41.差し入れに来たのは
デイジーが休日返上でシタラ子爵家で授業をしていた時、リオネルはデュート社を訪れていた。
馬車を降り、前回よりもそわそわしながら周りを確認して本社建物へと入る。
きちんと先触れは出したが、今日の訪れは前もって調整していたものではない。もしかしたらデイジーに会うかもしれないと、どうしても期待してしまう自分がいた。
デイジーに相応しい男になると決めてから、リオネルは自らデイジーに会いに行くことは禁止にしている。
バルトークが言うには意味不明の行動らしいが、別れた以上は当然のマナーだと思うし、だらだら会って友人に成り下がるのは嫌だった。惚れてもらう自信がなかったからでもある。
でも偶然に会えるならそれは嬉しい。そういうことならむしろ会いたい。
受付で名乗り、クララに用があるが部屋は分かるからと案内を断ってリオネルはきょろきょろしながら特別顧問室へと歩いた。
結果、デイジーには会えないままたどり着く特別顧問室。
(そうだよな、会えないよなあ。うん、知ってた)
がっかりしながらノックをして、返事を待って部屋へと入る。
「いらっしゃい」
「…………なんか疲れてる?」
迎えたクララに、リオネルは開口一番にそう聞いた。
「それ、レディに会って最初に投げかける言葉としては間違ってないかしら? 病み上がりなのに仕事が忙しいのよ」
「病み上がり?」
「先週、流行り風邪をもらったの。復帰したら会社でも流行っててそのせいで仕事は倍増。正直、目が回っているわ」
「それはご愁傷様。あんまり無理はしないようにね。ところで…………デイジーは元気? 風邪はひいてない?」
クララの様子も気にはなるが、もちろんデイジーが心配だ。もしや熱でうなされているんじゃないか、とひやりとしながら聞くとクララはふんと鼻で笑った。
「ぴんぴんしてるわよ。田舎育ちだから丈夫らしいわ」
「よかった」
「今日は突然なんの用? デイジーさんの風邪でも心配したの?」
「うん。これを持ってきたんだ」
リオネルはそこで持参した紙袋をクララの机の上に置く。
「なあに?」
クララはがさごそと中身を確認した後、目を輝かせた。
「解熱剤じゃない。今はどこに行っても品薄なのにけっこうあるわね。どうしたの?」
「差し入れ。手に入りにくくなってるだろ? 少し古いけど効果は変わらないはずなんだ。デイジーだけに渡すわけにもいかないけど、デュート社全員分はないから家庭教師陣に限定して配ってよ。できたらデイジー優先で」
「嬉しいけど……いいの? 薬師塔の職員が薬を横流しなんかして」
「失礼だな、横流しじゃない。塔で作ってる薬はありったけを市場に回してるよ」
リオネルはむっとして答えた。
風邪の大流行により、薬師塔は本来の薬の研究開発業務や審査業務を止めて、解熱剤や咳止め薬といった風邪の対症療法薬の製造に業務を全振りしている。
流行り風邪は、高熱は出るがほとんど重症化しないもので、それは不幸中の幸いだったが、薬の製造は流行に追いついておらず、作っても作っても足りてないのが現状である。
仕事は大変に忙しいが、職員が倒れては元も子もないということで最低限の休みは強制取得となっている。リオネルは今日、久しぶりの休みに家でぼんやりしていて、ふとデイジーは風邪をひいてないだろうかと考えた。
その考えは悪い方へと進んだ。
リオネルの思考はデイジーが一人で高熱にうなされているのではというところまで行きつき、居ても立ってもいられなくなって屋敷中をひっくり返して薬を探したのである。
「それはグランツ侯爵家に前からあった分。うちは代々薬師の家だからね。屋敷のいろんなとこに薬をストックしてるんだよ。棚という棚を探し回ってやった」
そうして見つけた解熱剤を全部持って馬車に乗ったのだ。
「なら遠慮なくいただくわ。ありがとう。熱が高いと体力が削られるものね。さっそく等分して渡しておくわ。もちろんデイジーさんにも」
「匿名の生徒の家からの厚意ってことにしといてよ。グランツの名前は出さなくていい」
「あら」
クララが面白そうになる。
「名前だけでも出しておけば? まだ諦めてないなら、そろそろアピール始めなさいよ」
「いいよ。忙しいんだろ。デイジーもそうなら余計な気を遣わせたくない」
「そう? まあバタバタはしてるわね。今日もお休みだけどピンチヒッターで出てもらってるのよ」
そこでクララがシタラ家の名前を告げる。
その名を聞いて、リオネルは険しい顔になった。
シタラ家の嫡男サンドリーは女癖が悪くて有名なのだ。
同い年で王立学園で同級生だったこともあるが、サンドリーは一年生の前期早々に女性関係で問題を起こし学園を自主退学している。その後は両親によって留学させられていたのだが、最近帰ってきていた。
「シタラ家だって? あそこはダメだろ。サンドリーがいる」
「あいつは留学中でしょ」
首を傾げるクララにリオネルはいらいらした。
「先週、帰ってきてるよ。紳士クラブにも顔を出してた。少し分別はつくようになったらしいけど、留学先は女がやたらと気が強くて疲れたって愚痴ってた」
やっぱりこっちの女の子はいいなー、などと言い、相変わらずだったのだ。
あれがデイジーを見つければ、嬉しそうに寄っていくに違いない。
クララもそう考えたらしい。その眉が盛大に寄った。
「まずいわね。デイジーさんって、男慣れしてないわよね」
「は? してるわけないだろ」
リオネルはとても低い声で言った。
デイジーはリオネルが見つめるだけで真っ赤になっていた女の子だ。
十代の男子だった頃のリオネルはもちろんデイジーに触れたかったし、キスもしたかったけど絶対に傷つけたくはなかった。大切に大切にして、手しか繋いでない。
もし言い寄られていれば、震えているんじゃないだろうか。そんな場面を想像すると怒りで体が熱くなる。
「ねえ、怖いから本気で怒らないでよ。デイジーさんが自分でかわすのは難しいわよね。わたくしのミスだわ。そろそろ授業も終わるしわたくしが迎えに行きます」
クララが慌てて机を整理しだす。ますます顔色が悪い。自分を責めているのが分かった。
「いい、俺が行く」
低い声のままリオネルは言った。
「えっ」
「俺の方が早いし、君は本調子じゃない」
「でも」
「それに君だって、サンドリーに絡まれたくはないだろ?」
「わたくしならきっちりやり返せるわよ」
「知ってるけど、はいそうですかで送り出すわけにはいかないよ」
「…………そういうのさらっと言えるのね。今さらだけど、学園時代にあなたがモテてた理由が分かった気がするわ」
「とにかく、行ってくる」
リオネルは部屋を後にする。廊下を駆けて階段を降り、馬車に戻ると行き先を告げた。




