジー。簡単に人を連続できゅんきゅんさせないで欲しい。
「もうすぐ借金も無くなるんだろう?」
「な、なぜそれを」
「ジェット伯爵から聞いたんだ。あいつが慰労金のほとんどを使って早々に半額返したんだってね」
リオネルは凄く嫌そうにそう言った。
あいつ、とはレイリーのことである。
リオネルの言う通り、デイジーがリオネルとしっかりとお別れをした後、レイリーは自分の慰労金を使って早々に残っていた借金の半分を返してしまった。
「俺は借金がなくなったデイジーに恋人として選んでもらいたいんだよ」
とろりと甘く微笑むリオネル。
「いや待って、借金なくなったら恋人を作るとかいう決まりはないですよ」
そう返しながらもデイジーは頭の中で借金返済までにかかる日数を確認していた。順調にいけばあと半年で返せる。つまり半年後にはデイジーはリオネルと対等だと言える。
「じゃあそういう決まりにしようよ」
「しませんよ!」
「ええー」
「ええー、じゃないです」
そこでリオネルは身をかがめると、上目遣いで聞いてきた。
「ねえ、俺が嫌い?」
「っ……」
顔がいい。おそらく狙ってやっているリオネル。
「嫌いではないです」
心臓をバクバクさせながらデイジーは答えた。
「じゃあ好き?」
「ぐっ……なんかその流れは卑怯です」
「ふふ、ごめん」
「ところで、最近のほぼ毎週のこの時間はなんなんですか? 薬師塔の仕事は大丈夫なんですか?」
ここのところ、リオネルとは週一のペースで会っている。
たまにいない時はシルフィはとても残念そうに「今日はリオネルは来れないの」と教えてくれるのだ。
「デイジーのここの予定に合わせて休みを調整しているから大丈夫。俺は、デイジーが恋をしようかなと思った時に選んでもらえるように一番近くに居たい。だからこうして会いに来てる。まだ好きなんだ、諦められない」
「…………」
これに何をどう返すのが正解なのか分からなくてデイジーは口をパクパクさせた。
この二ヶ月はこういうことばかりである。リオネルはお茶の度に一回はデイジーを好きだと告げてくる。ただ告げるだけだ。デートに誘われたり、将来を約束するようなことは言われない。
きっとデイジーの宙ぶらりんな状態に気を遣ってくれているのだということは分かる。
分かるけど、じゃあ何と返せばよいのかは分からない。
そもそも自分はまたリオネルに恋をしているのだろうか。このきゅんやときめきは恋なのだろうか。
いやいや、でも恋をしている場合ではないのだ。今はとにかくせっかく掴んだやりがいのある仕事を精一杯頑張る時だ。借金も返してしまわなくてはならない。だからリオネルの“好き”には応えようがない。
デイジーが赤くなって困っていると今日は天の助けが入った。
「おーい、もう入っていいか?」
サロンに新しい声が響き、返答は待たずに赤毛の大きな男が入ってくる。
「バルトーク!」
入ってきた旧友にデイジーはぱあっと顔を輝かせた。
「よっ、デイジー。ちょい久しぶりだな」
デイジーはフリージアともたまにお茶する仲になっており、必然バルトークとも時々会っているのだ。
「バルトーク、最初はデイジーと二人きりにしてくれって言ってたじゃないか」
不満そうなリオネル。
「もう十分だろ。そっちは一週間ぶりでもこっちは数ヶ月ぶりなんだよ。積もる話もあるんだ」
「俺はその前に二年間、会うのを我慢してるんだ」
「それはそっちの都合だろう。相応しい男になるとかなれないとか悩んでただけじゃん、なりながら口説けよ」
バルトークはそう言いながら、デイジーの隣に腰を下ろした。
「そういうの、デイジーの前で言うなよ」
「お前はもう少し可愛げを出した方がいいぞ。女の子はギャップに萌えるって母ちゃんが言ってた。なあデイジー、そうだよな」
「……えーと、どうだろうね。ギャップ……悪くないとは思うよ」
いきなり振られて、おまけに答えにくい。リオネルからギャップで攻められるのも勘弁して欲しい。きゅん死してしまいそうだ。
デイジーはごにょごにょと濁した。
ここは話題を変えようとデイジーは思う。
「それよりバルトーク、結婚が決まったって聞いたよ。本当におめでとう」
デイジーがお祝いを言うと、フリージアとの結婚を想像したらしいバルトークはでれっと相好を崩した。
「おう、式には招待するから来いよ」
「伯爵家への婿入りだし招待客って貴族ばっかりでしょう。私、平民なんだけど行ってもいいの?」
「俺も平民だもん。何なら俺の母ちゃんに父ちゃんに村の幼なじみも来るぜ。あ、ユーリも呼んどいた。てかあいつリアたんの衣装担当者なんだ」
「おおー、すごい。ばりばり働いてるねえ」
「最近はすっげー忙しそうだ。なんか狙ってる男もいるんだろ? しかもデイジーの知り合いで。どんなやつ?」
