45.恋愛相談(2)
「リオネル、なんか疲れてねーか?」
確認試験の作業途中、待ちの時間ができて机の片隅で試験の経過をまとめていると、バルトークが話しかけてきた。
「昨日、仕事終わりにちょっとあってね」
リオネルは顔を上げて答える。
昨日は夕方からユーリに捕まってしまい、デイジーとのことを根掘り葉掘り聞かれた挙句、よく分からないアドバイスを散々され、げっそりして帰宅したのだ。
「ちょっと?」
「ちょっとはちょっとだよ」
バルトークにユーリとのやり取りを説明するつもりはない。
この大柄な赤毛の友人(不承不承だがリオネルはバルトークを友人認定している)は直感型の天才で、凡人の自分の恋愛相談なんかしても意味はないだろう。どうせ“あたって砕けろ”的なアドバイスしか来ない。そして大前提としてバルトークに恋愛の相談はしたくないのでリオネルはさらりと流す。
「なんだよ。気になるじゃん」
「気にしなくていいから。それよりそっちも作業中だろ? しゃべってていいの?」
「成分の抽出待ちなんだよ。リオネルもだろ? 確認試験ってだりーよなあ。結果が出たところで問題なかったですよ、だけだしさ。開発やりたい」
ぶつぶつ言いながらバルトークは隣の作業台を指さす。そこでは様々なガラス器具が組み合わされた抽出器があり、最終地点のフラスコの中にぽたりぽたりと液体が落ちていた。バルトークはあれが落ちきるまで待つのだろう。
流行り風邪の猛威が落ち着き、薬師塔は通常の業務に戻っている。ここの主な業務は薬の研究と開発、希少な薬の製造と市場で販売されている薬の監査だ。
今リオネルとバルトークが行っているのは薬の監査で、王都の薬店から抜き取ったものや、相談と共に提供を受けた薬にきちんと規定の成分が入っているかを確認している。
こうして宣伝通りの効果があるのかを調べるのだ。確かに一番地味な仕事ではある。
「君は開発向きだろうけどね。でも俺はこういう地道な作業の正確さがあってこそ、新しい発見があると思うよ」
薬は閃きだけで作れるものではない。技術を磨いておくことは大切なことだ。
「まあなー、だけどやっと解熱剤を作らなくてよくなったら今度はずーっと確認試験だぜ? 飽きるだろ」
「溜まってたんだから仕方ないよ」
風邪の大流行で解熱剤が足りなくなり、薬師塔もその製造に追われた。倉庫から旧式の器具や機械を出してきて総出で製造にあたり、他の業務はほとんど放ったらかしだったのだ。
「そうだけどなぁ」
「これだって三年目になって、やっと一人で任せてもらえるようにもなったんだ。その分しっかりやらないと」
「まあなぁ」
「指導係として、ペアの新人にも教えなくちゃいけないしね」
薬師塔は三年目の先輩が新人と組んで指導係となるのが伝統である。リオネルもマイクという男の指導係となっているが、流行り風邪のせいで指導は遅れ気味だ。
「解熱剤が落ち着いたからそっちも再開だもんな。俺、教えるのって苦手なんだよ。うちの新人、ちょっと怖えしさ。リオネルのとこのマイクだっけ? どう?」
「いい子だよ。おっちょこちょいだけど、これから成長していくと思う」
リオネルのペアの新人マイクはよく小さなミスをしてはバタバタしているが前向きな性格で、仕事ぶりは一生懸命だ。
(ちょっとだけ、デイジーっぽいんだよな)
マイクのひたむきな様子はデイジーに似ていて、贔屓目になってしまっていることは自覚しているが、それを差し引いても伸びしろのある新人だと思う。
「そういえば、あいつよく薬品こぼしたりしてるよな。大変じゃね?」
「最近は減ってきたよ。ミスが多いのは確認する習慣を付ければ直せるだろうし、上手く指導していけたらと思ってる」
「ふぅ~ん」
そう相槌をうったバルトークは不意にそこでリオネルをじっと見てきた。
「なに?」
この男にまっすぐに見つめられるのは苦手だ。情けない部分を見透かされるような気がするのだ。
「……リオネルってさ、適当にそつなくこなすタイプに見えるけど、実はこつこつ努力型だよな。真面目だしさ」
「俺はいつでもこつこつ型だよ。そこそこの」
何事も全力で頑張るタイプではないが、凡人の自分は普通に努力はしていると思う。
「だよなー、知ってる。でも雰囲気は簡単にちゃちゃっとやってる風なんだよな。何でだろ、顔? 顔が悪いのか?」
顔が悪いと言われてむっとするリオネル。自分で言うことではないが顔は整ってる方だ。
「は? 顔はいけてるだろ」
これに関してはデイジーも好きらしいし、異論は認めない。
「美醜の問題じゃなくて、真面目っぽくない顔ってこと。努力も全然してなさそう」
「は?」
「作り笑顔が多いのも原因じゃね?」
「煩いな」
「いやいや真面目な話、ここに入った当初は先輩受けもよくなかっただろ」
それはその通りである。侯爵家の権威をかさに採用されたという噂もあったりして、冷たくされたり嫌味のようなことを言われたりもしたのだが、バルトークが気にしていたとは知らなかった。
(もしかして、鬱陶しいくらいに俺にかまっていたのって、バルトークなりの気遣いか?)
