43.雰囲気の悪いお茶会
ところ変わってシタラ家の玄関ホール横の小部屋である。
デイジーがデュート社に帰り着いた頃。こちらではリオネルが冷や汗をかきまくったサンドリーと向かい合わせで座っていた。
リオネルが微笑むとサンドリーはぎこちなく笑い、舌打ちをしそうになったが押し止めた。
怒りに任せて責めるべきではない。冷静に何があったかを確認するべきだ。
リオネルはクララからデイジーがシタラ家にいると聞き、すぐに馬車を飛ばした。
シタラ子爵家に着くと玄関ホールにはキャロラインがいて、驚きながらもリオネルを迎えてくれた。
簡単な挨拶の後、デイジーについて聞くと馬車を持っているところだと返事がありほっとしたのだが、デイジーが待っているはずの部屋の扉が閉まっていて嫌な予感がこみ上げる。キャロラインも顔色を変えた。
慌てて部屋に駆け込むと、サンドリーがデイジーに覆いかぶさるようにしていてリオネルの背中は一気にざわついた。
「っ……」
最悪の事態を想像して怒りが膨れ上がる。すぐさまサンドリーをデイジーから引きはがし、勢いのままに殴りそうになったがぐっと堪えた。
何かあったと決定したわけではない。
何よりここにはデイジーもキャロラインもいる。紳士的に対応すべきだと己に言い聞かせた。
サンドリーをデイジーから離し、デイジーを見ると細かく震えていた。再びかっと頭に血が昇りかける。
(ダメだ、デイジーが怖がる)
リオネルは何とか平静を保ってデイジーの全体を観察した。着衣や髪の乱れはない。
(大丈夫、大丈夫だ。まずはこの場からデイジーを遠ざけてあげないと)
怖い思いをしたに違いないのだ。一刻も早く安心できる場所に帰してやりたかった。
デイジーを立たせて、キャロラインへと託す。自分をもの問いたげに振り返ったデイジーには無理に笑顔を作って送り出した。
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。そうしてリオネルはサンドリーと向かい合った。
「さて」
敵意を隠さずに口を開くと、軽薄な男はすくみ上がった。
「久しぶりだね、サンドリー」
まずはにっこりと笑いかけてやる。サンドリーの顔は真っ青になった。
「あー、はは、久しぶり、ですね」
「せっかくだし少し話そうか、座りなよ」
「えー、いや」
サンドリーはじりじりと後退りした。話したくはないらしい。
そこにコンコンと控えめなノックの音がして、キャロラインが顔を出す。
「失礼します。先生は無事に帰られましたわ。グランツ様はどうされますか?」
そう聞くキャロラインをサンドリーが縋るように見るが、キャロラインは兄を無視した。
「俺は少し、君の兄上と話をしようかなと思っている。王立学園では少しの間だけど一緒だったしね」
キャロラインは兄とリオネルと見た。
怒れる侯爵家令息と怯える兄。キャロラインは全てを呑み込んで頷く。
「分かりました。応接室をご用意しましょうか?」
妹は兄を差し出すと決めたらしい。キャロラインは首を横に振るサンドリーを無視してリオネルに聞いてきた。
「いや、ここで大丈夫だよ。お気遣いありがとう」
「でしたら、お茶だけでも淹れますわね」
そうしてキャロラインと伯爵家の有能な侍女達によってあっという間にお茶が用意された。
「ではお兄様、ごゆっくり」
底冷えのする変に甘い声でキャロラインが言い、扉が再び閉まった。
サンドリーは泣きそうな顔で向かいに座るリオネルを見た。リオネルは爽やかに微笑んでやる。
そうしてお茶会は始まった。
「…………」
「…………」
リオネルは静かに音をたてずに紅茶を飲んだ。サンドリーは落ち着かないようでカチャカチャと煩くカップを扱った。
「………………あの」
沈黙に耐えかねてサンドリーが口を開くと、リオネルは爽やかな笑顔のままそちらを見るが、その目は全く笑っていない。
「君がデイジー嬢とした思い出話、俺にも聞かせて欲しいな」
「ひっ、ごめんなさい。彼女がグランツ家のお手付きとは知らなくってですね」
「お手付き?」
リオネルの眉がぴくりと跳ねる。