「あー……うん」
バルトークに聞かれてデイジーは曖昧な笑みを浮かべる。
「年上で、あんまり笑わないけど、面倒見がいい人だよ」
「へー、なんか難攻不落らしいから既成事実作るとかって言ってたぞ」
「おう」
“既成事実”にデイジーは悲鳴をあげた。
(色仕掛けってことだよね。大丈夫かな、レイリーさん)
デイジーは故郷の村のレイリーを思う。
現在、ユーリはレイリーに猛アタック中だ。カルネにこっそり様子を聞くと最近のユーリは気持ちを隠していないので、レイリーはたじたじのようだ。
「頑張れ、レイリーさん」
何に頑張るのか釈然としないが、デイジーは師匠を応援しておいた。
「デイジー? その名前を呟くのはやめて欲しいな」
口の中で小さく呟いただけの応援が、なぜかリオネルに聞こえている。
ひんやりとしたものを感じてデイジーはびくっと肩をすくめた。
「おっ、そういえば薬師塔の先輩が俺にも友達のよしみでデイジーの指名取れないかって聞いてきたぜ。とりあえず断っておいたけどさ」
ひんやり冷気をものともしないバルトーク。
「売れっ子だよなあ」
自分のことのように嬉しそうに言ってくれるバルトークに頰がゆるむ。
「えへへ、ありがとう」
デイジーは笑顔で礼を言い、花の香りの紅茶をすする。
その後は三人で、バルトークの結婚式について楽しく会話した。
式は伯爵家庭でのガーデンパーティ形式の予定で、立食形式になるらしい。
「あっ、言い忘れるところだった。デイジー、結婚式でさ、ブライズメイドやってくれないか?」
そろそろお開きの時間となった時、バルトークがそう聞いてくる。
「ブライズメイド?」
言葉くらいは知っている。花嫁の姉妹や親しい友人が結婚式で努める役である。
「うん。結婚式で花嫁のサポートするやつ。でも別に何するわけでもなくて、なんか揃いの衣装着てくれたらいいだけらしいぜ。リアたんがやりたがってんだよ。どうせだから大人数がいいって言ってて、俺の母ちゃんと父ちゃんに村の幼馴染もそれやんの」
「バルトークのお父さんもするの?」
それはもうブライズメイドではないのでは。
「楽しそうだろ? 服はこっちで用意するからどう? 色は薄いピンク色になるんだけど」
「へえ…………」
服はこっちで用意する、のところでデイジーは素早く全てを理解した。
(フリージアさん、きっとドレスを心配してくれたんだ)
そうに違いなかった。
王都の伯爵家での結婚式。デイジーを始め、田舎の村からの出席者達は着ていけるような服は持っていない。
実際デイジーも、あの緑のドレスを着るか、貸衣装に頼るかで迷っていた。式にリオネルも来るなら緑のドレスは気まずいかもと、出費は痛いが貸衣装にするつもりだったのだ。
フリージアはそんなデイジー達を気遣い、でも傷つけないようにブライズメイドをしてほしいと提案してくれたのだろう。
(あう…………なんて、いい人)
感動するデイジー。そしてバルトークの人を見る目は確かなんだなと改めて感心もする。
「やってみようかな」
厚意はしっかり受け取ろうとそう答えると、バルトークは満面の笑みになった。
「ありがとう。リアたんが喜ぶよ!」
「こちらこそありがとう、誘ってくれて嬉しいよ」
「それ、俺もやってもいい?」
二人でお礼を言い合っていると、リオネルが口を挟んできた。
「え? リオネルもか?」
「俺も式には招待されてるしさ。バルトークのお父上がするなら俺もやってよくない? ブライズメイドというよりグルームズマンになる気はするけど」
「村の幼馴染には男もいるし全然いいぜ! むしろ親父も幼馴染も腰が引けてたからリオネルが一緒にやってくれると助かるよ」
バルトークの顔が輝く。
「男はどってことないピンク色のシャツに、ベージュのズボンになるけどいいか?」
「構わないよ」
「なら、ユーリんとこの店でサイズだけ測ってくれ。セミオーダーになるんだよ。話は通してあるから行けば何とかなる。あ、デイジーもな」
自分にも声がかけられたのでデイジーは「分かった」と返事をした。
「デイジー、店には一緒に行こうよ」
「へ?」
すかさず入ったリオネルからの誘いにデイジーは目を丸くした。
「い、一緒にですか?」
それはデートじゃないだろうか。
「一度に行った方がお店の人の手間が減るしね」
「た、確かに」
その通りではある。
でもそれはデートじゃないだろうか。
「次の休みはいつ? 合わせるよ」
「つ、次のですか?」
「早い方がいいよね。店には前もって連絡を入れた方がいいとも思うし」
「た、確かに」
「決まりだね。で、次の休みはいつ?」
リオネルがにっこりする。
こうして、デイジーはリオネルと出かけることになった。




