44.恋愛相談(1)
デイジーがサンドリーにちょっかいをかけられた日から二週間後、リオネルは貴族のマダム達の間で話題の紅茶の専門店にやって来ていた。
メインストリートに最近できたこの店は珍しい茶葉が中心の品ぞろえで人気の店だ。抹茶の扱いまである
時刻は夕方でリオネルは仕事帰りである。
流行り風邪が終息の傾向を見せ、薬の供給も落ち着いたため最近は前より早めに帰れるようになっていた。それでも少し遅い時間で閉店間際の店内に客はほとんどいない。
店内はこじんまりとしているが重厚感溢れるカウンターや棚が設えてあり、富裕層をターゲットにしているのが分かる。茶葉の値段も高価格帯のものばかりだ。
出資者はおそらく貴族のようだが、どの家も出資の名乗りをあげておらずパトロンは謎である。マダム達にはそのあたりの謎めいた雰囲気も受けているらしい。
(とりあえず、叔母の好みは外せないよな)
リオネルは濃厚で甘みがありミルクティーに最適な茶葉の缶を一つ手に取った。
(あの人、苦いのはダメだから抹茶はなしだな。あとはベリー系にしよう)
茶葉を持参する予定の叔母が好きそうな目新しい果実の香りがする茶葉を二つ追加し、でも抹茶は母が好きだからとこちらは母用に購入することにした。
「これは別で包んでください。どちらも簡易でけっこうです」
会計では抹茶と他の三つを分けてそう伝える。
土産として持参するはずの三つだが、贈る相手である叔母は、ふわふわした見た目と雰囲気のわりには実用的なものを好む。甥の自分からの土産の包装には拘らないだろう。
リオネルは今度、叔母であるフランネル子爵夫人シルフィを訪ねてお茶をする予定で、そこにはデイジーも入る予定だ。本人に約束はしていないが。
日程は既に調整済みで、シルフィには全ての事情を話してある。シルフィはものすごく張り切っていた。
「ちゃんと会うのはほとんど二年ぶりなのよね? きゃあ、楽しみだわ! 当日は任せて、絶対に先生を逃がしはしなくってよ!」
少々張り切りすぎだった気もする。リオネルがデイジーに失恋したことや、まだ諦めていないことを知っている叔母は、やっと会うのかとかなりテンションが高かった。
シタラ家での一件で、リオネルはデイジーにきちんと会おうと決めたのである。
シタラ家ではサンドリーがデイジーを傷つけたのではと考えて目の前が真っ暗になった。こんなに近くにいたのに危険にさらしたと絶望もした。
あんな思いはごめんだ。
デュート社へ引き返したリオネルはクララから事情を聞き、デイジーが元気そうだったことを聞いてひと安心はしたのだが、デイジーには二度とそんな目に遭ってほしくなかった。
そうなるとデイジーの顧客が気になり、受け持ちの家を全部教えろとクララに詰め寄ると「顧客情報よ、そんな目的のために渡せるわけないでしょ!」と怒られた。
まあ、当然である。
だからといって引き下がれない。
「分かった…………なら、ばちばちに牽制する」
リオネルは静かにクララに決意を告げた。
振られた側のマナーとか、まだ相応しい男になれてないとか、惚れてもらう自信がないとか、そういうのはもうどうでもよくなった。
軽い興味本位の奴がデイジーを傷つけるのは我慢がならなかった。そもそもデイジーに軽い興味を持たれるのも嫌だ。デイジーはリオネルの大切な大切な人なのだ。
サンドリーがイヤリングの家紋を見て怖気づいたのなら、これからはデイジーの周囲にやってくる男達にはグランツ家の名前を振りかざしてやろうと思った。
リオネルがデイジーに執着しているのを見せつけてやればいい。
そう決めた。
「ねえ、そういうのはデイジーさんの新しい出会いの可能性を潰すことにならない?」
リオネルの意図を理解したらしいクララがそう窘めてくる。
「たかだか侯爵家三男が怖くてデイジーを諦めるなら、その男は止めといた方がいいだろ」
「ええぇ……だってグランツ家よ。わたくしでも喧嘩はしたくないわよ」
「その程度で怖気づく奴との出会いなんて、デイジーにはいらないよ」
「…………ずいぶん強引な理論ね。なんだか“らしく”ないわよ。誰かの影響?」
「はあ?」
クララの指摘にリオネルは思い切り顔をしかめ、薬師塔の同僚である赤毛の男を思い出した。
「そんなわけないだろ? バルトークに影響なんか受けてない」
バルトークと一緒にされるのは心外である。自分はあんな根拠のない自信満々の脳筋野郎とは違う。
「バルトークさん? 同級生の? そういえば職場が一緒ね……なるほどね」
「納得するなよ、違うから。でも牽制はする。邪魔しないでね」
そう言い残すとデュート社を後にして、その足でフランネル家に行き、シルフィと約束を取り付けたのである。
その約束の日が迫り、手土産の紅茶を買っていたのだ。
「どうもありがとう」
商品を受け取り、売り子の女性に微笑むと女性は少し頬を赤らめた。
昔はこういう反応をされるとチョロいな、なんて思っていたのだが、今はデイジーを思い出して純朴な人だなと微笑ましく思う。
もちろん思い出すからといってデイジー以外に深入りをするつもりはない。