すれ違う度にどれだけ離れていようが大声で自分を呼んでいたのは職場に馴染ませるためだったのだろうか。
リオネルはバルトークの顔を窺うが、いつもの心からの爽やかな表情だ。
(……まさかね)
自分の考えを打ち消してリオネルは淡々と「今は解決してるだろ」と返した。
先輩受けが悪いのは数ヶ月で解決したのだ。
デイジーへの失恋を忘れるために休みも取らずに働いたことで意外に真面目だと言われるようになり、しゃにむに働いていたのが失恋のせいだとバレて(バルトークが言いふらした)、意外に愛い奴だと可愛がられるようにもなった。
「そうだけどさ、俺はもっと最初からお前の良さが伝わればよかったと思うんだよなぁ……ほら、デイジーもさ」
バルトークから発せられた名前にぴくりと眉が動いたが、リオネルは何とか冷静を装った。
「デイジーは今は関係ないだろ」
「だってさあ……ちゃんと向き合ってたのか? そもそも何で振られたんだ? お前らって話も合いそうじゃん」
「デリケートなことを本人に聞くなよ」
「復縁しねえの? 俺さあ、ダブルデートするのが夢だったんだよ」
「はいはい」
適当に流すリオネル。復縁は死ぬほどしたいが、バルトークとダブルデートはしたくない。その夢は別で叶えてほしい。
「デイジーのことは諦めてないんだろ? あっ、もしかしてそろそろ会うつもりだったりする?」
そう聞かれて明らかに顔が強張ってしまった。だって二日後にリオネルはフラネル家でデイジーときちんと会う予定なのだ。
「おっ、図星か!」
リオネルの反応にバルトークの顔が輝く。リオネルはため息を吐いた。
「君って、すごいよね。なぜかこっちの一番嫌なタイミングで聞いてくる」
「あはは、それ、デイジーも言ってた。税務部で調査官になればいいんじゃないかって何度も言われたなあ」
税務部の調査官は貴族や商人の税の不正を暴く人達である。確かに向いてそうだ。
「それで? やっと会いに行くんだよな、いやあ、まだ好きなのに見守るだけとか聞いた時はどうしようかと思ったぜ」
「君が心配する理由はないだろ」
「ダブルデートできねえじゃん」
「…………」
ひょっとしてバルトークの夢のダブルデートはリオネルとデイジー限定の話なのだろうか。わりと友人も多いくせに自分とデイジーは特別らしい。
絶句するリオネルに構わずにバルトークは続ける。
「デイジーが他の奴に靡いたらヤバいよなって冷や冷やしてたんだよ。今度こそものにしろよ。で? いつ会うんだ?」
「……明後日」
もうはぐらかしても仕方ないので、リオネルは素直に白状した。
「マジかよ! すぐじゃん! うわあ、俺なんかドキドキしてきた……あっ、てか明後日会うならデイジーに、俺とリアたんの結婚が決まったって伝えといてくんねえかな」
バルトークのテンションが上がり、つけ足しでされたお願いにリオネルは目を瞬く。
「えっ、結婚……!? 君、ユヒム家の当主に結婚がなかなか認められないって言ってたじゃないか」
リオネルはバルトークからあと一年くらいはかかりそうだと聞いていたのだ。
「へへ、なんか認めてくれた」
「なんかって何だよ。大体、その話、俺は聞いてない」
「今言っただろ? 仕事が鬼のように忙しかったから言いにくかったんだよぉ」
途端にでれでれしだすバルトーク。
「いやぁ、あれだな、言葉にするとより実感湧くなあ〜。へへへ、結婚だってさ、リアたんと」
くねくねして机に突っ伏すバルトーク。
「…………」
おめでたいことなのにちょっとイラッとしてしまうが、お祝いはしなくては。
「おめでとう」
「ありがとう。もちろん式には呼ぶからさ、来るよな?」
「それはもちろん出席させてもらうよ」
「デイジーにも招待状送るって言っといて」
「分かった」
「ところで、結婚を認められた経緯聞く?」
「それはどっちでもいいかな」
「そっかそっか、きっかけはさあ――」
こちらの言うことなんて全然聞いてないバルトークが話しだす。リオネルは待ち時間の間中、バルトークの惚気を聞かされることになった。