「下世話な誤解を招くような言い方は止めてほしいな。彼女は誰のものでもない」
怒りを押し殺してリオネルは言った。
デイジーを貶めるような表現にむかむかする。
「ひいっ、すみません。そうですよね」
サンドリーは震える手でカップを戻し、さっきよりも大きな音が鳴った。
「あっ、あれですよね、才能を買ってらしているんですよねっ。とても良い先生だとか」
「それで? 彼女とはどんな話を?」
サンドリーの言い訳はどうでもよかった。知りたいのはここで何があったかなのだ。
「ああ、もう、本当にくだらない話です。聞かなくてもいい話。イヤリングの家紋に気付いてすぐに終わったし、本当に他愛のない……」
ここでリオネルからもはや黒いオーラのようなものが立ち上がり、サンドリーは口をつぐんだ。
リオネルの顔に先ほどよりさらに圧のある笑顔が広がる。
「へえ、イヤリングの刻印を見たの? どうやって? かなり顔を近づけないと見えないよね?」
目の前の男がデイジーに身を寄せていたと思うと背中がざわざわした。部屋に入った瞬間のデイジーに覆いかぶさっていた体勢が甦る。あそこから一体何をしようとしていたというのか。こめかみが怒りでちりちりした。
「ねえ、どうやって?」
「ド、ドウヤッテダッタカナー?」
サンドリーの額からは滝のような汗が流れだす。
「もしかして、とっても目がいいのかな?」
「ソ、ソウカナー」
「そっか」
にっこりするリオネルにサンドリーはほっと力を抜いたのだが、もちろん話はこれで終わりではなかった。
「ねえ、そんなわけないよね?」
「ひっ」
「彼女の服はきちんとしていたから、無体を働くようなことはなかったようだけど」
リオネルが言葉を切ると、サンドリーは勢いよく何もしていないと頷いた。
(よかった……)
どうしようもなくほっとしたが、それは表情に出さない。サンドリーがデイジーを怯えさせたことには変わりないのだ。しっかりと脅しておく必要はある。
「実はうちの従兄弟達がデイジー嬢に教えてもらっていてね、彼女には非常に恩があるんだよ。デイジー嬢の名誉もあるから何があったかを詳しくは聞かないけれど、彼女が傷ついたというのならうちとしても相応の対応をする」
「傷つけてません!」
「それを決めるのはデイジー嬢だよね?」
「ひいっ、そうです」
「デュート社が派遣の家庭教師に手厚いのは知っている? 何かあればデュートリンドン家も黙ってはいないだろう。いざという時に守れる地位があってこその事業だし、だから優秀な人材も集まっているんだよ。分かってる?」
「はいぃ」
泣きそうになりながらサンドリーは頷いた。
「分かってくれたなら嬉しいな。今後の君の行動はしっかり注視しておくね」
「か、監視ってことですか?」
「どうだろう。捉え方は任せるよ」
「…………」
「うちとディートリンドン家、両方に目をつけられたら困ると思うよ。しっかり自重した方がいい」
そう言い残してリオネルは部屋を出ていく。
廊下では執事を従えたキャロラインが待っていた。
「お騒がせしたね。これで失礼する」
「とんでもありません。元はと言えば兄が悪いのです。先生には会社に報告してください、とお伝えしています。我が家からももちろん報告するつもりです。必要であれば、今から両親も呼べますが……」
キャロラインがリオネルを見上げる。
おそらく子爵夫妻にはもう話がいっているのだろう。でも彼らが出てきては家同士の話になって事が大きくなる。そうなるとデイジーも巻き込まれてしまう。サンドリーに暴行されたような噂も出回るだろう。それは避けたかった。
「そこまでするつもりはないよ。俺はデュート社のお使いできたようなものだから。君の兄上は盛大に脅しておいたけどね」
「助かります。兄は先ほど本気で怯えていたのでこれで少しは懲りると思います」
「だといいんだけど」
リオネルはキャロラインに見送られて馬車に乗った。
これからデュート社にとんぼ返りをして、クララからも事情を聞くつもりだ。
リオネルはデイジーが傷ついていないことを祈った。