リオネルはさっと踵を返して店を去ろうとしたのだが、ここで背後から大きな声がかかった。
「えっ、リオネル・グランツやん!」
知っている声と知っている訛り。
リオネルが振り返ると店の奥から黒髪の美人が出てきたところだった。
デイジーの友人で、ニ年前には世話になったこともあるユーリ・シンスだ。
「あ…………」
リオネルは学生時代、ユーリとはデイジーを通してしか交流がなかった。ニ年前にデイジーをひどく悲しませてしまい、その関係で頼み事はしたが、それ以来は特に接点もない。
どういうテンションで話せばいいのか迷っているとユーリはぐいぐい話しかけてきた。
「何してるん?」
「か、買い物だよ。君は?」
「あたしは仕事。ここ、シンス商会の出してる店やねん」
「えっ、そうなの?」
「あはは、なんか雰囲気違うやろ? 謎めいてる方がいいやろ、いうことでシンスの名前は出してないねん」
「知らなかった。この店はマダム達にけっこう人気だよ」
「狙い通りやわ、ま、考えたんはあたしと違うけどな。今日も納品に来ただけやし」
からっと笑いながらユーリは言い、さっとリオネルと距離を詰めてきた。
「久しぶりやしちょっと話さへん? 奢るで」
「は? いや、ちょっと」
ユーリは有無を言わさずリオネルの腕を掴むとぐいぐいと引っ張り、二軒隣のカフェバーへと入った。
「お酒飲む?」
「いや、飲まないよ」
十八歳で成人となるのでリオネルは酒を飲むようになっているし弱くもないが、外で親しくもない女性と二人で飲む気はない。
「残念。じゃあ、あたしもやめこと」
ユーリはさっさと自分の飲み物を注文した。リオネルも仕方なくティーソーダを頼んで口を付ける。
「そんな嫌そうな顔せんでもいいやん。こういう情報収集って大事やねん。あんたらはサロンとか紳士クラブとかあるけど、こっちにはないし」
「まあ、そうだろうけどね」
小さく息を吐いて気持ちを切り替える。ユーリは仕事の延長でのお茶のようだ。それならこちらも貴族らしくそつなく対応すればいい。
「それにあたし、リオネル・グランツの名前はよく聞いてんねんで。ヘンドリックから。一回ちゃんと話したかってん」
にやりとユーリが笑う。
「あー、そうか。なるほど」
リオネルはユーリが自分に馴れ馴れしかった理由を理解した。
学生時代の友人で今も仲のいい友の一人であるヘンドリックはシンス商会で働いているのだ。
「卒業後すぐに君と見合いして、その態度がひどかったから破談になって、怒った父親に下働きで放り込まれたんだってね」
「そーそー、こき使ってやってんねん。大分、マシになってきたわ。頭はええし、それなりに立ち回れるから最近は小さな商談任せたりもしてる」
リオネルは働きだした当初の苦り切ったヘンドリックを思い出して苦笑した。
そういえばユーリのことを「顔は美人だが、性格は最悪の女」と評していた。
そんなヘンドリックは最近やっと、学生っぽさが抜けてきた。
(俺も抜けてるといいんだけどな)
ふと自分を見下ろす。
十代の自分はかなり甘ちゃんだったと思う。何でもそれなりにこなせたけれど、近くには全く追いつけない兄がいたせいで捻くれてもいた。
人生なんてこのままだらだらと過ぎていくのだと考えていたのだ。
デイジーに恋をして、将来を真剣に考えるようになったけど、それでもまだまだ甘ちゃんだった。
彼女が家のために結婚したことを数ヶ月も知らないまま、捨てられたと嘆いていたくらいには子供だった。
「あ、そういえばデイジーは元気やで、覚えてる?」
ここで突然、想いを馳せていた人の名が出てきて、リオネルはむせた。
「ぐっ、ごほっ……………え?」
「忘れたとは言わさへんで、あんな重たいドレス贈っといて」
「忘れてはないよ。重たいドレス?」
「あの緑のドレスやん。あれは重たいやろー。あの緑ってリオネル・グランツの目の色やんな。しかも刺繍はアイビー。花言葉は“結婚”に“永遠の愛”やろ? 絡みつく不変な愛、重たいわあ。重たい。そんなんを十代で贈られてもなあ」
「……うるさいな。アイビーには“友情”の意味もある」
「へえー、友情ねえ、イヤリングに家紋まで入れといて友情ねえ」
ユーリが意味深に笑う。
確かに家紋入りのイヤリングまで用意しておいて友情はない。
「ぐっ……若かったんだよ。しょうがないだろ」
それはたったニ年前のことだが、十八歳と二十歳は全然違うと思う。今ならあそこまで露骨なものは贈らないだろう。もう少しスマートにするはずだ。
「あはは、赤くなってる」
「煩いな」
「ごめん、ごめん。とにかくデイジーは元気やで、ばりばり稼いでるわ」
「…………知ってる」
リオネルがぽつりとそう返すとユーリはきょとんとした。
「なんで知ってるん? デイジーと会ってないよな?」
「諦めてないんだよ。今度会うし」
「へ? なにそれ。えー、ちょっと気持ち悪いけど面白そうやん」
にやにやしだすユーリ。
「詳しく聞こか!」
というわけでこの夜、リオネルは図らずもユーリに恋愛相談をすることになってしまった。




